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本の下巻だけが紛失したんだけど? ②

 図書室のどこかの棚に紛失した本がある可能性はあるものの、それは夏休みに行う蔵書点検、通称棚卸しまで待たなければ、見つかりそうにない。

 なので、盗まれた前提で図書委員から出た意見を、ホワイトボードに書記の深津さんが板書していく。


・なぜ下巻だけが盗まれたのか?

・上巻は持っていて、下巻は持っていなかった?

・上・下巻を持っていて、下巻だけ紛失した?

・下巻だけは手元に置いておきたいなにかの理由があった?

・下巻にはどんな秘密があった?

・なにかメッセージが書き込まれていた?

 ……といった感じで、みんなで意見を出し合った。


 図書室の貸出履歴を調べた限りでは、畑中君のように上巻だけ借りた人も過去にいたが、数年前に卒業していて、上・下巻は1学期の終わりまでは借りられていた。学校職員でなければ現役学生の犯行であることが濃厚だ。


 田村が「最近借りた人の中に犯人がいるんじゃないか? 誰が借りてるの?」と聞いてきたけど。ねー、図書委員は貸出情報を簡単にしゃべっちゃいけないって知ってるよね!

 本はけっして安い買い物じゃないから、上巻だけ買って下巻を買うのは惜しくなって盗んだのかな? でも、昔の本だから、書店で購入するのは難しいし、西柏市の図書館で借りる手もありそうだけど。


 本の内容自体になにか盗みたくなるような理由があったのか? たとえば、本の中のトリックを実際になにかの犯罪に使ったとか? あるいは、本自体になにか重要なメッセージが書き込まれていたのか。


「盗まれた『コバルト』って本、芸術の世界を舞台にしたミステリー小説なんでしょ? 美術部が怪しくない?」

「そんなミステリー小説がなかったっけ? 『ダ・ヴィンチコード』とかって小説、そんな話だっけ?」

「違うでしょ?」

「メッセージと言えば、昔はデジタルじゃなくて紙の図書カードが挟まれていたから、好きな人の名前があったりしたら、欲しくなったりしたけどねー」

と、山口先生がしみじみと語りだす。

「映画でありましたよね。誰も借りてない本のカードの最初に名前を書くことを趣味にしているとか」

「それって『『Love Letterラヴレター』って映画で最後に図書カードの……」

「ネタバレ禁止!」

「えー、それくらい、いいじゃん」

 と、みんな口々に意見を言い出して収集がつかなくなってきたんだけど。


 すると、隣に座っていた副委員長の田村から提案が。

「あのさー。盗まれたことは問題だけど、俺たちにとっては下巻を図書の購入費で買うかどうかが一番の問題なわけで。

『図書室で書籍の紛失が相次いでいるので、心当たりがある人はボックスを用意しておくので、それに返してください』とか、告知してみたらどうだろう?

 呼びかけて戻ってくるなら盗難自体は不問にする。あくまで盗難でなく紛失した本を返せって呼びかけることにしてさー」

 なるほど、それは悪くないアイデアかもしれない。


「そんなので返ってきますかねー」

「図書の延滞や紛失についての呼びかけは、ポスターを張ったりしてますけど」

と、クソ生意気な後輩がちゃちゃを入れてきたが、

「素敵な提案ですね。他の見つからない本も返ってくるかも。こういう活動は集中的にアピールしたほうが効果はありそうですし」

と深津さんが言うと、一気に委員が賛同する雰囲気に(ハイハイ)。


「そうそう。

 延滞で返ってきてない本も多いから、期限を決めて呼びかけてさ。それで返ってこなければ購入するかどうか決めるっていうのでどう、委員長?」

と、田村が私に話を振ってきたので、

「確かに、延滞したままになっている本が多いのは問題だし。犯人の目的もわからないままだから、やってみるのも手かもね。生徒会にも協力してもらってPRしてもらおうかな? 先生、それでいいですか?」

「そうね、いいかも。みんなが良ければやってみましょう」



 それで、特に反対もなく、図書委員会は、イケメン生徒会長を中心に生徒会も巻き込んで、大々的に「本の遅延・紛失解消キャンペーン」を行うことにした。


 そもそも「図書だより」などで定期的に図書の延滞・紛失の件は話題にしているが、今回はポスターやチラシの配布、校内放送での告知、通常の返却ボックスとは違う派手な延滞ボックスを図書室前に併設するなどして、各図書委員にも教室でアピールしてもらった。

