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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第二章 合わせるのは目線
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なんだかよく分からないまま待ち合わせをした久坂は、言い出しのくせして十分遅れてきた。

「お前、自分から命令しといて遅れてんじゃねぇよ」

合流してホームに上がると、帰宅ラッシュ真っ最中。

まぁこの時間だからこそ、電車の本数も沢山あってあまり待たなくてもいいんだけど。

久坂は電車を待つ列の一番後ろに立つと、うるさいわね、と肩にかけたバッグを背負いなおす。

「私だって帰ろうと思ったわよ。なのに、情報管理課の主任に引き止められたのっ」

「は? うちの主任?」

俺の横に立つ葛西が、驚いたように眉を顰めて久坂を見下ろす。


そりゃそうだ。

知り合いでもない他部署の主任が、久坂に何の用で。

久坂も俺たちの疑問を把握しているようで、嫌そうな表情を浮かべた。


「私の相手はどっちなんだって聞かれたのよ。付き合ってないなら、俺とどうって」


久坂の、相手? しかも久坂を口説いてる!

すげぇ、すげぇチャレンジャーだよ!


一瞬呆けたように口を開いたまま止まったが、俺と葛西の口から出た言葉は見事に一致した。

「「勘弁してください」」

「こっちこそお断りだっての! 失礼な」

ふんっ、と忌々しそうに息を吐くと、両腕を前で組む。

「最初はやんわり断ってあげてたのに、あんまりしつこいから殴り飛ばしたくなったけど……。まぁ二期上だから何とか押さえて、にっこり笑ってみたの。で……」

なんとなく続く言葉がいいものではない雰囲気に、思わず顔が引き攣る。

久坂はそんな俺たちに気付いて、殊更綺麗な笑みを口元にのせた。



「二人と付き合う気はありませんが、論外な人よりはいいと思います」



……


それって、暗にその先輩の事論外って言ってるよな? 久坂さんよ……


同じフロア、明日その人と顔合わせたくないなぁと思う俺は正常な考えだと思う。

ていうか同部署の葛西の方がきついんじゃないだろうかとか考えながら、ふと横の葛西を見ると。

「何笑ってんだよ、葛西」

面白そうに口に拳を当てて、笑いを堪えていた。

あまりにも厳しい現状に、頭の螺子でも飛んだか! 

葛西は俺の声に少し顔を上げると、それでも笑いが収まらないのか肩を小刻みに震わせている。

「二期上の主任って、あれだろ? 窪田主任。 髪、オールバックにしてる浅黒い人」

「え? うん、そう。名前は知らないけど」

「多分、窪田主任。あの人ずっと久坂に目つけてたから、きっと落ち込んでんだろうな」

可哀想に、と続ける言葉とは裏腹に、顔は至って笑ってる。

「落ち込んでる人間思い出しながら笑うって、お前も存外鬼畜系?」

冷静で優しいってのが、葛西だと思っていたが。


葛西は口元を押さえたまま、俺に視線を向けた。

「あの主任、嫌な先輩だからちょっとすっとして」

「へぇ? お前がそんな事言うの、結構意外だな」

そういう事、言わない人間かと思った。

「面倒くさいんだよ、あの人。俺、工学部出身じゃんか。PC系専門に勉強してきたから、入社してそんなに時間掛からず仕事を覚えられたんだよね」

そう思い出しながら語る葛西は、うんざりしたような笑みに変わった。

口元に当てていた手を広げて、顎に触れる。

「その時の指導担当がお前らんとこの井上さんの同期、うちのもう一人の主任の片倉さんだったんだけど――


俺より二年長くやってる窪田主任の方が、俺より仕事上ミスが多いことが課長の目に付いたらしくて小言いわれたらしいんだよね。

そうしたら、俺への軽いいじめっていうか足引っ張る事が増えてさ」

「足を引っ張る?」

どうやって。

「俺の作ったプログラム、勝手に変更してたりとか」

「ばれないの?」

「俺が席立った時に俺のPCから操作されてれば、ばれない。ま、片倉主任が気付いて止めさせてくれたけど。自分が悪いくせに、あれ以来俺と片倉主任に絡みやがるんだよ。ったく面倒くさい」

うーわー、男の職場でもウザイ奴っているのね。

葛西はにぃっと口端をあげると、久坂に笑いかけた。


「つーことで、よくやった久坂。すっとしたから、なんか奢る」

「え、ホント? ていうか、私が今日のお礼で奢ろうと思ってるのに。また今度奢ってよ」

「今日のお礼?」

そうだ、何のために今日待ち合わせしたのか聞いてないんだけど。

頭上のスピーカーからは、電車の到着を知らせるアナウンスが響いている。

「久坂、そういえばこれってなんなわけ?」

今更な気がするけどとりあえず聞いてみると、葛西と話していた久坂は面倒そうに俺を見上げた。

「気付きなさいよ、鈍いわねぇ。今日の昼のお礼。井上さんが、ちゃんとやっておけって」

昼の。

「あぁ、だからエンゲル係数がどうのって」

「そう。佐木はご飯を与えておけば、機嫌いいって」

……俺は、犬か。

「あぁ、その通り。井上さんもよく分かってるな」

「葛西……」


ホームに電車が滑り込んできて、風で髪の毛が揺れる。

久坂が長い髪を押さえるように、右手を上げた。

その横に立つ。


「とりあえず、沢山食わせてもらおうじゃないの」

風除けに立った事に気がついたのか顔を上げた久坂ににんまりと笑ってみせると、すっと目を細めて肩を落とした。

「今日は仕方ない。足りなくなったら、葛西、今度の奢りを今日割り勘で使わせて」

前を向いていた葛西が、いいよ、と軽く答えるのが耳に入った。


よっぽど、嬉しかったらしい。

窪田主任がばっさり切られたことが。



藤村さん、明日!明日には登場予定っ!

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