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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第二章 合わせるのは目線
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「……んで、何の話だったっけ」


散々残念な男のレッテルを貼られ続けてから、俺は降参するように額に手を当てて背もたれに体重を掛けた。

頭痛ぇ……



俺の言葉にやっと当初の目的を思い出したのか、久坂がそうそうと口を開く。

「だから、鬱陶しいあんたとの噂をちゃっちゃと消して欲しいわけよ」

「んあー? んなのいつか消えるだろ? 消しに掛かれば掛かるほど、こういうのって余計火に油を注ぐぜ?」

もう、色々面倒。何もしたくない。

流れに身を任せるってのも、時として必要だ。

そんな投げやりな態度が久坂に伝わったのか、見る間に鬼の形相に変わっていく。

「あんたみたいな残念すぎる男の相手なんて、過去の事だといわれてもさいっこうに不愉快なの!」


うーわー、残念すぎるとか言われたよ。

なんか、昇進したような左遷されたような。


葛西も流石にきつい言葉だと思ったのか、苦笑しながら俺達を見ている。

周りも、雑談しながら絶対聞き耳立ててんだろ。

お前ら俺が散々けなされたの聞いたんだから、噂は嘘だってせめて周囲十人くらいには説明しろ。

それ位しても、罰は当たらないはずだ。

しなきゃ、俺が罰を当てにいくからよろしく!


「だから、さっさと脳内トリップから戻って来いって言ってんでしょ!? この残念の最上級! 昔のときめきを返せ!」


「残念の最上級!?」

「昔のときめき!?」


俺と葛西が同時に叫び、久坂がしまった……という表情で顔を顰めた。

ガタッと椅子から立ち上がる音がいたるところから聞こえてきて、慌てて周りを見渡す。

すると、今まで聞き耳立てていたはずの社員が数名、出入り口へと急いでいく背中がちらほら見えた。


「あーあ、またネタを提供したな。お前ら二人」

同じ様に顔を上げていた葛西が、呆れた声でため息をついた。

「何、久坂ってこの変態の事好きだったんだ」

「変態ってなんだ。……ていうか、なんだそれ」

俺の事が好き?


久坂は腕を組んでしかめっ面のまま目を瞑っていて。

とりあえず俺は頭を下げてみる。


「謹んでお断りさせて頂きます」


言った途端、下げた頭に拳骨が落ちた。

「こっちから願い下げだってのっ。誰が今のことを言った! 昔! 大昔っ。まだあんたとしゃべってない頃の話!」


しゃべってない頃?


叩かれた拍子にテーブルに突っ伏したままの格好で、記憶を辿る。

「は? それって入社時ってこと?」

新人研修で同じ班だったから、ある意味葛西より早く話してるぞ。

久坂は拳骨を落とすために立ち上がったそのままの体勢で、ため息をつく。

もう何度目だ。幸せが逃げるっつーか、幸せの在庫まだあるのか?


「入社時っていうより、内定式。あの時後ろのテーブルでしゃべってるあんたの話の内容聞いて、すっごい幻滅して終了」

「……はっやい失恋だねー」

内定式で初めて会うのに、その日の内に失恋って。

「誰それの足が綺麗とかスタイルがいいとか頭悪い会話聞いたら、なまじ見目がまともなだけに幻滅度合いが最高点」


なんか褒められてるのか貶されてるのか。


「佐木、間違うなよ。褒められてるんじゃなくて、呆れられてるんだ」

「何で分かった、俺の考えてる事が……」

「お前、ホント馬鹿だ」


目立つ目立つ攻撃の後は、馬鹿馬鹿攻撃かよ。


俺は息を吐きながら、ゆっくりと身体を起こした。



「とりあえず、久坂。お前が言いたいのは、何で噂がここまで助長するかってことだろ? 俺を貶しに来たわけじゃないよな?」

顔の右半分を片手で覆いながら、久坂に確認する。

いや確認事態しなくてもいいことだけど、お互い頭を冷やすためにね。

色々な新事実に、頭の中がぐるぐるする。


久坂は腕を組んだまま、無言で頷く。

それを見て、俺は顔から手を外した。


「単刀直入に言う。お前、何でうちの部署に異動になった?」

「……それ、今回の事に関係あるわけ?」

低く抑えた声が、久坂の口から漏れる。

「関係ある。自分で分かってると思うけど、今回のお前の異動はどう考えてもおかしいだろ? だから、いろんな噂が出てるんだよ。それについては、把握してた?」

「少しは」

ま、それはそうだろう。

まったく気付かなかったら、誰かが守っているかまったくの天然ちゃんかどっちかだ。

久坂の早く続きを話せ、とでもいうような視線に口を開く。

「だから、俺にお前が言った“私を捨てて、彼女を取った”って言葉が、上手い具合にその理由として挙げられちゃったんだよ」

「なんでそんなのが、私の異動の理由になるわけ? 例え修羅場があったって、そんな理由で人事異動なんて出来るわけないじゃない」

ま、正論。それはさっき俺も思ったけど、現実はそうじゃない。


「事実じゃなくてもいいんだよ、噂なんてものは。ようはどれだけ皆の好奇心を満足させてくれるかってだけなんだから」

「……最悪」

「そんなもんだろ」

そう言って息を吐いた俺に、いつの間に持ってきたのか、葛西がセルフのお茶の紙コップを置いた。

「あ、わり」

葛西を見上げると、別に、と言いながら久坂の前にも同じ紙コップを差し出した。

「ま、そーいうわけだからさ。珍しく佐木も真面目に話してる事だし、久坂も少し大人しくしてなよ。変に騒げば、佐木と恋人だったって余計言われるから」

な? と、微笑む葛西をちらりと見た久坂は、差し出された紙コップを受け取って一口飲む。

両手でそれを包んだまま、ぽつりと言葉を零した。


「……そうね。もし私が当事者じゃなければ、おかしく思うものね。こんな時期のこんな異動」

いきなり大人しくなった久坂に、俺達二人は落ち着くどころかその反対。

久坂はそんな雰囲気に気づく事もなく、お茶の水面に目を落としながら言葉を続ける。

「分かってたけど……、分かってたつもりだったけど……“つもり”なだけだったみたい。あーあ、佐木に現実突きつけられるなんて、私、立ち直れなそうだわ」

「どーいうことだ、失礼な」

「しかもフォローに葛西なんて、もっと立ち直れない」

「え、俺、変態以下?」

我関せずと傍観者を決め込んでいた葛西は、驚いて久坂を見た。

そんな葛西を、久坂は苦笑で見返す。

「そうじゃない。周りにはみっともないとこ、見せたくなかったのよ。特に葛西は同期だし、常識人だし」

「え、俺は? お前、結構俺にみっともないトコ見せてるぞ?」

三ヶ月経っても、報告書を一人で書けないとか。

俺も同期で常識じ……

「あんたはみっともない男だから」


……嬉しくない。


「ってちょっと待て。じゃあ、お前が指導担当の井上さんにあんまり聞きにいかないのって……」

久坂は俺の言葉に、気まずそうな顔をして視線を逸らす。

「出来ない女だから、秘書課を追い出されたとか……思われたくなくて」


そうやって懺悔するように話す久坂に、俺は心の中で思った言葉をそのまま口にしてしまった。




「お前、ホント馬鹿だなぁ」




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