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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第二章 合わせるのは目線
17/40

なんだか知り合いだった女性陣二人を庇いながら、降りる駅に着いた。

車内から押し出されるようにホームへと降りた俺達は、人の波に従って改札へと歩く。

ちらりと斜め後ろに目をやれば、そこには久坂に引きづられるように歩く藤村さんの姿。

といっても、頭の上あたりしか見えないけど。

大勢の人と一緒に改札を出て、駅前の大通りを久坂を先頭に右手に歩き出す。

俺と葛西が住んでいる駅は、この隣。

要するに、自宅の方向へと歩き出した。



「久坂、お前って藤村さんと知り合いだったんだな」

歩きながら久坂に問うと、戸惑う藤村さんの手首を掴んだままこっちを向きもせずに答えが返ってきた。

「高校の後輩、及び現隣人」

「え、隣人?」

「あっ、あのっ。久坂先輩っ」

ぐいぐいと手首を引っ張られる藤村さんは、困ったように久坂に声を上げる。

「何、遥」

「なんで私、連れて行かれてるんですか?」

懸命に手を離してもらおうとしているようだけれど、腕力は久坂の方が上らしい。

と言うか腕力だけではなく、口も立場も全てもろもろ。

久坂は藤村さんの言葉に丁度開けようとしていた居酒屋の引き戸に手を掛けたまま、にっこりと笑みを浮かべて振り返った。


「何か、文句ある?」


「……」


久坂の言葉に諦めたように“ないです”と呟く藤村さんが可哀想だったけど、助け舟は出せなかった。

ごめんよ、久坂に頭の上がらない同期でっ。



俺達を連れてきた居酒屋は久坂の行きつけだったらしく、入ってすぐに奥の座敷に通された。

カウンターやテーブル席はそこそこ埋まっていて、ある程度人気のある店なんだろう。

なのに久坂の顔パスで座敷に上がれるって、店主をどう脅したんだろう……


久坂に聞かれたら殴られそうな事を考えながら、掘りごたつ式になっているテーブルにつく。

ほんのり足元が暖かいのは、床暖房だろうか。

オーダーを聞きに来た店員に適当に頼むと、頬杖をついた久坂がにやにやと藤村さんを見た。

「遥、あんたなんでしょ?」

「何がです?」

さすがにもう諦めたのか、俺の向かいに座る藤村さんがお手拭で手を拭いながら久坂を見た。

久坂はちらりと俺に視線を向けて、にやりと口端をあげる。


「キスマークの彼女」


ピシリ


目に見えない空間に、ひびが入ったようなそんな感覚。

藤村さんは、かっちりと固まっている。


「なるほどねぇ、確かに遥ならあの位置だわ。佐木って身長いくつだっけ」

途中から俺に向けて言ったその言葉に、可哀想な藤村さんを見ながら答える。

「百八十五」

「遥、あんたは?」

「……百四十五センチ」

固まりつつもぎこちなく口を開いた藤村さんは、俺の頭の上に視線を向けて答えた。

百八十五センチ対百四十五センチ。

どおりで身長差があると思った。


「ずいぶん、割り切りのいい数字だね。それじゃ、佐木とは四十センチ、俺とは三十センチ差か」

葛西が運ばれてきたビールを飲みながら、藤村さんを見る。

藤村さんは大きくため息をつくと、羨ましそうに久坂を見た。


「先輩は身長あって、ホント羨ましいです」

「そう? 女で百六十八って結構大きい方だから、私は小さい方が羨ましいけど」

チーズフライを口に入れながら、久坂はぽんぽんと藤村さんの頭を撫でた。

途端、藤村さんは頬を膨らませていじけるそぶりを見せる。

小さい事を、本当に気にしているようだ。

ちっちゃくて可愛いと思うけど。



「でも、キスマークの彼女が遥だったなんてねぇ。世間は狭いわ」

