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記憶喪失の恋人を、もう一度僕に恋させる  作者: 久遠遼
第二章:悠人の過去ともう一人の幼馴染み
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01新学年と新入生

 入学式といえば桜――そんな言葉を思い出すまでもなく、校庭にはまだ春の名残が漂っていた。

 満開の時期は過ぎたはずなのに、枝にはいくつもの花がしがみつくように咲き、風が吹くたびに花びらがふわりと舞い上がる。

 空へと舞い散る薄桃色の花吹雪が、朝の光を受けてきらめいた。

 校門をくぐる新入生たちの肩や髪に、花びらがそっと降りかかる。

 その光景は、まるで桜が春の終わりを惜しみながら、新しい季節を祝福しているかのようだった。


 サラと『好きにさせるのが先か、全てをさらけ出せる存在になるのが先か』の勝負をすることになってから約3ヶ月。

 それはもう充実した毎日だった。特に大きな進展は正直なかったけれど、ただ側にいて笑いあえる。それだけで幸せだった。

 そして、僕たちは二年生となった。

 

「やった、悠人くん! 皆同じクラスだよ!」


 クラス割りが張られた掲示板の前でサラが声をあげて喜ぶ。


「そうだね、うちの学校は成績順でクラスわけがされるからほとんど顔ぶれは変わらないね」


「へ~そうなんだ。Aクラスってことは一番成績がいいのかな? だとしたら翔真君がAクラスってちょっと意外かも」


「おーい、聞こえてるぞ~」


 後半、声を抑えながら呟いたもののすぐに後ろにいた翔真にはしっかり聞こえていた。


「わっ! そんなとこにいたの、ごめん」


 一瞬目を丸くしつつも、すぐに可笑しそうに笑顔を咲かせる。

 この表情がコロコロと変わるところは、何度見ても自然と笑みが溢れる。


「そう思われても仕方がないわよ、あんた普段雑だから」


 詩織も笑いながら口を開く。


「おいおい、冗談きついぜハニー」


「うわ、きも。あんたそんなキャラじゃないでしょ」


 四人で口を開けて笑う。新しい学年になっても変わらずいられることが何よりも幸せだった。


「サラ」


 サラを呼ぶ声の方を向くと、そこには藤堂さんたち三人がこちらに手を振っていた。


「美咲ちゃん!」


 サラが嬉しそうに彼女たちの方へと向かっていく。

 ネックレス事件の後、サラは藤堂さんと打ち解け、藤堂さんの方もサラのことを名前で呼ぶようになった。

 そして、彼女の記憶喪失のことを他人に喋ったりせず、色々協力してくれて良い友人関係がサラと築けている。


「また一年よろしくねサラ。市ノ瀬くんも」


「うん、よろしくね藤堂さん。妹さんもおめでとう。無事入学できたんだよね?」


「うん、ありがとう」


 彼女はふっと目尻を下げた。妹を思う優しい表情だった。


「おい、そろそろ行こうぜ。教室には行かず直接体育館でいいんだよな?」


 翔真が急かすように声をかけてくる。


「ええ、そうよ。よく分かんないわよねこの学校。

 普通は教室に一度向かうものだと思うけど?」


「そうだね、まあこの学校らしいけど」


 実は、僕たちの学校はかなり緩く適当だ。

 受験は難関で、入学するものは皆優秀だ。

 そのため、生徒に信頼をおき、自主性を重んじるとかいう名の放置と、自ら動けという校風が習わしだ。


「んー楽しみ! 新入生の子たち初々しくてきっとかわいいよ!」


 そんな中、サラは早く後輩の姿を見たくて待ちきれないようだった。

 その姿を微笑ましく思いながら、入学式が行われる体育館へと足を運んだ。


 体育館の中に入ると、体育館前に貼られた、席次表で指定された席へと向かい座る。

 ほどなくして入学式が始まり、新入生の入場が始まった。


 新入生たちが次々と体育館に入ってくるたび、冷たい空気に混じって緊張の匂いが広がっていく。

 磨き上げられた床が足音を反射し、赤白の幕が整然と並んだ壁の前で、その一歩一歩を際立たせていた。壇上には校旗が掲げられ、正面の長机には新品の教科書がきちんと積まれている。


