本の下巻だけが紛失したんだけど? ④
「えっ、伊藤君、君は畑中君の犯行だって気づいていたの?」
そう私が聞くと伊藤君はうつむいてボソボソと、
「なんとなく……。畑中の借りている本の履歴は相談されたときに確認していて、『うすいさえこ』の本を何冊も借りているのに気づいて。
その時に畑中がなぜ上・下巻を同時に借りようとしなかったのか不思議に思って……。
畑中なら、そのときに下巻がないのか、いつ返ってくるのかとか聞いてきてもおかしくないのに。
上巻を借りたときの図書委員って僕だったし……。
だから、畑中の自作自演っていうのもあり得るのかなって思ってました」
確かに、私も好きな作家で上・下巻がある本なら、一緒に借りようとするかも!
気づかなかったなー!
怪しんでたなら、早く言ってよ! 伊藤!
「早く言えよ! 伊藤!」
と、私の気持ちを代弁してくれた田村だったが、
「僕は、田村先輩と違がって、利用者が借りた本の情報を簡単に話したりできないんで……」
と、伊藤に切り返されて撃沈した(ちょっといい気味)。
それで、深津さんが、これまでの話をホワイトボードにまとめてくれたんだけど。
① うすいさえこファンの畑中君が、学校で『コバルト』の上・下巻を借りようとして、偶然にも下巻の見返しに書かれていたサインを発見
② 周囲を見渡して人がいないことを確認して、カバンに下巻を入れる
③ 上巻だけ貸出の手続きを済ませて、後日、上巻を返却
④ 下巻が見当たらないと騒ぎ出す
⑤ 図書委員で友人の伊藤君が畑中君の履歴を確認して、上巻しか借りなかった行動に疑問を感じつつも、言い出せずにいたら、返却キャンペーンがスタート
⑥ 焦った畑中君は、サインが書かれていた「見返し」を切り取って返却BOXにこっそり入れて返した
そして、真相に気づいた私たちが、ついに犯人を追いつめたはずだった……(イマココ)。
なんだかなー!!!
第一発見者を疑うのはミステリー小説の王道だけど、そもそも畑中君が騒ぎ出さかったら、本が紛失していること自体すぐ気づかなくて事件にならなかったし。
上・下巻を一緒に借りようとしなかったことは、下巻が無かったってことになってたからさぁー!
得意げに今回の真相を語っている私のことを、どう思っていたのかな、伊藤君(怒)?
すると、私からの怒りの視線に気づいたのか、
「でも、僕は見返しに書かれたサインが目的だなんて全然気づきませんでした。サイン会とか行ったことあるのに……」
とかなんとかボソボソ言ってて。
えっ私、後輩に気を使われてる?
いやいやいや、畑中犯人説があったら、もっと早く解決できたはず。
伊藤君、次とかないだろうけど、思いついたことがあったら、今度はもっと早く言ってね!
あれっそういえば?
「畑中君、じゃあ上巻を読み終えて下巻を探したんじゃなくて、上・下巻とも同時に借りようとしたのね?
たまたまとはいえ、よく下巻の見返しなんて開いて、サインに気づけたね?」
「ああ、それは市の図書館で借りる本だと、帯を切り取って見返し部分に張り付けていることがあって。
うすい先生は、帯にミステリーのヒントをちりばめてるのが有名な作家だったんで……うちの学校の本にはそういったものは付いてないんですが、癖でつい見て」
あーそういえば、図書館で借りた本で見たことあるかも……。
【帯】
出版における帯とは、本についてのキャッチコピーなどが刷られた紙。表面の一部分(通常は一番下)を覆うように巻く。本にかけたベルト(帯)のように見えるためこの名がついた。帯紙、袴、腰巻と呼ばれることもある。(Wikipediaより)
こうして、最後は微妙な雰囲気になりつつも、畑中君が元の本を購入して弁償してくれたら、最初に宣言した通り、罪は不問にすることにした。
謎解きに協力した図書委員たちにだけ真相を話して、学校側には本の破損と弁償ということにして、あとは秘密にしよう。
これでおしまい! おしまい!
改めて、無事に事件は解決を迎えた。
畑中君と伊藤君を見送った後、図書準備室に残った私たち3人のうち、伊藤君に痛いところを突かれた田村だけが不満そうな顔で、
「朝日さん、甘いな。窃盗だし、器物破損だし。弁償だけで済ませるのは本人のためにならないだろう」
「まーねー、でも私たちは図書委員であって裁くのが仕事でもないし。
本を傷めたことは腹が立つけど、理由がゆがんだ本・作家への愛情だから。
弁償してくれれば許していいんじゃない? 山口先生にもOKをもらったし」
「あーあ、演劇部の新ネタになるかと思ったんだけど。
これだと犯人が誰か特定できちゃうから、そのまま使えないなー」
「やけに厳しく追及するかと思ったら、それが理由!? ひどっ!」
「演劇の新作用のネタがなくてさー。図書委員会も意外と忙しいし」
「でも、本が戻ってきてよかったですね。
キャンペーンのおかげで、延滞していた本や紛失扱いになっていた本もだいぶ戻ってきましたし」
と、深津さんがフォローすると、
「そーだなー、オチだけを変えて『図書室で下巻だけなくなっちゃいました事件』の脚本を考えてみるか」
と、まだあきらめていないっぽい、田村。
「まあ、探偵ごっこはこれでおしまい。
戻ってきた本の登録作業や読書会、朝読キャンペーンの準備とかやることがいっぱいあるんだから!」
来月の文化祭を控えて、学校全体が騒がしい時期だったけど、なんとか「本の遅延・紛失解消キャンペーン」をやり切って、本も見つかってよかったな。
文化祭って、うちの高校は図書委員会はあまりやることないんだけど、最近さぼりがちだった文芸部のほうが……。
なんだか不思議だけど、適当に引き受けたはずの図書委員会の活動が、よくわからない手ごたえを感じ始めた、まだまだ暑さの残る秋の日の夕方だった。