書店でサイン会と図書選びの後日談 ①
「ねえねえ、あなたたち。
ミナミ書店でサイン会のお手伝いのバイトに興味ない?」
と、山口先生。
なんなんですか、その魅力的なお誘いは! やりたーいです!
春の購入図書選びが終わり、数週間ほど経った、6月のある日の図書室。
その日は梅雨入りして雨がしとしとと降っている、最近は短かくなった梅雨の一日で、図書室は利用者も少なくて、とても静かだ。
私は、この時期の図書館の雰囲気は嫌いじゃない。
読書といえば秋が定番だけど、梅雨の中、静かに読書するのもいいものじゃないかな?
受験勉強をしなければいけなくて、過ごしやすい季節に本を読める機会が減っているのは残念だけど。
期末試験が終わって、購入する本選びで決まった新刊本の一部が入荷してきたので、図書委員会のあとで、私と深津さん、田村のいつもの三人で、図書ラベルと図書フィルム貼りの作業を行いながら、図書委員会の今後の話をしていた。
まあ、受験勉強の合間の息抜きみたいなものだ。
そういえば、図書選定のときに気になったことがあったことを思い出したので、田村に聞いてみた。
「ねえねえ、そういえば図書選定のとき、なんで演劇以外の本……ビジネス書や英語の本なんて欲しがったの?」
……一瞬、微妙な顔をした田村だが、意を決したような顔で話し出した。
「それは将来、必要になることだから勉強したかったんだ」
「どういうこと?」
「俺、大学は日芸か早稲田に入って、劇団を立ち上げるつもりで。
それで在学中に劇団を評判にして、卒業と同時に仲間と事務所を立ち上げたい。演劇の舞台公演だけじゃ食べていけないらしいから、俳優のマネジメントや公演の配信なんかで稼ぐつもりなんだ」
急に将来の話、それも劇団だの芸能事務所などの話になって面食らったけど、田村はさらに将来のプランを語り出した。
「でもこれって、今、演劇や脚本で成功している有名人がすでにやっていることの真似でしかなくて。
そういう活動でお金がたまったら、アメリカに留学して、将来はハリウッドでSFの脚本を書きたいんだ。
だから映画も配信も本も、インプットしたいことがたくさんありすぎて小遣いが足りないから、ほしい本を学校に買ってもらえたら助かったんだけど、甘くなかったなー!」
さらに話が大きくなった! アメリカ留学? ハリウッド進出!?
どういうことですか?
「昔から映画『スターウォーズ』やTVドラマの『スタートレック』シリーズ、最近だと映画『ガーディアン・オブ・ギャラクシー』みたいなSF作品が好きでさ。周りに見てる人がいないけど、全部、世界的なヒット作なんだぜ。
だけど、日本だと変身ヒーローや巨大ヒーロー、怪獣がSF作品の主流で、もちろんそれも面白いんだけど。
俺が好きな作品はハリウッドの超大作映画じゃないと作れないものばかりだから、ハリウッドで通用する脚本家になるために必要な、セルフプロデュース力と英語力を身に着けたくて」
……できるかどうかは別にして、将来のことをそこまで考えているんだ。確かに田村は、英語と国語は成績いいよね。
「でもさ、最近ぜんっぜん脚本が書けなくて。
将来の目標のためには、もっとバンバン作品が書けなきゃだめなのに、書いても書いても面白くならない! 最近は筆も進まない! インプットもアウトプットも全然足りない!」
夢がでかいから、焦る気持ちもわかるけど、私は田村の作品、好きだよ。
そこから、ワンオクやキングコングの西野、渡辺直美、大谷翔平選手の話など、海外で成功している日本の有名人、成功者の話をしていると。
「……朝日さんは、将来のこととか考えているの?」
と、田村が聞いてきた。
そういえば、そういう話を三人でしたこと今までなかったっけ?