「……止めてください、先輩。その言い方」

恥ずかしそうに久坂を睨むその姿まで、可愛く見えてきた。

微笑ましい。

久坂は睨む藤村さんの頭をもう一度数回撫でると、そのまま頬杖をつく。

「だって今日佐木に奢る理由に、遥の事で怒らせちゃったのも入ってるんだから」

「おい、久坂」

そんな事いちいち言うなよ。

「あ、そーなのか? そういえば、久坂ともめてたな。先週」

葛西が思い出したかのように、俺を見る。

いいから、そこで情報提供しなくても。


「私のことで、ですか?」

ほら、藤村さんが気にしちゃった。

窺うように俺を見る藤村さんに、手を振ってなんでもないと主張する。

「全然、藤村さんは関係ないから」

そう言うと、久坂は持っていたビールのグラスをテーブルに戻した。

「キスマークつけた彼女の事、キスマークのついた位置から想像してちっちゃい子ね~って茶化したら、本気で怒られちゃったのよ」

「久坂っ」

俺が慌てるのが面白いのか、くすくす笑いながら口を開いた。

「やぁねぇ、遥が可愛いからって。い~い、遥。ちゃんと自己防衛はしなさいね?」

「自己防衛? ですか?」

「久坂!」

自己防衛ってなんだ! 俺は変質者か! っていうか、いちいちばらすな!

いや変態っていわれているところであれなんだけどさ……


不貞腐れた表情で、ビールを呷る。

隣で葛西がご愁傷様って顔をしていたけど、それさえも気恥ずかしいんですけど。


藤村さんはキスマークの彼女といわれた方が気になっているらしく、自己防衛という言葉は頭の中に残らなかったらしい。

嬉しいような、複雑なような。

ちょっとだけ意識してくれてもいい気がするけど、まぁいいか。



藤村さんは何か思案するような表情のまま、久坂の話を聞いていて。



「あの、佐木さん」

「はい?」

突然名前を呼ばれて、不貞腐れてそっぽを向いていた顔を藤村さんに向ける。

「佐木さんって、男の方の中でも背が高い方ですよね?」

「まぁ、そうなんじゃないかな。平均とかわかんないけど、葛西だってそこそこ大きい方に入るんだろ?」

「まぁ百七十前後が、周りでは多いよな」

葛西が、俺の言葉を続ける。

だから? という意味で首を傾げると、藤村さんは窺うように覗き込んできた。

「洋服とか靴とか、そういったもので苦労とかされませんでした?」

「苦労?」

例えば? と促すと、なぜかぐっと拳を握る。


「ジーンズの裾直しをすれば十センチ以上切られるからブーツカットは履けないし、電車に乗れば埋もれるし、さっきは助けていただきましたがつり革から外れた腕に頭を肘鉄される事よくあるし」


うーわー、あれまともに食らってたら痛いよね。


「それ以上に小学五年から身長が変わらないって言うその事実が、なんだか悔しくて」

「え、可愛いからいいんじゃない?」


それを言った途端、手元にあった梅酒を藤村さんが一気にあおった。

飲み終えたグラスをドンッと勢いよくテーブルに戻すと、ぎろりと俺を見る。

「佐木さん、身長の事で怒ってくれたって聞いたから、分かってくれると思いますが……。私、身長で可愛いとか言われても、すっごく嬉しくないです」

おかわりっ、と勢いのままふすまを開けて店員を呼ぶ。

その姿に、思わず葛西と目を合わせた。


確かに身長を馬鹿にされる不快さは分かるから、久坂には怒ったけど……


可愛いっていわれて怒るって、なんで?

身長、関係ないよね……?


うん、身長の事で怒った俺だけど、全然分からないよ?



藤村さんはオーダーを終えてふすまを閉めると、頬を膨らませて座布団に座りなおす。


そんな藤村さんに久坂はイカの一夜干しを食べながら、馬鹿ねぇと呟いた。




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