フューチャーゲーム 暁星編
フューチャーゲーム 暁星編
櫻良子
矢のごとく過ぎ去る「時」を肌身に染みて、カーテンの隙間の向こうに遥か光り輝く暁の星の明かりを、この手に掴もうと櫻良子は手を伸ばした。
近衛櫻良子、22歳。
ギララがベッドの下で寝そべって、耳だけをドアに向け大きな尻尾を小さくパタパタさせている。
秘書兼ボディーガードの神海遥香がノックもそこそこに、圧倒的美貌を全身完璧な装いで包み上げてまだ夜明け前の静寂を優しく、そして遠慮なく強く打ち破って来た。
緊急だ。
「お嬢様、失礼します!」
「どうしたの!?」
「東のドローンが100機侵入、中央分電システム送電網の一部が自爆を受け損傷しました」
「国防は?」
「国防省はレーダーネットワークをウイルス攻撃されて、予備レーダーで捕捉精査し直し95機を迎撃するまでのタイムラグを狙われ、今、ちょっとした混乱中です」
「なんてお粗末っ」
主人のニュースにあきれたニュアンスに王室の守護聖獣(虎と大型狼のキメラ)ギララは小さく唸りっぱなしだ。
「東の政府は即刻謝罪。軍部で暴走した一部の反逆者を逮捕拘留し、この後軍法会議を経て公開処刑すると発表しています」
「じゃあ、終わりね」
「いえ、カムフラージュです」
「何の?」
「復旧させる時にあらためて、スパイとプログラムとテロ兵器を潜らせるためです」
「手が込んでる」
「連邦ビル爆破と同じやり方です」
「もう5年ね」
大事な身内を失った惨事の二の舞をまた味わいたくはない。桃源郷コンツェルンを筆頭に、極大企業集団を最強の軍産複合体としてまとめ続ける桃源郷会議議長近衛櫻良子は、キッと表情を引き締め言った。
「着替えを手伝って」
「はい、お車は待機中です」
装甲車以上の装甲を持つモンスターリムジンは、複数の警護チームを携えてエントランス前で既に待機している。行き先は「新連邦ビル」だ。
ギララは大きく背伸びをして全身の身震いと共にその長い毛並みを一気に整えた。じっと、主人の出かける準備を見守っている。
5分が経った。
「ギララ、おいで」
櫻良子は威厳をまとって少しだけ足早に寝室を出た。隣に遥香、一歩下がってギララは続いた。エントランスに続く10㍍幅の通路の所々に従者と護衛たちが立ち、主の出立を見送った。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
この邸宅の者たちに限ってはすべて、主・近衛櫻良子のことを「ご主人様」とも「議長」という立場でも呼ばず、幼少の頃からの「お嬢様」呼びで通すことがしきたりだ。仕事を離れて自宅に居るのだから当然とも言えるだろうが、それは櫻良子自身が強く望んだことでもあった。もっとも、総理も官房長官もこれまで通り「お嬢様」呼びで通したままではあるのだが。
櫻良子が思うまさに「THE・議長」とは、亡くなった叔母・近衛由美子、その一人だけであるからだった。そして、「ご主人様」とは同じく父・近衛由美麻呂のことに他ならなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー001
登場人物
近衛櫻良子
・・・桃源郷会議議長
神海遥香
・・・秘書兼ボディーガード
近衛由美子
・・・櫻良子の叔母
雪野小路隆法
・・・総理大臣
小松原晋作
・・・官房長官
そして、、、
ギララ ・・・王室の守護聖獣
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー002
遥香
神海遥香はあの日のことを忘れない。
まだお互いに若かった。我が主、近衛由美子はあの大惨事の少し前、こう言っていた。
