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記憶喪失の恋人を、もう一度僕に恋させる  作者: 久遠遼
第一章:残念イケメンと記憶喪失の少女
33/39

33勝負

 僕に、サラたち以外の人間を思いやることはできるのだろうか?

 ふと浮かんだのは涼太の顔だった。彼に対してなら、彼を尊重し思いやりながら今後も関わっていけると思えた。

 だけど、その他の人間に対してはどうだろうか?

 クラスメイト、その家族、さらには通りすがりの人。

 そういった人間に対して、たった少しの思いやりの心を持つということさえ、自分にできる自信がなかった。


 そんな僕に対してサラは、まるで年下の弟に接するかのように言葉を紡いだ。


「もう一つ聞いてもいい?」


「なんだい?」


 先程の問いかけにすら答えられていない自分が情けないと思いつつも、言葉を返す。


「まえ、喫茶店では聞かなかったけど、市ノ瀬くんの過去について聞いてもいい?」


 一瞬だけ胸に重苦しい物が纏わりついたけど、それを誤魔化すため笑顔を作り答える。


「もちろん、君が望めば何でも答えるよ」


 サラはその言葉を聞いた瞬間、両方の眉と口角を下げた。


「私が望めばだよね? 私に話したい聞いてほしい訳ではないよね?」


 その言葉を聞いた瞬間、胸を炎で焼かれるような感覚に陥り、再び言葉に詰まる。

 『違う!』と言えない自分に戸惑う。いや、どこか図星をつかれたような、後ろめたい気持ちにもなった。


「市ノ瀬くんは、私のこと好き。ううん、愛してるってのがすごく伝わってくるよ」


 そういった後、彼女は目線を僕から外して紅潮した顔で続ける。


「あはは、自分で言うと恥ずかしいね。ほんと、その気持ちは素直に嬉しいよ。だけどね?」


 すっと、真剣な眼差しに戻り、彼女の蒼眼が僕を射ぬく。


「それは、自分になにがあっても私を支える、守る。

 私に何かを背負わせない、ただ幸せになってほしいと言う自己犠牲的なものだよね?」


 図星だった。

 以前のサラは、僕の過去の生い立ちについてある程度は知っている。

 だけど、実は正臣さんやカレンさん――そしてもう一人だけが知っている秘密がある。サラ、翔真や詩織にすら秘密にしている過去があるのも事実だ。

 だけど、優しい彼女にその事を背負わせたくない、それで心を痛める姿を見たくない。


「否定はしないよ……僕は自分のことなんかよりも君が幸せになってほしい。それだけだなんだよ」


「それって本当に本物の恋人って言えるの?」


 さっきから告げられる、サラ言葉の一つ一つが僕に重くのしかかる。


「初詣の時に、仮契約と本物の恋人について話してくれたよね?」


「それがどうしたの?」


 サラは座り直し、胸に手を当てて言葉を続ける。


「片思いから両想いになったり、両想いから付き合う場合、本契約の本物の恋人になるってのはすごく納得できた。だけど、それにはもう一つ大切なことがあると思うの」


「それは……いったいなに?」


 彼女は自分の胸に当てた手とは反対の手で、僕の胸に触れる。


「お互いの弱みや想いを隠さず伝えあって、支えあえる関係」


 それはあまりにも当たり前で、恋人が共に時間を過ごしていく中で、お互いの関係が“恋“から“愛“へと変わることを意味していると思った。


「一方が相手に与える、支えるだけじゃない。お互いがそういった関係になることで、はじめて本当の契約を果たせて、本物の恋人になれるんだと私は思うな」


「それは……」


 言葉では簡単なこと、お互いを信頼しあった恋人同士であればできることだろう。

 だけど、僕にはとっては難しいことだった。


「私はまだ市ノ瀬くんに信頼してもらえるような相手じゃない……」


「それは、違う!」


