波乱ぶくみの購入図書選び ②
なんとなく不穏な空気で始まった今日の図書委員会だが。
深津さんが、今回図書委員が推薦して選ばれた本だけリストにして、図書委員たちに配る。
そして、図書委員たちが推薦した本が膨大に載っているリストは、紙がもったいないので、閲覧用に一セットだけ用意して回し読みする。
それから、
「なぜ深津さんの推薦図書を選んだのかというと。
それしか選ぶしかなかったというか……(苦笑)」
と、山口先生が今回の図書選定について話しはじめた。
「たとえば、みんなが推薦してくれた本が載っているリストにある、本の値段が7千円オーバーで大型本の筋トレ本だけど。
確かに内容は貴重なものかもしれないけど、1冊で何冊もの本が買えるぐらい高額だし、棚の場所も取るし、図書室にはすでに筋トレ本が何冊かあって、それらで代用できない、貴重な内容が載っている本かどうかはプレゼンではわからなかったわ。
それに、『図書選定基準』リストの載っている本は、実物を見たり詳しい資料に当たることもできるけど、みんなの推薦図書は、今回は特に数が多すぎて調べるのにも限界がありました。
リストの中には本のタイトルと著者名だけで推薦理由を書いてないものもたくさんあって、それらの本は特に判断できませんでした。
なかには自分が欲しい本を箇条書きにしているだけ、の生徒もいたしね」
そう淡々と述べた後、深いため息とともに、
「たとえば、田村君が推薦してきた演劇の本は正直、田村君以外が読む可能性が少なそうな、むずかしそうなタイトルのものだったし。
それ以外には、会社経営や会計の本とかが入っていたけど、うちの高校は基本的に大学か専門学校に進むから、そういったことは大学や専門学校で学んでもらいたいかな。
あと、英語学習の本も多かったけど、すでにたくさん図書室に本があるし、それも授業で学んでほしいしね。
その点でいうと、深津さんのリストは、候補の数がとても多かったけど、
一つ一つ丁寧に資料がついてあって。
選んだ本も、図書室に足りていない本、最近の流行をとらえつつも普遍性のある本、高校生が人生や将来の仕事のことを考えるのに役立つ本が多かったからよ」
ですよねー。
確かに今回の深津さんのリストは、私も素晴らしく完璧なもののように思えた。
「そんなこと言って!
山口先生、深津さんが選んだ本だってアニメ関連の本ばっかりじゃないの?
これとかアニメ化された作品でしょ?」
先生に正論を言われたからか、逆切れしてリストを指さす田村に対して、深津さんが、
「それは朝霧カフカ先生の『文豪スレイドックス』ですね。
この作品は、明治の文豪たちがキャラクター化されたアクション作品で、漫画をもとにアニメ化された作品をもとにしたノベライズ(小説化)になります。
といっても、朝霧カフカ先生が自ら小説化された作品で、アニメ化による知名度と小説として評価、明治の文豪に興味を持ってもらえて、図書室の他の本に興味を持ってもらえると思い選びました。
最近は、図書室に漫画を置いている高校も増えましたが、鶴谷校では一部の作品を除いて漫画ガはほとんど選ばれていません。
ですが、漫画ではなく小説なら選んでもらいやすいのではと思いました。
また、『文豪スレイドックス』の漫画やアニメは読んでいても小説は読んでない人に、興味を持ってもらえます。
こちらの作品はまだ完結していませんが、一冊ずつ独立して読める内容になっているので、第4巻までを候補に選びました」
と、丁寧に補足する。
「そうね。
漫画が図書室にあることがはいまだに抵抗があるというお話が、先生方からでるのは個人的にはとても残念なんだけど(苦笑)。
ノベライズなら、『小説家たちを主人公にした物語の小説だから、むしろいいんじゃないか』って話になって。
私も実際に読んでみて小説としてもすばらしいと思ったわ」
と、山口先が補足の解説。
すると新聞部の図書委員が、
「これって『後宮もの』ですよね?
こういうテーマのものでもいいんですか?」
と、リストの別の作品を指さしながら聞いてきた。
「それは酒見賢一先生の『後宮小説』のことでしょうか?