「あなたには初めて話すわ」
表情が氷をまとって。
遥香は身構えて次のフレーズを抱きとめる気だ。
「はい」
「近衛家には一子相伝の「言の葉」がある」
「 ・・・ 」
「どんな出現条件かはわからない。ただ、突然頭の中で誰かが話しはじめる。自分ではない誰かが喋り出す。時として過去、時として未来、時として今のことも」
「、、、 頭の中、」
一瞬、小さく息を飲んだが遥香は応じた。
「議長?」
「なに?」
「、実は、私もです、」
「エッ!」
自分が思ったより大きなボリュームで発したことに櫻良子は自分で驚いた。
主の次を待たずして遥香は言葉を継いだ。
「議長の血筋の方々だけの出来事だけだとするなら、思い当たるのはひとつ、」
「うん」
「私が重傷を負った時の輸血ではないかと」
「 ・・・ 」
「由美子様からいただきました」
「最初は気のせいだとも思いませんでした。自己肯定、自己否定なんて誰しも普通に頭の中です。自分で自分を褒めることも、自分で自分を卑下することも。でも違いました」
「 ・・・ 」
「ちゃんと会話が成立するんです。自分ではない他人が私の中にいるんです」
「ひとりごとではないでしょ?自分以外の相手がいるのよね?」
「はい、そうです」
「なんてこと!? あなたにおかしなものを背負わせてしまった、本当にごめんなさい」
「何をおっしゃいますか!あの時議長からいただかなければ、私はこうして議長とお話してはおりません」
「一族のしかも一握りだけと思われていた血液型ABOマイナス。まさかあなたがその持ち主だとはとても驚いたわ」
「私もです。この世にそのような変異型が存在していたとは。私の家族が皆普通であったが故に不思議でなりません」
「ひょっとして輸血がなくっても、、、」
「それはないと思います。何かが動き出したのはあの後だったからです」
その日は夜明けからしばらく悪天候だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー003
櫻良子
新連邦ビルに向けて疾走するモンスターリムジンの中で、櫻良子はギララの尻尾の先端を指でもてあそんでいた。クルクルと丸めてはまたほどく。その繰り返しだ。
巨体を丸めてはギララはイヤな顔ひとつせずじっと主の目を観ていた。ギララは感じていただろう。その目の深淵な輝きは「国主」のそれに違いなかった。
しかし、ギララの期待に反して櫻良子は遥香のことを思っていた。
遥香さんっていったいいくつなんだろう?
叔母様と一緒に青春時代を過ごしていたと聞いたことがある。
だとしたら40代後半か50代前半。でも、とてもそうは見えない。どう見たって30代だ。今朝もそうだがあの美しさ、肌つや、身のこなし、声のトーン、あらゆるたたずまい。いやひょっとしたら20代後半。私とさして違わない。
まさか若返ってる?あるいは歳をとらないとか?私が小さい時からずっと年上の綺麗なお姉様。私が大人になっても、5年前に叔母様が亡くなった時も、そして今でも、何も衰えを感じない。昔と変わらない、きっと周りだけが歳をとっている。いつまでも若々しいままだ。
遥香さんが言っていた。世界中で近衛家の一部の者にだけ現れることのある特異血液型の輸血を受けたんだそうだ。
なんでそんなことになったか。
桃源郷会議議長・近衛由美子が命を狙われたのは一度や二度ではなかった。
桃源郷コンツェルンはこの国きっての極大企業グループだ。法の定めさえ超越し独占的な産業分野もある。国家行政の長たちにしてみれば最強最大の集票組織でもある。表立つことなくとも立法にさえ影響力を及ぼしてしまうことさえある。