「違わないよ? 自分の全てを受け入れてくれる相手と思えてはないでしょ?」


「……」


 何度目かわからない沈黙をしてしまう。

 彼女のことを信頼していない訳じゃない。自分の弱みや情けないとこ、秘密を誰かに喋ったり悪意を持って裏切るなんてことは絶対にないと思っている。


 だけど、サラからの言葉で気づいた。

 僕は恐いんだ――

 抗うことのできない自らの汚点。それを、伝えることでサラの心が僕から離れてしまうのではないかという恐怖。

 サラが言う信頼。それは、どんなことでも受け入れてくれるという存在、全てをさらけ出しても大丈夫な相手だと僕から思ってもらうことを意味している。


「それは、仕方ないと思うよ? 記憶喪失前ならともかく、今の私だとそれはまだ難しいよね?」


 胸が痛んだ。たとえ記憶喪失になる前であっても、僕は自身の全てを打ち明けられたかは分からない。


 彼女は立ち上がり僕から離れてしまう。僕は伸ばそうとした手を途中で止める。

 こんな僕にサラの手を取る資格なんてないと思えたからだ。

 彼女を迎えにいき、この家に迎え入れるまではあった筈の、自信や熱が急激に失われるのを感じた。

 失恋……その言葉が頭をよぎる。


 彼女は窓際に座りこちらを向き、笑みを浮かべる。

 その表情は、いたずらっぽくも、無邪気にも、大人びた様子にも見えた。


「ねぇ、勝負をしようか?」


 突然の提案に戸惑う、勝負? いったいなぜ今?

 黙ったままその顔を見つめて次の言葉を待つ。


「私が市ノ瀬くんのことを好きになるのが先か――」


 彼女から笑みはなくなっていた、あるのは真剣な眼差しだけだった。


「私があなたから信頼される相手になるのが先か」


 その言葉を聞いて、全身に鳥肌がった。

 こんなみっともない僕に対してでも、君は僕と恋人として向き合おうとしてくれるんだね。

 だったらそれに答えなければならない。僕の醜い本性も、ぬぐいされない過去も全てを君にうちあけよう。

 だけど、それはこの勝負に勝ってから。君が僕なしでは生きていくことが出来ないほど、僕のことを好きにさせた後にだ。

 それを決心した瞬間、自信と熱が戻ってくるのを感じた。


「あなたと本当の意味で共に歩んでいきたいから」

 

 続く、サラの言葉を聞いた後、僕は立ち上がり彼女の側へ歩み寄る。

 記憶喪失になって、はじめてあった日と同じように、彼女の前で膝をつき、見つめる。

 そして、僕らしく力強くも穏やかに告げる。


「その勝負乗った。先に必ず僕に惚れさせてみせるよ」


 サラは声を少しだしながら笑った。


「私が先に、あなたに信頼されるようになる」


 返された言葉もまた力強く、そして優しかった。


 僕たちはしばらく見つめ合うけど、サラの方が先に笑いだした。


「やっぱり、その方が市ノ瀬くんらしくていいね」


「そうかい? まあ、僕もそう思うよ」


 僕もつられて笑う。


「改めてよろしくね悠人くん。負けないからね?」


「よろしくサラ。だけどこの勝負はかなり僕が有利だと思うよ」


 僕の言葉にサラはちょっとだけ口を尖らす。


「え~なんで」


 意地悪な笑みを浮かべ、言葉を返す。


「だって僕のあんな一面を見て。それでもなお、あんなクサイ台詞を使って、自分の想いを伝えるなんて。

 既にかなり僕に惹かれているでしょ?」


 サラは顔を真っ赤にして、両手で顔を抑える。


「悠人くんにだけには、台詞がクサイなんて言われたくない!」


 まだ文句を言い足りないサラを笑いながらうまく受け流す。

 ありがとうサラ。本当の意味で君にふさわしい男になれるように、また一から頑張れる気がするよ。

明日も更新!

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