 椅子に腰を下ろした新入生たちは、互いに視線を交わすこともなく、落ち着かない様子で息を潜めていた。ざわめきはやがて細くしぼみ、開式の言葉が体育館に響いた瞬間、空気は一気に張り詰める。

 その静寂の中で、こちらまで自然と背筋が伸びていった。

 壇上のマイクから響く声が、体育館の隅々まで澄んで届く。


「なあ、今年の新入生粒揃いじゃね?」


 僕の隣に座る翔真が、小声で話しかけてくる。


「まったく、懲りないね翔真も。詩織が聞いたらいい顔はしないと思うけど?」


「大丈夫だって。女子の列は通路挟んで向こう側だから聞かれやしねーよ。

 で、いくらサラしか興味ないとはいえ、見た目がかわいいかどうかくらいは言えるだろ?」


 ニヤついた悪い顔で翔真が肘でつついてくる。

 まったく、何を期待しているか分からないけど、聞くだけ無駄というものだ。


「最近はサラのかわいさと美しさが増しすぎて、もう他の女の子は“へのへのもへじ“にしか見えないんだ」


「おいおい……それ前より重症化してないか?」


 翔真は溜め息を飲み込んだような顔で呟く。


「なんなら、お前たち以外の男子生徒とですら段々そう見えてきている」


 翔真は額に手を当てて、反対の手を軽くあげる。


「いや、どっちにしろ聞く相手を間違えた。俺が悪かった。すまん」


 ふと、サラの様子が気になり、女子の列の方へと顔を向けると、サラも顔を除かせるようにこちらを向いていた。

 目があった彼女は、最初は目を丸くしていたけど、次の瞬間にはパアッと笑顔が咲き手を小さく降ってきた。

 僕も笑顔を返して、手を振り返す。その笑顔が、とてつもなく緩くだらしがないものになってないか不安にかられる。

 そのちょっとしたやり取りは、言葉にできない満たされる感覚に包まれるものだった。


 だけど、壇上から響くマイクの音で僕の意識は一気に現実に引き戻されることとなった。


「新入生代表挨拶。新入生代表――藤代綾音ふじしろ あやねさん」


「はあ? 藤代綾音?」


 僕の隣で同じように気づいた翔真が、戸惑いの声を漏らす。


「はい!」


 立ち上がった瞬間、場の空気がふっと変わった気がした。

 黒髪を高く結い上げたポニーテールは艶やかで、歩を進めるたびにしなやかに揺れる。その結び目に添えられた赤い花の飾りが、厳かな式典の中でひときわ鮮やかに咲き誇っていた。


 姿勢はすらりと伸び、所作は静かで落ち着いている。けれど、その横顔には年相応の可憐さがのぞき、柔らかく大きな瞳はどこか人を惹きつける優しさを宿していた。

 清楚さと愛らしさが絶妙に重なり合い、まるで古き良き「大和撫子」の面影をそのまま映したような存在感があった。


 壇上に立った彼女は胸元のリボンを軽く押さえ、深呼吸をひとつ。僅かに笑みを浮かながら、マイクに向かって紡いだ声は驚くほど澄みわたり、体育館の隅々まで届いていく。

 ――その一言だけで、誰もが自然と耳を傾け、彼女に心を奪われた。


「新入生代表として挨拶をさせていただきます、一年一組、藤代綾音でございます。どうぞよろしくお願いいたします」


 体育館に再び響いたその名前。

 そして、壇上に上がった彼女は記憶の中にある

 幼い姿よりも成長し、女の子としての魅力を十分に備えていたものの、見間違えることはなかった。


 僕とサラの“五人“の幼馴染みのもう一人、綾音だった。

毎週月曜日、20時+不定期的に更新

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