いきおいどこかの誰かの怨みを買うことだって少なくはない(市場競争、権力闘争の行き着く先に全員が幸せに浸れることなど、それは夢で見る理想郷の中だけの話に過ぎないのだ)。誰か、、、市民なのか、単独か組織か、営利団体や企業か、それこそ政治家か、はたまたいずこかの国家なのか、、、である。
由美子と遥香
雨と風とが横殴りの朝だったが、昼前からだった、西の空に見え始めた小さな光が一瞬にしてと波となり、と思えるほどのスピード感で360度を覆った。雨上がりの穏やかな通りの匂いに包まれて人々の日常にフイゴで空気が送られた。
5歳のその男の子がポストマンから受け取った透明ラッピングの中身は、自分の背丈の半分ほどの大型のドローンレーシングカーだった。カードには遠くに一人住まいのおばあちゃんからのおめでとうとのメッセージが添えられていた。
「ママーッ!おばあちゃんから誕生日プレゼントーっ!」
母親の制止も効かず、すぐさま彼は通りで走らせ始めた。リモコンのスイッチを入れるとリアのデコレーションライトが七色にフラッシュし、モーターは唸りを上げた。館の前のメインストリート直線100メートルを走り抜け足元に戻って来た。
快感だった。
何度か繰り返し悦に入っていた時、通りの向こうに大きなリムジンといくつかの車列が見えた。
そのリムジンが走る道は交通管制が敷かれる。通行シグナルも赤にはなれない。どうりで普段の往来と違って車が一台も走っていないわけだ。
桃源郷会議議長の一行は、新データセンターに電力を供給するための原発建設予定地の視察帰りにあった。海岸沿いのこの別荘地街にいつか不測の事態が起きた時、その影響の大きさを少しでも想定しておきたかったのだ。
「停めて」
視界の端に入ったおもちゃドローンのレーシングカーに被害をもたらしてはならないと由美子は命じた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー004
由美子と遥香
「議長、私が行きます」
「いいのよ、子供は嫌いじゃないわ」
「でも、」
「なんにしたってあの子に罪はないでしょ」
由美子はリムジンを降りた。同じく遥香も。
ん?
これはC4の対人テロチーム特別仕様?
リムジンの前、2メートル以内に停止したおもちゃのドローンを凝視した。誰にもにおわないはずの爆薬のニオイを遥香の超人的五感が感じ取った。
「議長ーッ!」
またしても超人的な跳躍で、車高3メートルはあるリムジンの屋根に右手をついて身体を翻すと数瞬のうちにその車幅を飛び越え、主の身体をガシッと抱き止めた。
まさに爆発するタイミングだった。二人が吹き飛んだ先がたまたま豪奢な館の芝生の上だったことが少しは幸いした。
「議長、無事、で、す、か?」
「は、遥香!しっかりしなさい!」
由美子を爆風から守った遥香の背部は大きく焼けていた。モンスターリムジンは埃をかぶっただけでビクともしていない。由美子は腕に擦り傷を負った程度だ。
薄くて軽い合金製防弾チョッキを貫通した破片が、肩甲骨と首筋との間を大きく裂いて刺さっている。出血が激しかった。桃源郷会議議長近衛由美子は駆け寄って来る護衛に強く命じた。
「ドクターヘリを早くっ!!」
川を隔てて200メートル対岸のリゾートマンションの屋上からスナイパーは、スコープの向こうに二人の美しい女を見ていた。
「いい女だ。惜しいな」
その一言を頭に思い浮かべたのが彼の命取りだった。
主をかばって意識がないはずの遥香の無意識が、スコープのわずかだが陽の光を受けて強く反射したその一瞬を見逃さなかった。
それはモンスターリムジンのニューロンオペレーティングシステムを刹那に起動した。
撃て!
