32本当は優しいあなた
「あれだけ怒っていたのは美咲ちゃんがネックレスを盗ったから?」
話し始めた彼女は単刀直入に問いかけてきた。
どうやら、会話を聞かれていたのか、後から藤堂美咲たちから、ことの顛末を聞いたかしたらしい。
「うん、そうだよ。それで君が傷いてしまったことが許せなかった。
だけど、結局君に僕の醜い姿を見せ不快な思いをさせて、挙げ句の果てにあんなことまでさせてしまって……。ごめん」
彼氏のあんな醜い姿は誰だって見たくない。
サラの前では本性を隠していて、誰にでも優しい理想の男を演じてきた。
それを騙されたと感じて不快に思うのは当然だ……それに――
「確かに市ノ瀬くんのあんな一面があったのはびっくりしたけど……
不快とかそういった理由じゃなくて……たぶん市ノ瀬くんにあんな言葉を言ってほしくなかったんだと思う……」
サラは胸に手を当てつつ迷う様子をみせるけど、やがて、言葉を発する。
「人のことを思いやらない言動をする人は嫌い……」
僕は一度目を閉じてから、彼女に問いかける。
「僕のこと嫌いになった?」
サラは言葉を探すように唇を噛み、しばらく黙り込む。
僕はただ、彼女が次に口を開くのを待った
「そんなことはないよ? 市ノ瀬くんにそんな人になってほしくないだけ」
その言葉を聞いてホッとするのではなく、懐かしい気持ちになり、自然と笑みがこぼれる。
言い方や言葉の強さは違うものの
――あの日のサラと同じ言葉だった――
「その顔……頬っぺ叩いた後にも一瞬していたよね、なんで?」
「以前にも同じようなことがあったんだ」
僕がそう言うと、サラは首をかしげながら問い返してくる。
「同じこと?」
ふっと笑いながら、幼き日のことを思い出しながら話す。
「小学生の頃に、同級生たちがサラの見た目が他の子たちと違うことをからかい始めたことがあったんだ」
「この金髪と青い瞳のことで?」
僕は頷いて肯定する。
サラは昔からとても可憐で美しい少女だった。
だけど、まだ幼い子供から見たとき、周りとは違うサラの容姿は異質に見えたのだろう。
気持ち悪いや人形みたいで不気味だと、それは酷いことを彼女に向かってぶつけていた。
「段々エスカレートして、とてもひどい言葉も浴びせてたけど、君はひたすら耐えていたんだ。なにも言い返さずにね」
カレンさんとお揃いの金髪と青い瞳を、サラは誇らしげに僕に自慢していた。
それを周りから否定され、罵倒されていた時のサラの悲痛な笑みは今も忘れられない。
「それに僕の方が耐えれなかった。男女関わらず徹底的に罵ってやったよ」
あの時発した言葉は、正直今でも悪いとも後悔しているとも思っていない。
サラを傷つけたのだ、それくらい言われて当たり前、だけど――
「女子は泣いて、男子も顔を真っ赤にして、今にも飛びかかって来そうなほどその場の空気は最悪だったよ。
そんな時に、君に思いっきりビンタされたよ」
今日と違うのは、その時のサラはとても怒った顔をして、こう僕に告げてきた。
「その後に“そんな酷いことを言ったらダメ!そんな人は嫌い! 悠くんにはそんな酷いことを言ってほしくない“ってそれはすごい剣幕で怒ってたよ」
「自分が悪口言われてたのに?」
「うん。自分が言われるのはよくて、他の人が悪口を言われて傷付くのはダメってちょっと不思議だよ」
小学生の頃、サラは今とは違いとてもおとなしかった。
そんな少女が今までにないほど大きな声を出して、怒る様にみんな圧倒され、その場に漂っていた負の空気は完全に霧散してしまった。
「ふふ、そうだね。だけどわかるな……」
サラは小さく笑い声を出しながら、少しだけ顔を伏せる。
「きっと幼い頃の私は、一番身近な市ノ瀬くんのそんな姿見たくなかったんだろうね」
「そうかもしれないね。その日以来、僕は相手を罵ったり見下すような言動はしないようにしてきた。だけど」
「今日は我慢できなかった?」
「その通りだよ……君のことになると僕は自分がコントロールできなくなってしまう。
まだまだ子供だと実感させられるよ」
サラは頬杖を付きながら、探るように聞いてくる。
「ねぇ、そういった言動をしないようにしてきたってことは、内心ではそういうことよく思ってたの?」
その問いかけに僕は言葉に詰まり顔を背ける。
「そんなことはないよ……」
横目でチラッとサラを見ると、彼女はジトーとした目をこちらに向けていた。
「ふーん、それで前の私は知っていたのかな? 市ノ瀬くんのそういった所。
知らずに恋人になってたとしたらまんまと騙されていたわけだけど?」
僕はもう黙るしかなかった。ずっと隠していた僕の内側を、今完全に見破られてしまったことに嫌な汗をかく。
恐る恐る、サラの方に顔を向け直して、その顔を見ると、彼女は穏やかな表情で笑っていた。
「ほんと、悪い子だよね。でも、そういった一面を知れたのは良かったかな」
予想外の反応に戸惑う。
サラは、相手を思いやらない人間をなによりも嫌う。
今の僕の本性は、サラの嫌いな人間そのものな筈なのに。
「僕のこと見損なわないのかい?」
自分の声とは思えないほどの、弱々しい声を出したことに驚く。
「うーん、今までと印象がかなり変わったのはたしかだよ?
でも、全ての人に対していい感情を抱くのって難しいんじゃないかな?」
言葉を一度切り立ち上がると、彼女はテーブルの向かいから、僕のとなりに座り直し僕の手を取る。
「むしろ、市ノ瀬くんも聖人君子じゃないってのが分かって少し安心したかな?
それに、そういった一面があると同時に、私や詩織ちゃん、翔真くんに向ける優しい穏やかな感じは本物だと思う」
サラは僕の目をじっと見つめて、そらさずに告げる。
「あなたは優しい人。相手を思いやれる人だと思うの。
だから、私たちに向ける優しさのほんの少しだけでもいいから、他の人にも向けてあげてほしいな。
それでも、我慢できずに負の感情が貯まるようなら私に話してよ」
そこまで言うと、彼女は目をそらして少しだけ頬を染めて、小さな声で呟く。
「だって、私は市ノ瀬くんの恋人でしょ?」
サラからの真っ直ぐな言葉。
だけど、僕はそれにすぐうなずくことはできなかった。
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