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記憶喪失の恋人を、もう一度僕に恋させる  作者: 久遠遼
第二章:悠人の過去ともう一人の幼馴染み
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02藤代綾音

 衝撃の入学式を終えて教室に戻り、ホームルームを終えると、示し合わせたように僕たちは集まっていた。


「ねぇ、あれ綾音よね? 前より凄く可愛くなってたけど間違いないわよね? あんたたち聞いてた?」


 詩織が落ち着きなく声を上げる。


「いや、お前が聞いてないのに俺らが知るわけねーだろ」

 

 翔真が頭をかきながらぼやく。


「そうだね、僕らも驚いていたところだよ」

 

 翔真と詩織、当然僕も入学式の衝撃にまだ心の整理が追いついていなかった。


「綾音って?」

 

 そんな中一人、サラは状況が飲み込めずにきょとんとしている。


「ああ、そっか。サラは覚えてないわよね」

 

 詩織が説明を引き取り、綾音について説明しだす。

 

「藤代綾音。私たちのもう一人の幼馴染みよ――」


 僕の胸に、小さな懐かしさが広がる。

 彼女は小学校の卒業まで一緒に過ごした一個年下の幼馴染みで、僕たち四人からすると妹みたいな存在だ。

 中学入学の直前、親の転勤で遠くに引っ越していった。

 文通やSNSでやり取りはしていたが、こちらに戻ることや、同じ高校に入学するなんて話は、一度も聞いていない。


「ん? なんか廊下が騒がしくねぇか?」


 ふと、翔真の言葉を受けて、廊下に意識を向けると確かになんだか騒がしい気がした。


「ねぇ、あの子って新入生代表挨拶をしてた子よね?」

「なんで、二年生の教室に?」

「うわ……本当に可愛い」

  

 話し声から、なんとなく状況が飲み込めてきた。


「ねぇ、もしかして?」


 と、詩織が呟いたとほぼ同時に、今話題にしていた少女――藤代綾音が教室のドアから顔を覗かせた。


「失礼します……あっ」


 僕たちに気づいた綾音がパアッと笑顔を浮かべる。

 それは、新入生代表の挨拶をした時の、落ち着いた大人びた印象と違い。年相応の女の子らしいものだった。


「綾音! 久しぶり! ビックリしたわよ。も~最近の写真どうしても見せてくれないから一瞬分からなかったわよ!」


 詩織が真っ先に駆け寄り、その手をとる。 


「ふふ、ごめんなさい。その方が驚きが大きいかと思いまして」


 翔真も声を弾ませながら、声をかける。


「ほんとだぜ。こっちに帰ってきてただけでも驚きなのに、同じ高校なんてよ」 


 僕も、彼女の茶目っ気が微笑ましく自然と笑みがこぼれた。


「久しぶりだね、綾音。僕らにまで内緒にするなんて人が悪い。

 それに、僕たちが成長した君に気づかないとは考えなかったのかい?」


 そう問い返すと、彼女は首を横に振る。


「全然思いませんでしたわ。ちゃんとわたくしのこと分かってくれると思ってましたわ。

 一番大切な人たちですから」


 彼女の言葉に、僕たちはふわりと胸の奥が暖かくなり、自然と頬が緩む。


「特に、悠ちゃんなら絶対に気づいてくれると思っていましたわ」

 

 綾音は昔と変わらぬ呼び方で、嬉しそうに微笑む。


 ただ一人、戸惑っているのはサラだった。

 

「えーと、私は……」


 記憶にない相手を前に、言葉を探して視線をさまよわせる。

 綾音はそんなサラにまっすぐ歩み寄り、そっとその手をとった。


「サラ姉さまもお久しぶりです! 会いたかったですわ!」


 勢いに押されて、サラは目を瞬かせる。

 すると綾音は、彼女の耳もとで小さく囁いた。


「記憶喪失のことは聞いていますから、大丈夫です。わたくしのこと、以前は“綾音ちゃん”と呼んでいただいてましたの。そのようにお呼びください」


 サラの表情がふっとやわらぎ、ぱぁっと笑顔が花開く。


「うん、わかった! 綾音ちゃん、よろしくね!」


 はじめてサラと綾音が出会った日を思い出す。

 あの時も、最初は戸惑っていたサラに“サラ姉さま“と綾音が言った瞬間、サラはとても嬉しそうにしていた。

 元々、一人っ子だったサラには、本当の妹ができたみたいで嬉しかったのだろう。すぐに二人は打ち解けた。


「ホームルームは終わった? ご両親はいいのかい?」

 

 高校の入学式には、特別な事情がなければ両親、もしくはそのどちらかが出席することが多い。

 彼女の両親の性格からすると、娘の晴れ舞台には必ず参加すると思っていた。

 だから、彼女が一人でここにいることが気になった。


「それが、手違いでお父様もお母様も、まだ向こうなのです。しばらくわたくしだけでこちらに住むことになりますの」


「一人でこっちじゃ大変だよね? 泊まる場所とか決まってるの?」

 

 サラが眉を下げ心配そうに伺うと、綾音はサラとは対照的な静かで可憐な笑顔を向ける。


「それについては大丈夫ですわ。えーと」


 と、そこで言葉を一度きり 

 そして、廊下に出て行ったかと思うと――

ごろごろとキャリーケースを引いて、再び教室へと入ってきた。


「悠ちゃん」

 

その瞳がまっすぐに僕を射抜く。

 

「しばらく泊めていただけませんか?」


「へぇ?」

「んな!?」


 突然のお願いに僕とサラが同時に変な声を出してしまった。

 この瞬間から、波乱の新生活が始まろうとしていた。

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