 お昼の校内放送にも出演して、図書室の本の延滞・紛失について語るのはめちゃくちゃ恥ずかしかったけど、佐久間君もいっしょに出演してくれて、「生徒会としても全面的にバックアップしたい」と言ってくれて、「新しい図書委員会はやる気がある」とちょっと評判になったりして、少しうれしかった。


 今回は本の返却が目的で、犯人探しが目的ではないので、監視カメラなど設置していないし、図書室前に設置した専用BOXに入れておけばいいとしたのが功をそうしたのか……。

 キャンペーン開始から数日後、ボックスの中に、『コバルト』の下巻が戻されたのだった!

 案の定、だれも見ていない図書室の閉館時間後に戻されたていて目撃情報もなかったけど、とにかく本が戻ってきたのだ!

 ただし、本の一部が切り裂かれていたんだけど……(怒)。

 切り取られていたのは、表紙の裏側にあるはずの「見返し」だった。


【見返し】

書物の表紙と本文との間にあって、両者の接着を補強する2ページ大の紙。一方は表紙の内側に貼りつけ、もう一方は「遊び」といって、本文に接する。(goo事典より)


 戻ってきた本は、切り取られた見返し部分が修繕されて、続きが読めなくて眠れない日々を過ごしていたはずの畑中君の手に無事にわたり、その2週間後には図書室に返却されてきて、今は私の手元にある。


 本日、図書委員会の定例会議が滞りなく終わり、もう解散してもいいのだけど、話は自然と『コバルト』下巻の話になった。


「結局、犯人の目的は下巻の見返しだった、ということになったけど……」

 本の見返しって、本の表と裏に差し込まれているちょっと厚い色紙いろがみのことだけど、本の補強のために使われるもので、ついていない本も多い。

 小説、特にハードカバーの本についているイメージだけど、下巻の表側の見返しが、カッターできれいに切り取られていた状態で戻ってきたのだった。


 山口先生の手によって似た色の紙を継ぎ足して、完全ではないけど修繕はできた(先生すごい!)し、犯人捜しはしないという話だったので、これで「めでたしめでたし」なんだけど……釈然としない。

 だって、本は傷つけられたし、犯人も犯行理由も不明のまま。


「見返しが欲しかったんだったら、下巻ごとじゃなくて、見返しだけ切り取って持って帰ればよかったのに」

「いや、目的は見返しでも、普通は本ごと盗むでしょ。図書館でカッターを使って切っても気づかれないかもしれないけど、不自然な行動だし」

「もともと返却キャンペーンがなければ、本ごと盗んだままだったんじゃないかな。キャンペーンでビビって、見返しだけを切り取って本を戻したんじゃない?」

「下巻の見返しになにがあったんだろう? 紙製の図書カードとかがあったわけじゃないはずだし」

「なにか意味深なメッセージがあったとか?」


 口々に言い合うみんなの話を聞きながら、頭の中でこれまでの情報を整理してみる。

 見返しが切り取られて、本が戻ってきたってことは、本の内容は盗難には関係なかった? 見返し自体になにかのメッセージが書いてあったのかな……?

 小説だとダイイングメッセージや誰かの罪の告白が書かれているパターンになるのかな? それも、上巻でなく下巻だけに……?

 なくなったのが下巻だということに、なにか意味があったのかな?

 やっぱり内容が関係しているのかな?

 でも、下巻まで読んでみて、本は面白かったけど、ヒントになるようなことは見つけられなかった。


 そういえば、この本って上・下巻が同時発売だったんだっけ……?

 山口先生の話では有望な作家さんだったらしいけど……。

 本の見返しになにが書かれていたのかな……?

 見返しに書かれているものといえば……?

 うん?

 うん!

 ひょっとして……。


 そのとき、私の頭の中で、『コバルト』下巻の扉が開き、見返しが光輝いて、なにが書かれていたのかが、わかった気がした。

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― 新着の感想 ―
図書委員の推理と会話がリアルで面白かったです。身近な題材なのに、ちゃんとミステリーしててドキドキしました。最後の「ひょっとして…」の引きも最高ですね。
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