極小の家ほどは大きさのあるトランクルームの天板が開いた瞬時に、2発の対人ミサイルが射出された。無意識による命令の深刻度合いを感知したAI回路はダメージリミッターを解除していた。
マッハ5のミサイルランチャーはその屋上のすべてを焼き払った。スナイパーはスコープの中にまばゆい光を見るのが精一杯だった。
幸いにも瓦礫と化した屋上から下の3フロアには所有者がたまたま避暑に来ていなかっただけだったのだが。
運が悪ければ多くの命が失われていたところだった。
遥香はうっすら笑みを浮かべて目を閉じた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー005
由美子と遥香
桃源郷コンツェルン最高ランクの総合病院の外科病棟では緊急オペが行われていた。
「院長、大丈夫よね!?」
オペ室を見下ろすガラスの向こうで30歳ほどは年上だろうか、その病院長は、隣にいる恐るべき権力を有するこのうら若き乙女の火傷しそうなほど熱く厳しい視線を浴びてすぐに返事ができなかった。
「どうなの!?答えなさい!?」
圧に屈せず医者としての尊厳をかろうじて保たんとしながら、院長は対した。
「議長、出血量が多く、し、しかも」
「なんなの!?」
「実は、ABOマイナスです」
「エッ?」
「はい、議長と同じ血液型のようです」
「じゃあ早くストックを使いなさい!」
「ですが、あれは議長用です」
「何を言ってるの!?私が私の血を使えと言ってるのよ!それでも不足なら早く私から輸血なさい!」
由美子は言い終わらぬうちに左袖をまくった。
近衛家だけに隔世的に出現する覇者の血液型、ABOマイナスはまさに人体学の中の奇跡中の奇跡であった。
そんな門外不出の型がなぜこの世に存在していられるのか、なぜ互いの因子同士が拒否反応を示さないのか。世界中の知力が解明できずにいるのだった。
そして、近衛家とは縁もゆかりもない秘書に、その血は流れていた。
「院長、急いで」
「はい議長、、、ひとつ気になることが」
「なに?」
「マイナスはマイナスでもツーマイナスです」
「つまり、マイナスの2乗ってこと」
「例えればそうです、そんな存在は初めてです。最悪、適合しない可能性さえ、」
言い終わらぬうちに主はマイクのスイッチを入れた。そんな可能性、クソ喰らえだ!
「よく聞いて!今すぐ私の血液ストックを持って来なさい!輸血を急いで。それとそっちに行くから私からも摂りなさい!いいわねっ!!」
「はい、議長ッ!!」
いくつもの返事が重なった。
オペ室は違う緊張感に包まれて異様なスピードでまわり始めた。
「院長、」
「は、はい、」
「あなたはクビよ」
近衛由美子23歳、命懸けで主を守った秘書・神海遥香はまだ20歳を迎えたばかりの時のことである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー006
由美子と遥香
「ねえ、遥香?」
「ハイ、議長」
「今は名前でいいわ」
「由美子さん?」
近衛邸の20畳の由美子の書斎は、優雅にカヴァレリア・ルスティカーナの前奏曲が流れていた。わずかに、紅茶の中のブランデーの香りが漂って金木犀のお香に闘いを挑んだが、はなから勝ち目などなかった。
「そもそも、、、東の連中は何が欲しいの?」
ひと呼吸置いて続けた。
「世界最大の国土、最多の人口、科学技術、農業、畜産、水産、、、すべて持ってるのにまだ欲してる。ひょっとして桃源郷?それか私、」
そこまで言って突然大声で笑い出す始末。豪奢な背もたれの椅子にふんぞり返ってみせた。
遥香は半ば呆れてこう対した。
「いや、その通りかも」
「、、どうぞ」
「桃源郷そのもの。この場合、由美子さんを排除してとか、あり得ません。あるいは」
「 、、、 」
「他の何か」
「たとえば?」
「由美子さん、そして近衛家のレアな血液」
「テロまでやって?」
「あとはこの国にしかないもの」
「核なら違う緊張感」
「私たちが知らない何か、とか」
「この国の機密に私たちが知らない何かがあるなんて想定外よね」
「はい」
由美子
ICUで一昨日のやり取りを由美子は思い返していた。視察に出る前のことだった。
握った指先が少し動いた気がした。遥香は48時間眠り続けていた。
視界に入ったナースに言った。
「早くドクターを呼んで!」
「はい!議長!」
「どうなの?」
脈を取り、データを読み、聴診器をあて、そして安堵の表情で副院長は応えた。院長の二の舞いは御免だ。
「大丈夫です、峠を越えました。不適合反応もありません」
「よかった」
回復に向かわせるための環境変更をすべく、複数のナース、技師、ドクターたちがテキパキと動き始めた。
「わかってるわね?最高の対応をするのよ」
「はい!議長!」
副院長は胸を張った。
由美子は遥香の手を握り、言った。
「遥香、聞こえる?もう大丈夫よ。早く良くなって」
愛する妹へのトーン、それと変わらなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー007
遥香
ICUに入って2日目の朝だった。目覚めないままだった時だ。遥香は自分の中の誰かとずっと話していたのだった。
初めてのやり取りはこうだった。「彼女」はこう言った。
ねえ、
誰?
