秋はセンチメンタル ②
「この本を図書室の棚に忍ばせたのは、山口先生ですか?」
と、私たちの話し合いを横で聞きながら図書準備室で仕事をしていた山口先生に、声をかけた。
「あれ、バレちゃってたか(笑)」
とマスクの下からでもわかる、にこやかな顔の山口先生。
「ごめんね、ちょっとしたイタズラのつもりで。
でも、なんで、私が犯人だとわかったの?」
「わかったというか……。
外部の人が正式に延滞図書を学校に持ってきたんだったら、対応するのは山口先生のはずで。
他の先生が受け取って、勝手に書棚に戻すというのは考えにくいですし。
山口先生なら、こんな変なことしそうだし(笑)」
と私が代表して説明すると、山口先生は笑いながら、
「どさくさに紛れて登録されればいいと思ったんだけど、みんなちゃんと仕事してるわね。えらいわ」
「イタズラってどういうことでしょうか?」
と改めて私が聞くと、
「少し長い話になるんだけど」
と言って、お話ししてくださった。
「……この本は少し前に亡くなった生徒が、亡くなる直前に借りたものなの。
朝日さん、あなたよりずっと前に図書委員長だった女の子で。
真面目で読書好きで優しい女の子だったわ。
あまり体が丈夫じゃなくて、委員長とか引き受けて大丈夫なのって心配だったんだけど。
ちょうど、コロナウイルスが猛威をふるっていた頃で、図書委員会の活動も活発じゃなくて、それなら大丈夫かも、って話になったみたいで。
あの頃……コロナ禍の図書室は閑散としてて、時間制限や使用制限もあって、問い合わせがあった本を図書カウンターで調べて貸し出すだけになっちゃてて。
それでも、できる限りの活動はやって、コロナ対策も毎日しっかりとして。
一年間、ほとんど活動らしい活動はできなかったけど、委員長をしっかりつとめた彼女から、
『本が好きだし、みんなが大変な時間を本で少しでも支えることができて、図書委員長をやれてよかったです』
とか言ってもらえてたのに。
大学受験も終わって、あと少しで卒業ってときに『最後にこの本を借りて、卒業までに読んでお返しますね』って言ってたのに。
卒業間際にコロナにかかってしまって、もともと体が丈夫じゃなかったからか、合併症を患って、急に亡くなってしまったの。
まだコロナについてよくわかってなくて、重症化とかしてたころだったから。
私も、濃厚接触者になってしまって葬儀に参加できなくって。
後日ご自宅には行かせていただいたんだけど。
ひょっとして図書室で無理をさせたんじゃないか、コロナにかかる原因が図書室にあったんじゃないかって、ご両親にお詫びして泣いてしまったんだけど。
ご両親からは『悪いのすべてコロナです。先生のせいでも、誰のせいでもありません』て言ってもらって。
そんなときに、本の返却がまだですなんて言えるわけないじゃない(苦笑)。
だから、いつか気づいて返しにきてくれるといいなって思ってたんけど。
そんな機会はないまま、図書室のデータ管理のルールで、彼女の貸出履歴や戻ってこない本の登録情報を削除しなければいけなくなって。
……データの削除は他の先生にお願いしちゃった。
それでもう、本は返ってこなくてもいいかな、と思っていたんだけど。
文化祭を見にきた彼女のご両親が、返却・紛失キャンペーンのことを知って。
娘さんが本を借りっぱなしにしていたことに気づかれて。
それでも、すぐに本を返却する気にならなかったそうなんだけど。
彼女の今年の命日に、お二人で本を返却しに図書室にいらしたわ」
と言って、一息つかれた。
初耳でかつあまりに重い話に、私たちは何も言えないまま、黙って話を聞くしかなかった。
すると、少しの間黙ってた先生が話を続けて、
「でも、なんかねー。
戻ってきた本を再登録する気にならなくて。
図書室の無くなってた本扱いになったから、文庫版を購入して補充しちゃってたし。
このまま遺品として貰っちゃおうかとも思ったけど、ご両親を差し置いて『それはないかなぁ』なんて思って、グズグズしてて気がついたら数ヶ月経ってて(苦笑)。
この本を登録したら、彼女とのつながりが終わってしまいそうで。
そしたら、文芸部の江頭さんから、あなたたちにサプライズを仕掛けたいって相談があったんだ。
それで、図書室に加えるために、ってみんなが用意した新しい本の中に混ぜておいたの。それで、図書室に本が戻ってきてくれればいいかな、と思って。
本を戻すのに、ちょうどいいきっかけになったわ。
三人のおかげね。ありがとう」
そう言って、カウンターに置かれていた『本と鍵の季節』を手に取って、私に差し出してきた。
「朝日さん、あなたがこの本を登録してくれない? どうしても自分でする気になれなくて。
本の登録を削除したときも、別の人にお願いしちゃったの(苦笑)」
わ、私でよければ。でも、
「いいんですか?」
と確認してみる。
「やっぱりねー、本は読まれてなんぼだから。 彼女もそうして欲しいと願うはず。
お願いします」
「……わかりました」
と言って、先生に代わって図書室のパソコンに触れて、図書データベースの登録情報を更新した。
これで、紛失していた本は新しい本として、また誰かに貸し出されることになる。
私の作業をじっと見つめていた先生が、登録情報が更新されたことを確認した。
「はい、これで再登録完了!
ありがとう、朝日さん」
と言った先生の表情はマスクでよくわからなかったけど、その目が光ってたことを、私は忘れない気がした。
私たちの最後かもしれない事件は、こうして終わった。
まあ、図書室に本が戻ってきたんだから、本来の仕事をしたんじゃないかな。
と思っていたんだけど。
私だけ、最後の謎解きの依頼が待っていた。