ちょっと恥ずかしいかな。まあ、いいか。
「私は、ひとまず東京の大学で文学部に進学して、司書の先生か出版関係の仕事をめざすつもり。司書の仕事はやってみたいけど、教職をとって先生になるのは性格的に向いてない気がして迷ってる。
山口先生にも相談してるんだけど、図書館司書も学校司書もなるのが大変なわりに、いまどんどん厳しい状況になっているらしくて、おススメしないって言われちゃって(苦笑)。
司書の仕事って、実は情報としての本を扱う『情報学』が必要な大変なお仕事で、データ管理が重要なのに、だれでも簡単にできると思われやすくて、国から予算を削られがちなんだって! ムカつくよねー。
出版関係の仕事も、ニュースになっているけど、いまどんどん書店や出版社がなくなっていて。
書店でバイトしている伊藤君とかは、将来は自分で書店をやりたくなっているらしいんだけど、ミナミ書店の店長から『いま書店がどんぞん減っていて、うちも将来はどうなるかわからないから辞めておいたほうがいい』って言われているみたいだし。
まだはっきりしていないけど、図書館か出版に関われる仕事につけるといいんだけど」
と、田村の熱い語りに誘発されて、ついつい前から考えていた将来の夢を話してしまった。
田村の夢に比べれば、ささやかな夢かもしれないけど。
「それならさ……。
俺、演劇で稼げない分、本とかも書いて出したいから、どこかの出版社に勤めて俺の担当編集になってよ!」
「そりゃー、出版社に就職できるものならしたいけど、人手不足っていっても出版業界って超狭き門だし」
「じゃあ、いっしょに会社をやらない? それで俺のことをマネジメントしてよ」
「いやー、出版社はともかく芸能関係の仕事はちょっと……。海外に行くこととかも考えたこともないし」
と田村から言われて返事は濁したものの、それもいいかも? とちょっと思ってしまった。
「まあ、どっちみち大学卒業後の話だし、将来の進路として少し考えてみてよ」
「そうね、気が向いたら……」
と話を切り上げて、話の流れで隣の深津さんは?」と聞いてみた。
「私は……。アニメーション関係の仕事に就きたいと思っているんです。
絵や脚本、演出といったほうの才能はないようなので、制作進行やプロデューサーといった仕事に就きたいと思っているんですが。
高校に入ってから、辻村深月先生の小説『ハケンアニメ』を読んで、アニメーターや監督以外の道もあるのかなって思えてきて。
誰かの支えになることでアニメの世界をもっと広げられたらいいなと思っていて。
本当はそういう専門学校にすぐ進みたいと思っているんですが……。親からは賛成してもらえなくて。そんなに焦らず大学に行って将来のことを考えた方がいいって言われていて。
それにアニメ業界にあまりいい印象を持っていないようで。
確かに大変なお仕事で厳しい業界だというニュースも多いのですが、子供のころからあこがれていて……。
遠回りになるかもしれませんが、大学で経営やマーケティングを学んでから、そういった道に進みたいと思っているんです。
アニメは、もう世界中にファンがいるので、これからは英語力も必要ですし!」
そうかー、二人ともしっかり考えているんだ。私も、もう少し具体的にしないといけないかも……。
なんてことを話しながら、図書室でうだうだやっていると。
さっきスマホを手にもって図書室から出ていった山口先生が戻ってきて、駅前のミナミ書店の沖田店長から一日バイトの相談があったことが告げられた。
「今度ミナミ書店で、ラノベ作家の『ぐみさばおり』先生のサイン会があるんだけど、図書委員の女子数人に手伝ってもらいたいんですって!」
なんと! 異世界ミステリー小説で話題の「ぐみさばおり」先生のサイン会が!
ぐみさばおり先生といえば小説投稿サイトに投稿された作品が注目されて、あっというまにデビューして以来、出す作品、出す作品、ヒットの連発で快進撃を続けているんだが。どうやら、まだ10代で千葉県在住の女性らしいということしかわからない覆面作家だ。
その、ぐみさばおり先生が新刊のサイン会を、なぜか西柏市のミナミ書店で開催するという話になり、未成年の作家さんなので、出版社からのリクエストで「高校生の女性アルバイトのサポートがほしい」そうなんだけど。
その日、女子高生のアルバイトが誰もシフトに入れないそうで、日給を出すので、鶴谷城高校の図書委員の中から誰かに手伝ってもらえないか? という話だった。
「そんなの手伝いたいに決まってるじゃない!」
と思ったんだけど、開催日が直近の休日ということもあり、意外と図書委員からも希望者が集まらなくて。
深津さんもだいぶ前に予定を入れてたアニメ関係のイベントがあって、気まずそうに参加できないこを謝ってきた。気にしなくていいのにー!
で、将来のため、ぐみ先生といっしょに来られる出版社の編集者さんにお話を聞いてみたい私と、ぐみさばおりファンの二年生の図書員の清水さんの二人で、アルバイトすることになった。
ちなみに、ミナミ書店でアルバイトしている伊藤も、店員として参加だ。
そして、ぐみさばおり先生のサイン会の当日を迎えた。