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記憶喪失の恋人を、もう一度僕に恋させる  作者: 久遠遼
第一章:残念イケメンと記憶喪失の少女
35/39

35ズル

 自分の部屋に入ってからも、私は落ち着けずになかなか眠れなかった。

 彼のあんな弱々しい姿なんてはじめて見た。あそこまで弱りきった姿なんて、きっと私しかみたことがないんじゃないかと思い、段々と上がっていく体温を抑えるのに必死だった。


 彼に告げる言葉の途中で『それでもいいよ』『そんなあなたも好き』って何度抱き締めて伝えたくなったか。


 それでも、それを我慢してあえて彼が辛くなる言葉をかけ続けたのは、私たちの関係を確かなものにしたかったからだ。


 今の私では彼に相応しくない。

 自分の全てを犠牲にしてでも、私のために尽くそうとしてくれる彼に対して、私はそれを返してあげられない。返したくても、きっと彼は拒んでしまうから。


 今のままでは、いつか彼が危険な目にあってしまうのではないかという不安が生じた。

 それではダメだ。自分も大切にしなければ、相手を守れないのだと気づいた。


 だからこそあの勝負だ。

 私の幸せのためには、あなたが必要だと分かってもらい、自分に何かあれば側にいることができなくなるという恐さを実感してほしい。


 そこまで思考を整理したとき、私は笑ってしまった。

 こんなことを思うなんて、悠人くんのこと重たいだなんて思えないな。

 ある意味私の方が愛が重たいかも。

 そして、いつの間にか彼のことを悠人くんと自然に呼んでいることに今になって気づく。


「悠人くん……」


 そう呟いた声が、静まり返った部屋に思ったよりも響いて慌てる。

 耳を澄まして隣の、悠人くんの部屋の様子を伺うけど、特に反応はなくホッとする。


 しばらく、そのまま物思いにふける。

 記憶をなくしてから今までのこと。彼の仕草や声、そして人間的な未熟さ。

 人に向かってあんな酷い言葉を浴びせるのは本当によくないのは分かっている。だけど、それが私のことを想ってのものだと考えると、美咲ちゃんには申し訳ないけど少し嬉しいってのも本音だ。

“悪い子“だな私は。

 

 しばらくしてから、時計で時間が経ったのを確認して、私は自分の部屋を出る。

 そして、隣の悠人くんの部屋のドアを空けて中へと忍び込む。

 部屋の中はカーテンが閉められたままで、外の月明かりがかろうじて薄く差し込んでいる。

目が慣れるまで輪郭すら曖昧だったが、徐々にその空間が浮かび上がってくる。


 机と椅子、本棚、そして床に転がったダンベル。どれも必要最低限のものだけが整然と置かれていて、無駄がない。

 ベッドの上には、彼が寝息を立てて眠っている。毛布はきちんと胸元まで引き上げられていて、寝相も驚くほど静かだ。

 机の上には、読んでいたと思われる文庫本が、一冊机の端にそっと伏せられていた。


静かで、落ち着いた空間。どこか張り詰めたような、でも妙に安心できる空気が漂っている。

 なんとなく、彼らしいと思った。 


 彼を起こさないように物音をたてずにベッドに近づき、ゆっくり腰をかける。

 彼の前髪をそっと分けて顔を覗く。寝ていてもとても綺麗な顔、思わず見惚れてしまう。


 勝負を仕掛けておいてだけど、最初からそれは成立しない。

 だって、この勝負はすでに私の負けなのだから。

 私は既にあなたを好きになって、恋をしてしまっている。

 でも、私が好きだと言う言葉を告げなければ、それを認めなければ負けることはない。


 あなたが誕生日のプレゼントとして、ネックレスをつけることを要求するというズルをしたから、これでおあいこと、自分のなかで言い訳をする。


 そして、彼の顔を見てさっきのやり取りを思い出す。

 彼とキスをしたくて、ご褒美という理由をつけて提案したのを彼は拒んだ。

 少し残念で寂しかったけど、彼が何よりも私を大切にしてくれているのが伝わったから、何もいえなかった。

 もっと、自分に正直になって、私を求めてくれてもいいのに、カッコつけちゃって。そういうところがまだまだなんだよ悠人くん?

 私は、好きな相手に対しては尽くしてあげたいし、ちょっとした要求ぐらい喜んで受け入れるよ。


 そんなことを心の中で彼に告げている自分に可笑しくなって、口元が緩む。


 彼の顔を見ていると、その愛おしさに我慢ができなくなり、そして内心あやまりつつ、私はそっと彼の額に自分の唇を合わせる。

 一瞬の、私だけの秘密の時間。その幸せに名残を惜しさを感じつつ、ゆっくりと顔をはなして小さな声で彼に告げる。


「ちゃんとキスをするのは、あなたが勝負に負けてからね。おやすみ悠人くん」


 音を立てずに私は彼の部屋を後にした。

 あなたこそ見損なわないでね。

 寝込みを襲うようなはしたない“悪い子“を。

 

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