漫画化・アニメ化されて大ヒットした日向夏先生の『薬屋のひとりごと』のような、架空の中国の後宮を舞台にしたファンタジー小説の元祖とも言われる作品です。
残念ながら、酒見先生は数年前にお亡くなりになっています。
古典的な名作として評価が高く、酒見先生は『墨攻』や『周公旦』といった中国の歴史小説も多数出されていて、後宮小説を読んでいる高校生が読書の幅を広げるチャンスになるのではないかと思います。
これらの作品は、ライトノベルやアニメ好きな生徒が図書室に興味をもってもらうきっかけになるのではないかという理由で選びました」
と、深津さん。
「一昔前は、こういう本は高校生に早い、不謹慎だとかいう先生もいたけど、そういう時代じゃないしね。
選定図書は最近の本から選びがちだから、本が刊行されたときに選べなかったけど、今の時代に選ぶべき作品として推薦してもらって、個人的にも好きな作品だから、ありがたかったわ」
と、山口先生。
「じゃあ、これとか、これとかは!? ラノベですよね!
アニメ部が好きそうな作品ばかりピックアップしていませんか!」
と、なんとかしてアラを見つけだしたそうな、放送部の図書委員。
「それは田中芳樹先生の『銀河英雄伝説』ですね。
ご存じないかもしれませんが、ライトノベルというジャンルが生まれる前の作品です。
言わずと知れた名作なのですが、少し前に二度目のアニメ化がされて再注目が集まりました。
実は図書館には新書版で全巻ありますが、だいぶ前の本でかなり痛みが目立っていましたので、文庫版での補充を提案させていただきました」
と、深津さん。
「文庫版を購入したら新書版はそのうち破棄するつもり。
すでにある本の補充も大事な仕事なんだけど、私も見落としていたみたいで、お恥ずかしい(苦笑)」
と、山口先生が補足。
「もう一冊は、村上春樹先生の『騎士団長殺し』ですね。
ファンタジー小説ではありますが、ライトノベルではありません。
日本を代表する作家である村上春樹先生の作品ですが、なぜか図書室に置いてなかったので、高校生が読むのによいのではないかと提案させていただきました」
「村上春樹作品は図書室にたくさんあるからねー。
数年前の会議では購入を控えたんだけど、『村上春樹作品になじみのない高校生が、ライトノベルと勘違いして借りてくれるといい』っていう理由がいいなって(笑)」
普段のおっとりした深津さんとは別人の、熱を帯びた説明と、山口先生からの補足に圧倒されて呆然とする、田村ほか図書委員に、
「みんな、これは読んでないでしょう?」
と私から、深津さんが図書選定用に提出した資料を、回覧に回した。
パワポで作られたフルカラーの資料に、一冊、一冊、丁寧に概要と推薦理由が書かれてあり、読む時間がない人向けに、ポイントを要約して一覧にしたものまでついていた。
確かにアニメ関係の本が多かったけど、深津さんが選んだ本は、
・高校生が興味を持ちそうな本
・新規の図書利用者が増えそうな本
・すでに完結して評価が定まっているシリーズ本
・読者自身の幅を広げ、将来を考えるのに役立ちそうな本
・高校生活を充実させるのにヒントになりそうな本
こういった点を抑えられていて、自分が読みたい本を羅列して身勝手な思い入れだけが書かれているような、他の図書委員たちのリストでは、太刀打ちできるわけがなかった。
「このリストが特に素晴らしいのはね……」
と、山口先生。
「どの本を欲しいと推薦した生徒の名前が書いてあるの。
匿名のものや深津さん自身の推薦もあったけど、それも全部書いてある。
何か言いたいかというと、深津さんは、ちゃんとクラスで図書選定の仕組みについて説明してアンケートを取って、それを整理したのよ。
もちろん他の図書委員だって、クラスで図書室に置いてほしい本の希望は聞いたとは思うけど、たぶん『図書室に置いてほしい本があったら教えてください』ぐらいのアンケートで済ませて、後は自分が推薦したい本を並べた生徒も多いと思うの。
まあ、リストはあくまで参考意見で、決めるのは先生たちだから、手間暇かけず、自分の欲しい本を並べた偏った内容になっていても仕方ないとは思うんだけど。
いま『自分が今読みたい本』がなんなのか、クラスのみんなに考えてもらうのって、実は大切なことなんじゃないかと思う。
それに、自分が欲しいと思った本が選ばれたら、喜んで図書室にきてくれるでしょう?
みんなには、次からそういう気持ちでリストを作ってもらえると嬉しいかな」
と、図書室で購入する新刊図書選びについての説明を終えた。
こうして、田村ほか図書委員たちの抗議はすべて却下され、深津さんは推薦図書が最も多く選ばれて、最も高額で購入された本と、先生たちにもっとも評判の良かった本、という三冠の称号を文句なしで手に入れたのだった。