私は私、そして私はあなた
何?
具合は?
あちこち痛い
すぐ治してあげるわ
何それ?
信じていいのよ
、、、私、おかしくなった
バカね、あなたきっとこう思った
何?
早く良くなりたい願望が独り言を言わせている
、、、
残念だけどそれは大ハズレ
何がよ!
もう感じてるはずよ、独り言じゃないって
そんなのあり得ない
あり得ないことってこの世の歴史にいっぱいよ
どうしてなの?
あなたのご主人様が大切な血を分けてくれた
、、、
必要な時、いつでもお話ししましょ
由美子さんがずっと私の手を握っていてくれていたことに私は感謝を述べていた。言葉にはならなかったが。
大丈夫、私は大丈夫だから
ん? 私が私の中の誰かと、ひょっとして私の中の私?と対話できるようになったのはついちょっと前のことだ。
遥香の頭脳はひとつひとつのピースを時系列に並べながら冷静に検証した、、、
あの時、私はまだ輸血される前だったはずだ。私の中のもう一人が、私に話しかけるようになったのは、事件後、由美子さんの血をもらってから後のことだ。
でも、撃てと言った私の無意識の命令を私の記憶は覚えていた。
なぜ、そんなことができた?
あの時、私はもう意識はなかった。
私って超能力者?
思わず遥香は声にして笑った。
「あら、何か楽しいことでもあった?」
わが主が花束を抱えて貴賓室へ入って来るところだった。
「議長」
「どう?」
「もうどこへでもお供できますよ」
主は菩薩のような笑みを浮かべて返事に代えた。
遥香は、ドクターたちが心底驚くような皮膚、筋肉、循環器、消化器の回復・復元力を見せていたのだった。その現象は医科学の常識では測れなかった。
奇蹟の為すべき技なのだから一切口外無用と、一部優しい口調ではあったが、主・近衛由美子の眼光に病院中が低頭した。静かな箝口令だった。
眠りから覚めて、まだ3日しか経っていない。傷痕がもううっすらとなりかけていた。遥香は主の方を気遣った。
「議長は大丈夫ですか?」
「ええ、もうすっかり。あなたと同じく奇蹟の子のようね」
袖をまくって見せた。
由美子の腕の大きな擦り傷は、もう影も形もなかった。
「奇蹟の子、ですね」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー008
櫻良子と総理と官房長官
地上100階建て、地下10階の新たな連邦ビルは上下左右すべてに死角を持たないロボットカメラ群によるネットワークと、より高度に進化した生体認証システム(脳波パターンと血液パターンまでを個人特定要素に追加した)、万一、奇襲を受けた際に即応するレーザービーム砲システムおよび対人・対地・対空ミサイルシステムによって、まるで戦時中かと思わんばかりの堅牢な要塞への変貌ぶりを遂げていた。
200メートルの地下トンネルは総理官邸と直結し、非常時には相互通行が可能となっている。桃源郷コンツェルンの中の支配者層である「桃源郷会議」の底無しの力を世界中に見せつける圧倒的な荘厳ささえも身にまとっていた。
桃源郷会議議長執務室に櫻良子と遥香が着くや否やデスクのインターホンが呼んだ。
「はい」
「総理と官房長官がお待ちです」
「すぐ行きます」
遥香が応じた。
執務室横の大扉を2枚抜けて貴賓応接室へと入った。
「ごめんなさい、お待たせしてしまって」
この国トップの二人は起立して深く一礼した。
顔を上げて総理が応えた。
「とんでもない。お嬢様、どうぞお気遣いなく」
