転生したら希少種だった
転生なんてするものじゃない。
そう後悔した時にはもう遅かった。
今日も命からがら、何とか拠点に帰ることが出来た。
「あいつら……俺を見るなり目の色変えて襲って来やがって、蛮族かよ……」
俺がこの奇妙な世界に『転生』させられてからどれくらいの時間が経っただろう。
生まれたばかりの頃は親のように守ってくれる存在もいた。そのお陰で特に何か自分というものに疑問を持つこともなく過ごすことができていた。
「父さん……今どうしてるんだろう」
親からは、「外の世界にかかわらないこと。外の世界にいる者たちはみな凶暴で残酷だ」と聞かされていた。
今日も俺は、そのことを身をもって思い知らされた。
冒険者、という奴らからはやたらと追い回され、10日くらい前は危うく捕まるところだった。
今日は騎士団とかいう鎧を着た奴らに追い回される羽目になった。
『いたぞ! そっちだ!』
『殺すな、生け捕りにするんだ!』
『献上品だァ! コドモは高く売れるぜぇ!』
と、親が言っていた通りだと思ってしまうような目に遭った。
「何なんだよいったい……俺が何したっていうんだよ……」
一人つぶやいて、拠点の水瓶から丼のような器で水を汲んで、ぼたぼたとこぼれるのも構わずに喉に流し込む。
以前の俺は、お世辞にもモテてたとは言えないごくごく普通の男だった。
当たり前に高校を卒業して、当たり前に大学に行って、当たり前に一留して、当たり前に地元の企業に就職して、当たり前に過労死した。
ただ、当たり前じゃなかったことがあったとしたら、自分でも不思議になるくらい女っ気の無い人生だったということだ。
本当に、見事なくらい女性に縁がない人生だった。
母は小学生の頃に不倫の末に親父と離婚して以来、ただの一度も会っていない。
兄弟もいなかったのでずっと親父と二人暮らしだった。
高校は男子校、大学は工学部だったせいで、洒落にならないくらい女人は縁がなかった。
当然、彼女なんていたことはない。マッチングアプリに手を出そう、と思ったときに過労死してしまった。
死んだあとに出会った女神とやらが、実に中学生時代以来、記憶にある限りは初めて3言以上言葉を交わした女性だった。産みの母のことは、全く覚えていない。
本当に今思い出しても嫌になるくらいキョドったことをよく覚えている。
「確かにモテたいとは言ったけどさぁ……今のこれは絶対に何か違うだろ……」
女神に願ったことはたった一つ。
モテたい。
あわよくば女性に追いかけられる人生とやらを味わってみたい。
ただそれだけだった。
魔力もいらない、人外の腕力もいらない。ただただ異性にモテてみたい。
その結果が、今のこの生活だ。
俺を育ててくれた親は、男性のエルフだった。
父とも言えるこの人物が、俺に繰り返し語っていたことがある。
「女は怖いぞ。良いか女は恐ろしいものだ。くれぐれも気をつけろ」
まだこの世界で生まれて間もなかった俺は、この父の言葉を真に受けることもなかった。
それが、父の壮絶な経験からくるものである、などとは予想だにしなかった。
男女比率1対19。
それが、この世界の男女比率だ。
「この辺りだ……たしかに匂いがするぞ、オトコの匂いだ……」
「探せ! 草の根分けても探し出して捕えろ! ただし間違っても殺すんじゃないぞ! 無傷で捕まえろ!」
ドアの向こう側から飢えた獣のような女の声。
ついに父が残したこの拠点も見つかってしまった。
父は、去年エルフの女王の使いとやらに連れて行かれてしまった。
俺は『穢らわしい人間の子』として置き去りになっている。
それ以来、父がどうなったのか、今生きているのかどうかもわからない。
そして今まさに、俺には父と同じ危機が迫っていた。
「囲め! 絶対に逃がすな!」
「くそ……な、なんだよ、どうして、俺が何したっていうんだよ……」
「中から声が聞こえたぁ! いるのはわかっている! さぁ大人しく出てこい!」
「くそっ……これまでか……こんなモテは欲しくなかったのに……」
ファンタジーの小説などでは『男が世界に一人しかいない』だの『世界中探しても男は5人だけだった』とか言う極端なものがあったような記憶がある。
でも、この世界では絶妙に現実的な比率だった。
この絶妙な比率があればこそ、人類が種として存続しているともいえる。
人間でも、エルフでも、ドワーフでも、ノームでも、ティタン族も、果ては魔族ですら男は『20人に1人』という割合でしか生まれない。そのためか、この世界は完全な女性上位社会だ。
加えてタチの悪いことに、この世界では子どもが生まれる自体が稀であり、男児が生まれるともなればそれはもうお祭り騒ぎになる。
たまさか近くに結婚適齢期な女性貴族やら女性王族なんかがいた場合には大変だ。
がちゃ、とドアを開けて入ってきた女騎士は、まさにその『結婚適齢期な女貴族』だろう。
舌なめずりをしながら、まだ少年といえる俺の体を舐めまわすように上から下まで見ると、『ニチャア』としか擬音をあてられないような笑みを浮かべた。
「上物じゃないか」
「でしょ、そうでしょ? 褒美はたんまりはずんで下さいよ騎士様?」
騎士に揉み手をしながらすり寄る女の顔には見覚えがある。
何度か山菜を探している時に遠目に見かけたことがあった。父が遠目に指さして『ああいう女には特に気をつけろ、男を見つけて売ることで、金を得ようとする女もいる、あいつはその1人だ』と語っていた。
「エルフの男を売ったときは結構なご褒美を頂きましたんでね? 人間じゃありますが、なにせほら、子どもですからね? 高値で売れるでしょ」
「あぁ良いだろう。金欲しさにいたいけな少年を売り渡すような卑劣な女には、これで十分だろう」
女騎士は素早く剣を抜くと、目視も出来ないような太刀筋で、平民と思しき女の首を切り落とす。
拠点の、板の間が血の海になる。
「ひぃっ!?」
何てことしやがる。
仮にも父との思い出が詰まった、狭いながらも父が残してくれたこの家を。
「安心しろ少年。私は女である前に騎士だ。騎士は弱き民を守るためにこそ存在する。君を保護するために来たんだ」
騎士の言葉は優しい。
だが、安心はできない。騎士の目は、明らかに獲物を品定めする肉食の野獣のそれだ。
「ふふ……ふふふふ、さぁ私が保護するからにはもう心配はいらんぞ少年。私が屋敷で保護してやろう。入浴も、着替えもすべて私が面倒見てやる」
「い、あ、あの……」
「親なし子なのだろう? なら私の息子になるか? それか、少々歳は離れているが、私の婿になるのも良い」
明らかにガンギマリの目を見開いて、俺の小さな、非力な手をぐっと握りしめた。
ああ、もう逃げられない。
この世界で言う女の保護とは、つまり女の慰み者として囲われることを意味する。
数少ない男の、さらに希少な『男児』として囲われて生きることになるだろう。
「大丈夫だ、そんな泣きそうな顔をするな。優しくしてやる」
あぁ、やっぱり転生なんてするものじゃない。




