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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第一章 ちいさな人と遭遇
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うわ、ちっちぇ……



それが、第一印象でした。


        




大勢の通勤・通学人間が詰まっているホームに、電車が滑り込んでくる。

毎朝の事とはいえ、本当に嫌になるな。

おしくらまんじゅうよろしく前後左右から押されながら、ドアの開いた電車に乗り込んだ。

「お、佐木。はよ」

中の人を申し訳ないが少し押しながらドアの横に落ち着いた時、後ろから声を掛けられて振り向く。

まだ空いていたドアから、荷棚のパイプを掴みながら俺を押すように男が乗り込んできた。

「あぁ、葛西。つーか、きついよ。お前乗んじゃねぇ」

俺でさえぎりぎりで乗ったのに、お前が乗ったらもっときつい。

葛西は俺の言葉に口を尖らせて、仕方ねぇだろと呟く。

「俺だって、お前と向き合って乗りたかないよ」

つい葛西に呼ばれて無意識に身体まで、向けてしまった俺。

最悪な事に、向かい合わせだ。

「身長差だけが、救いだな」

「むかつくけど確かに」


ラッシュの時だけ重宝している俺の背は、百八十五センチ。

それ以外、必要ない。

役立つ時なんて、掃除か引越しか相手を威圧する時かくらい。

葛西は別に低くはないけど、百七十五センチくらいだから俺と十センチは差が出る。

密着状態の十センチは、天の救いだ。


とりあえず次の駅で人が降りた時に、俺か葛西が体勢を変えるように努力するとしよう。


そんなことを目で意思疎通しながら、ため息をつく。

毎日の事とはいえ、ホントラッシュは嫌過ぎる。

もう少し経ったら、車通勤。それまでの我慢。



五年勤めている会社での俺の職種は、バイヤー。

展示会や店周り、その他もろもろで朝は始業時間に合わせるが帰宅時間は不規則なのだ。

大学の頃から住んでいたアパートは会社から遠く、それゆえ今年からもう少し会社の近くに借りた。

ついでに車で通勤と思っていたら、駐車場の空きがなく一ヶ月待ち。

あと三週間。

まぁ、二月の終わりとかいう変な時期に引っ越した俺も俺だけどさ。


ついてねぇ……


もう一度ため息をついた時、次の駅のホームに電車が滑り込んだ。

ブレーキとともに掛かる重力。

手すりに身体を押し付けて、それをなんとかやり過ごす。

ドアが開いて、中から数人外に出て行った。

その間に、上手い具合に葛西が身体を横に向けた。

んじゃ、俺はこのままで良いか。


そんなことを考えていた時だった。


「うっわ……」


外から物凄い人数が、電車に乗り込んできたのだ。

ちょっ、無理だから! 無理だから、もう乗れないからっ!


そう目で訴えても、乗ってくる人間には通じない。……当たり前か。


少し横に身体を向けたはずの葛西も、しかめっ面をしながらもとの位置に戻された。

……また、お見合い状態か――

しかも今度は、どまん前。

「ちょっ、葛西。俺、我慢の限界」

「俺もだよ、アホ。なんでお前の肩に顔を埋めなきゃならんっ。気色悪いっ」

そう言っても、どうにもならない。

いつの間にか閉められたドア。動き出す電車。

早く次の駅に着け~、せめて、と顔だけ逸らした時だった。


どんっ


「ん?」


お腹の辺りを叩かれた、感覚。

あまり強くないから、気のせいだと思うくらいの。


「何すんだよ、葛西。なんでお前に叩かれなきゃならん」

少し下にある葛西を睨むと、怪訝そうな顔で見上げられた。

「叩いてねぇよ。大体俺の手は、鞄を掴んでいるか荷棚を掴んでいるかどっちかだ。三本もねぇ」

「……じゃぁ、違う手……」

「皆まで言うな、ここは電車」

葛西に釘を刺されて、そうだった、と口を噤む。

すみませんねぇ、職場が男所帯なもので。


どんっどんっ


「つっか、マジでなんか叩かれてる……」

「んあ?」


今度は何度も。

葛西も何か気になったのか、力を入れて背を逸らせてお互いの間に目を落とした。


「?」


俺の胸の辺りに、つむじが見えた。

いや、誰かいるなとは思ってたからそこは驚かないけれど。

なんで叩いてる?

こんな込んでる電車の中、どけって言われてもさすがに……


そう思いながら、少し背を逸らすと懸命に俺の腹を小さく叩いている手が見えた。

「葛西、人を潰してるらしいぞ」

「いや、それはラッシュでは仕方ない……って、うわっ。お前の腹に顔が埋まっちゃってんだっ」

え、埋まってる?

まさかこのまま窒息させたら俺犯罪者? んな馬鹿なっ



葛西は、腕力を駆使して俺との間に隙間を作ろうと懸命だ。

同じ考えだな。

俺は空いた手を挟まれている人の肩に乗せてから、電車の揺れに合わせて座席側に身体を向けさせた。


力任せのその行動に、真ん中にいた人は座席の上の空間に顔を出す事ができたらしく、声を出して息をすったり吐いたり繰り返してる。

マジで、息吸えなかったんだ……


よかった、犯罪者にならなかった……


「ね、君、大丈夫?」


恐る恐る声を掛けると、俺のほうを見上げる余裕はないらしく少し顔をこっちに向けた後、小さく返事が返って来た。

「大丈夫、です。あの……」

大丈夫の声にほっとして、何? と軽く返したら、爆弾返ってきました。

「どこで降りるんですか?」

「え? あと二駅」

「お時間、ありますか?」

「へ? ありますが……」

「分かりました、ありがとうございます」


……え?


つい、流されるまま答えたけど……

なんで、降りる駅とか聞かれてんの俺。


思わず顔を上げて葛西を見ると、怪訝そうな表情を浮かべていて。

今のやり取り、やっぱりおかしいよな……と目で訴える。



ざぁぁぁと、頭の血が足元へと降りていく音がする。

……早く、車通勤にしておけばよかった――




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