06初詣デートと甘酒
年末に翔真と喧嘩わかれをしてしまったが、今日はサラとの初デート。しかも初詣という一大イベントだ。
翔真のことは一旦頭の隅っこに置き、今日という日を楽しむことにした。
そして今、サラが準備を終えるのを待つ間、彼女の家のリビングで、以前試しに飲んでみた際に、ただ彼女に
「コーヒーの匂いがする」
と言われたときの、はにかむような笑顔が尊すぎたという理由だけで飲むようになった、好きでもないブラックコーヒーを口にしている。
「……お待たせ」
ほどなくして声がして振り向くと、そこには――金色の巫女星が立っていた。
※※※
大晦日から続く人波で、境内は朝から賑わっていた。
朱塗りの大鳥居をくぐると、参道の両脇には露店が並び、湯気を立てる甘酒の香りや焼きそばの匂いが冬の冷たい空気に混ざって漂ってくる。
冬の陽光は澄みわたり、境内の白い玉砂利にやわらかな輝きを散らしていた。
その光を受け、彼女の髪は陽に溶ける白金のようにきらめいた。
肩まで流れる絹糸のごとき金髪は、藍と紅の花柄の着物に映えて、異国の輝きをいっそう際立たせる。
冬空の下で透き通る白い肌、紅を差した唇が、冷たい空気の中に凛とした温もりを添えていた。
初詣の人波の中、ただ一人――冬の陽に咲く金色の花のように、視線を奪って離さない。
「わー、すごい人だね!」
この世に存在すること自体が奇跡みたいなサラが、目を輝かせながら周囲を見回している。
「恋人になる前も、毎年一緒に来てたんだよ」
「そっか。幼馴染みって言ってたもんね」
境内のざわめきに混じって、吐く息が白く溶けていった。
最初は緊張した面持ちで落ち着かない様子だったけれど、今では純粋に初詣を楽しんでいる。そんな彼女を見て、思わず口元がほころんだ。
「ねぇ、なんで今笑ったの?」
「いや、記憶をなくしてもサラはサラだなって」
「それはそうだよ。記憶がなくても、私は私だからね!」
僕はふと、少し真面目な声色になる。
「普通は記憶がないと不安になると思うんだけど。サラはそうじゃないの?」
彼女はうーんと首をかしげ、すぐに明るく答えた。
「気にはなるけど、思い出せないものはしょうがないし。今のところ不便もないから、不安はないよ」
「そっか、今はいいけど新学期が始まったら困ることも出てくると思う。そのときは僕や翔真、詩織がちゃんとフォローするし、カレンさんたちが学校にも話を通してくれているから安心して」
翔真の名前を出したとき、楽しい気持ちの中に一瞬だけ痛みが混じった。
だけど、せっかくのデートだから僕はそれを心の奥に押し込める。
「……うん、ありがとう! ……それにしても」
元気よく礼を言ったあと、サラはまた辺りを見回す。
「なんだか視線を感じる……」
「だろうね。こんな美男美女の恋人同士が、しっかり着飾って歩いてたら注目もされるよ」
彼女の視線の先には、時折こちらを振り返る参拝客の姿があった
サラはもちろんだけど、同じくらい僕も目立つ。
顔立ちは整っていて、178cmの長身に程よく身体は鍛えていて姿勢は真っすぐなので、肩までの黒いロングコートが我ながらよく似合っていた。
そして、それが歩くたびにさりげなく揺れる姿は、まるでファッションモデルのように見えることだろう。
そんな二人が並んで歩けば、当然目立つ。
「こ、恋人……美女」
頬を染め、サラが視線を落とす。
「そうだよ、恋人」
僕は少し身をかがめ、吐息が冬の空気に溶けるほど近く寄って、耳元にささやく。
サラは動揺を隠しきれない声で
「で、でも……私まだあなたのこと全然知らないし、好きになったわけじゃ――」
その続きを、人差し指でそっと唇を押さえて遮る。
「わかってるよ。少しずつでいいから、また僕を知っていって」
「~~~~っ!?」
真っ赤になった彼女は、たまらず一歩引く。僕は笑って手を差し出した。
「ほら、人も多いし手をつなごう。これは恋人とか関係なく、はぐれないためにね?」
彼女は僕の手を見つめて迷う素振りを見せた後、僕の手ではなく、コートの裾をきゅっと掴む。
「……こっちでお願いします」
コートの裾を掴むその仕草が、冬の空気により冷えた身体へ暖かさを与えてくれるように感じた。
幼馴染みの頃は当たり前に手をつないでいたのに 記憶がなくなった今、その距離は甘く初々しい。
くそ……そう来るか。可愛すぎるだろ。
僕は改めて、彼女が記憶を失っていても悲観していないことに、少し安心する。むしろ、こうして新鮮な一面を見られるのは悪くない。そう思いながら歩き出した。
神社の奥まで進み、お賽銭箱の前に二人でならんで立ち、神様に祈りを捧げる。
――「今年も一年サラを幸せにするので見守っていてください」――
こういうのは本来一年間ありがとうございました。来年もお願いしますというのが筋らしいけど、去年サラを幸せに過ごさせたのは僕の功績、そして今年一年も幸せにするのは僕の役目。
だから、僕は毎年初詣では神様はどうか他の人ために力を尽くして、僕たちのことは見守るだけで大丈夫ですよと宣言をするんだ。
僕が祈りを捧げた後、横を見るとサラも終えたようでこちらを見てニコッと笑った。
「市ノ瀬くんも終わった? ん? あれは!!」
急にサラが目の色を変えた。その視線の先にあったのは、湯気をほわほわと立ちのぼらせる甘酒の屋台だ。
屋台の横には、新年らしく立派な門松が飾られていて、竹の切り口が青々と光っている。
「ね、行こ!」
僕の返事を待つ間もなく、サラは袖を軽く引いて屋台へ小走りに向かう。金髪が揺れて、冬の光を受けてきらめいた。
屋台で紙コップを二つ受け取ると、屋台の前にある木製の長椅子に腰を下ろす。白い吐息が混ざる空気の中、甘酒から立ち上る香りがふんわりと鼻をくすぐった。
「わぁ…あったかい…」
サラは両手でカップを包み込み、そっと口をつける。唇に触れる湯気が頬を赤く染め、その表情はどこか幸せそうだ。
「おいしい?」
「んー…体が溶けそうなくらい!」
無邪気な笑顔に、僕まで体の芯から温まっていく気がした。
「サラは昔から甘酒が好きだね」
「そうなの? なんか自然と引かれちゃった。やっぱり覚えているのかな?」
サラははぁーと白い息を空に向かって吐き出す。
「そういえば、サラは何を祈ったのかな?」
僕がそう問いかけると。
サラは困ったような顔をして答えた。
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