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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第二章 合わせるのは目線
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可哀相とか葛西のことを言っていたくせに、井上さんは情報管理課の同期に話をしておいてくれたらしくて、フロアに戻ると葛西が礼を言いに来ていた。

井上さんはこちらこそありがとうと笑っていて、本当に懐の深い人だと思う。

久坂はしばらくして事務課から戻ってきたが、いつものようにPCに噛り付かず井上さんのデスクの前、通常商談をするときに相手先の営業が使う椅子に座って、報告書の指導を受けていた。

その姿は異動してきてからずっと見てきていた突っ張っているものではなく、素直に井上さんの言う事に耳を傾けていて、ほっとした。

ま、きっかけが欲しかっただけなんだろうな。


俺の役目も終わったなーと思いながら、外回りから帰ってきた部長に仕事を振られて、文句を言いつつも報告書をちゃかちゃかと終わらせるようキーボードを無心で叩いた。


だって、疲れたから早く帰りたいし。

週初めから、精神的に疲れちゃったよ。




いつもより早い時間に終わらせた報告書を部長に提出して、振られた仕事に手をつける。

食品関係の展示会の招待状。

外回りに行っていた部長の用事は、出展する輸入菓子メーカーからの営業だったらしい。


展示会に出展する企業を、取引している所としていないところで分けてエクセルに起こす。

未取引企業で気になるところをチェックして、リスト分け。

その後で取り扱い商品や取引店を確認して、書き足していく。

競合や近隣店舗が取り扱っている商品よりも、違ったものが出来れば欲しい。

うちでしか買えないような。

ま、同じものを扱うのであれば、売り場展開をくふうしないと。


リストを埋めていきながら、首を回して一息つく。

そのまま珈琲を飲んで、再びPCに向き直った。



ホントは、ここまで準備していく必要はない。

けれど展示会場は広く、多忙な部長を連れて行くのならピンポイントに回らないと間に合わない。

とりあえずリストを部長に見せて、他に行きたいところがあれば付け足せばいいし。

部長を案内して帰した後、一人で全てのブースを回れば網羅できるだろう。

あーそうだ、レザーシューズ、買っておかないとな。

前回行った雑貨の展示会で、履き潰してしまったのだ。

通常のビジネスシューズで回ると、足の痛みがハンパ無い。

営業もバイヤーも、体力勝負!



いつの間にかリストは数ページに膨れ上がり、重要度別にソートできるように処理して保存した。

……部長も大変だ。

俺の担当以外にも、回らなきゃいけないんだから。



数字を扱うより、商品展開を考えた方が楽しい。

菓子、嫌いじゃないし。

ほとんどの食品展示会は、試食や試食品の持ち帰りがあったりする。

展示会、楽しみだねぇ。



保存したエクセルファイルを共有フォルダに入れて、息を吐いた。

集中していたからか気付かない内に定時を少し過ぎていて、肩を回して凝りをほぐした後、席を立つ。

部長は上がってきた報告書に目を通していて、声を掛けると目を幾度か瞬きしながら顔を上げた。

「なんだ? 佐木」

「さっきの展示会のパンフ、とりあえず重要度別にリストアップしたんで確認お願いします」

「共有か?」

問いに頷くと、部長は報告書を脇に置いてマウスを操作する。

共有フォルダから俺の入れたリストをデスクトップに引っ張って、それを開けた。


「相変わらず仕事早いなぁ、しかも細かい」

老眼にはきついとか言いながら、ざっと目を通したらしい。

「んー、いくつか変更するわ。終わったら共有に入れておくから、明日にでも確認してくれ。今日は無理。飽和状態」

うんざりした顔を未決済箱に向けて、大きくため息をつく。


うんうん、俺たちが報告書書くのが多くて大変なら、この人は自分の報告書を書いた上に俺たちのを確認するわけだから、倍以上大変なのだろう。

「お疲れ様です」

内心、ご愁傷様です、と苦笑しつつ自分の席に戻る。

大変だとは思うけど、手伝う気はまったくもってございませんっと。



席に戻ると、丁度久坂が立ち上がるところだった。

「あれ? 報告書、終わったのか?」

「終わった。さすが井上さん、教え方が誰かさんと違うわ」

にぃっ、と口端を上げて笑う久坂の背中を軽く叩いた。

「んとに、可愛げのない女」

「余計なお世話」

そう言って部長のもとに歩いていく久坂は、吹っ切ったような笑顔で。

思わず、目を細める。

「おやー、何嬉しそうなのー、佐木くん」

「うわっ」

椅子に座ろうと顔を上げたら、俺の机の前に井上さんがしゃがんでこっちを見上げていた。

「驚かさないでくださいよ、井上さん。趣味悪っ」

椅子に腰掛けて、机の上を片付け始める。

早く帰れる日は、さっさと帰らないとね。

井上さんは前の椅子に座って、すっ……と真面目な顔になった。


「久坂はもう大丈夫だよ。きっと誰かに背中を押されたかったんだろうな。プライドが邪魔して、それが出来なかっただけで。話してみたら、存外素直で驚いた」

「……まぁ成り行きとはいえ、よかったですよ。ずっとぎすぎすしたままいくのかと、これでも心配してましたからね」

そう肩を竦めると、井上さんは頷いて頬杖をついた。

「助かったよ。俺が言ってもよかったけど、それじゃ久坂の為にならないから」


「私が何です?」

その声に横を向くと、報告書を提出し終えたのか久坂が不思議そうな表情で井上さんと俺を交互に見ていた。

井上さんは椅子から立ち上がると、両手を腰に当てて背を伸ばす。

気持ちよさそうに唸ると、息を吐き出しながら久坂に視線を向けた。


「佐木ってさ、一人暮らしの癖してエンゲル係数半端ないんだよね」

「は?」

確かに半端ないですけど、今のこの状況で何の関係が?

眉を顰めて井上さんを見ると、なぜか後ろで久坂が返事をした。

「なるほど、OKです。佐木、ちょっと」

スーツの裾を引かれて振り向くと、

「二十分後、駅の改札」

小さな声で俺に言うと、久坂は自分の席に座る。

「は? なんでだよ」

俺はさっさと帰って、家でビールで、まったり……

意味が分からず聞き返すと、久坂は何も答えず帰り支度を始める。

井上さんは既に自分のデスクに戻っていて、仕方なくもう一度久坂に問うと今度は顔を上げた。

「いいから葛西連れて駅に行きなさいよ。私、借りは借りたままにしたくないの。すぐに叩き付けて返したいタイプなんだから」

「お前なら、借りを借りといわなそうだけどな」

「借りを拳で返されたくなけれれば、私が笑っている間に立ち去ってね?」



にっこり青筋のたった笑顔で宣告された俺は、女王久坂の命令を遂行するべく、鞄を持ってフロアを出ようとした葛西を有無を言わさず捕まえると、駅へと向かった。


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