「そうはいきません。お二人はこの国の艦長と副長ですよ」
「畏れ多いお言葉で」
遥香は腰をかけた櫻良子の左斜め後ろに立ち、右斜め後ろにはギララがおすわりをして控えている。
「被害を受けた送電網はどうですか?」
櫻良子は用件を先取りした。
「桃源郷グループの皆様のお力で先ほど復旧しました」
櫻良子が自分の前で「コンツェルン」と呼ばれるニュアンスを嫌っていたため、総理は「グループ」という呼称を日頃から心がけているのだった。
「安全保障委員会はどう分析したのです?」
「以前のような爆薬を仕込むというアナログな手法を採る余裕はなかったでしょう。ですがネットワークウィルスとバイオウィルスは否定はできません。現在、警察省と国防省でネットワーク中の精査と各空域における空気サンプルの分析結果を待っているところです」
「わかりました。私たちにできることがあれば遠慮なくおっしゃってください。女王陛下はご存知ですか?」
次期女王、本名「九条櫻良子」は続けて言った。
「陛下は最近めっきりと調子を崩してらっしゃるから案じて上げてくださいね」
「はい、十分に心得ております」
「本件は宮内省を通じて心配なさらぬようにお伝えしてあります」
官房長官が口添えした。
「そう、良かった」
櫻良子が安堵したことが見て取れた。
「はてさて、いったい東はなぜわが国にちょっかいを出すのかしら? 何でも持ってるくせして。子分にしたいとか?ただのいたずら好き?それとも戦争がしたい?西と競うのに最前線化したい?緩衝地域としての役割りはもう必要ないと?あるいはこの国が欲しい理由が何か他に?」
総理大臣・雪野小路隆法と官房長官・小松原晋作は同時に頷いた。
「まさか処分場?」
「はい、私たちはそう考えております」
官房長官も頷き賛同した。
「だって世界中の誰もやりたがらないから桃源郷でやったんでしょ?それを今になって何なの。だったら最初から自分でやれば良かったんじゃない?」
「お嬢様のお怒りはごもっともです。しかしながら東も西もやれるわけないと軽んじていたのです。
ところが桃源郷グループの底力を見せつけられた。廃棄物とはいえ、再生さえすればとんでもないエネルギーを生み出しかねないほどの物量を保有し、廃棄処分の見返りですらも無尽蔵に蓄え続けるわが国のことが、、、平たく俗語で敢えて申し上げれば、鬱陶しくなって来たのでしょう。世界のイニシアティブを取られる前に支配してしまえば、それが最も早道と判断したのでしょう。わが国を属国とし、東は世界国家を造るための足がかりとする」
「なんてこと」
「お嬢様、畏れながらもう一言申し上げます」
「どうぞ」
「おそらく東西、どちらかと言えば東の方がわが国への執着度合いは高いと思われますが、彼らが一番狙うとすれば、、、桃源郷グループだと思います」
「 、、、 」
「無礼をお許しください。もしも桃源郷会議の皆様を亡きものとできれば、グループを手に入れる最短ルートと睨んでいるのではないかと」
「総理!」
遥香が一喝した。ギララはおすわりのまま唸り出した。
「な る ほ ど」
連邦ビルの爆破テロは、そういうことだったか。
櫻良子は思った。
そして、こうも思った。
ほんとうにそうならね
あらゆる可能性は、それを排除してはならない
「いい教訓になったわ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー009




