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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第二章 合わせるのは目線
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10

「そこは素直に喜びなさい、遥。可愛いは褒め言葉でしょ?」

「……私にとっては、あまり嬉しくないです」

「え、そうなの?」

驚いて思わず出た言葉に、藤村さんが俺を見る。

褒め言葉だよ、可愛いは。

そう言われて嬉しくないって言う女の子、初めて見た。


葛西も不思議そうに藤村さんを見ていて、その視線に彼女は少し目を伏せる。

「……すみません。そうですよね、つい感情的に」

そう言って頭を下げるから、慌てて両手を前で振った。

「いやいや、謝るところじゃないし。でも、何でか聞いてもいい? どうして嬉しくないの? 悪意で言ってるわけじゃないんだけど……」

俺の言葉に、藤村さんは気まずそうに久坂を見る。

でも久坂は何も答えず、見返すだけ。

「……いつも身長の事を言われてきたので、トラウマになっているというか」

「トラウマ?」

こくり、と頷く。


「小さい=可愛い、いつもそう言われる。私の性格とか内面とかじゃなくて、身長に対してだけの評価。だって、私別に可愛くないです。大雑把だしスカート嫌いだし、たまに仕事に没頭すると完徹二日とかよくやるし」

へぇ、完徹二日は凄いなぁ。

俺でも、ようやらん。

「二日も寝ないで仕事やるようには、確かに見えないかも」

「それってやっぱり身長的に小さいから、そういう風に見えるってことですよね? 例えば久坂先輩なら、頷けるんじゃないですか?」

その言葉に、葛西と久坂を見る。

「……こいつなら、三日でもいけそう」

「……佐木、明日あんたのPCデータ、消えていると思え」

「すみませんでしたー」

こいつならやる。きっとやる。

バックアップが葛西のいる情報処理課にあることを前提に、こいつなら全削除やりのける。


そんな俺たちのやり取りを見ながら、藤村さんはため息をついた。

「もっと大人になりたいです。馬鹿にされないくらい」

「もう大人でしょ。馬鹿にされてなんかないわよ、遥、あんたが敏感になりすぎてるだけ」

「でもっ……」

「でもじゃないでしょ? 身長だけじゃないと思うわよ、あんたが可愛いっていわれるのは。いいじゃない、褒められてるのよ」

私なんて言われないもの、と笑う。

久坂を可愛いという奴……、うん、確かに見たことないな。

どっちかって言うと、綺麗系だ。

そして恐系だ(笑



拗ねたように俯いた藤村さんを、頬杖をついて見る。

う~ん、要するにコンプレックスなんだろうね。

俺が小学生の頃、感じてた気持ち。

今はどうでもいいけど、あの頃は嫌なものだった。


ほんのり顔を赤くして手元のグラスを指で弄っている藤村さんは、きっと少し酔っているのだろう。

その上で年齢相応……いやそれ以上に怖い……藤村さんにしてみればなりたい自分である久坂がいて、感情が昂ぶっているというか……。

なんかあれだな。

自分の考えに嵌まって、抜け出せない営業。

懸命に訴えてくるのはわかるけど、頭に血が上った状態だと話が堂々巡りだし、こっちの話を少しも頭に入れてくれない。

で、冷静になると、物凄く恥ずかしく後悔するんだよね。


さて、少し落ち着けてみましょうかね。



「ね、藤村さん。大きくたって、いい事ばっかじゃないよ? まぁ服とかで苦労はしたことないけど……」

男物は、意外と大きいのがあるからね。

苦労したって言うなら、学生服くらいだ。

特注だった。高かった。親に怒られた……背高く産んだのはおかんの癖にっ。

それを言うと、藤村さんは目を瞬かせる。

「私も特注でした。丈詰めとか袖詰めとかしなくちゃいけなくて、お金かかって……」

おぉ、食いついた。

少し落ち着くかな?


「あはは、俺も。俺の場合、特注で一から作ってもらったからね。金掛かるし、母親にそれ以上伸びるなって心底ウンザリした顔で言われたなぁ」


まぁ、その後も伸びたけど。

それは俺にはどうにもならない!


「小学生の時は、今の久坂くらい身長があったからランドセル背負ってるのが嫌でさ。馬鹿にされるわけだよ、高校生が小学生の振りしてるって」

正真正銘、小学生だったんだけどね。

「落ち込みませんでした? 私は二十五歳なのに中学生って言われて、凄く落ち込みました」

……それって今の事かい。

俺の二つ下だから、今二十五歳だよね藤村さん。


「それ、自慢に聞こえる。遥」

久坂が羨ましそうに言うのを、遥は首を振って否定した。

「私にとっては、凄く嫌ですっ」

「まぁまぁ、そうだよね。言われた方は気にするよね。俺も確かに最初は嫌だったけど、途中からそんなことで悩んでるのが面倒くさくなって、全部無視した。そうしたら何も言われなくなったし、どうでもよくなった」

「さすが佐木、面倒臭いでトラウマ克服」

葛西が感心したように呟くのを、まぁね、と答える。

「要するに、羨ましがってんだろって思うことにしたわけ」

「なるほどねぇ」

男なら、身長、欲しいもんな。

いい事ばっかじゃないけどね、高いのも。


藤村さんに、視線を向ける。

「だから、藤村さんもそう思えばいいんじゃないかな。私が可愛いから妬んでるのねっ、くらいに軽く」

「……嫌な女みたいです」

生真面目に答えてくる藤村さんに、苦笑する。

「そんなの口に出さなきゃいい事でしょ。頭ん中で思うのは、自由だよ」

「……そんなもの、ですか?」

納得できないのか、軽く握った手を口元に当てて首を傾げている。

「そんなものだよ。……っていうか、可愛いなぁホント」

思わず口に出てしまった言葉に、藤村さんが固まった。

「あ、これは見てくれじゃなくてね? 真面目に考える君が可愛いというか、その仕草が可愛いというか、っていうか全部が可愛いというか……」

「ちょっと、佐木っ。聞いてるだけで寒気してくるんだけど。何、その甘い雰囲気垂れ流しっ」

「あ、わり」


つい言い訳しようとして、本音が漏れた。

だって、可愛いんだもんなー

でも、可愛いだけと思っていた彼女が、それだけでもないってことを知る事ができたのはちょっと嬉しいな。


「ごめんごめん、藤村さん。とりあえず、身長だけで言ったんじゃないってこと信じてもらえる?」

片手を上げて謝る俺をじっと見ていた藤村さんは、瞬きを幾度かして頷いた。

「はい、ありがとうございます」

その言い方がまだ少し硬くてつい笑いそうになったけど、とりあえず今日はこれまでにしようと話を変えた。



コンプレックスなんて、一朝一夕で克服できるものじゃないし。


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