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記憶喪失の恋人を、もう一度僕に恋させる  作者: 久遠遼
第一章:残念イケメンと記憶喪失の少女
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30愛の重たいあなた

 美咲ちゃんたちに別れを告げ、正面玄関へと戻る。

 少しだけ期待したけど、そこには翔真くんと詩織ちゃんの姿だけで、市ノ瀬くんの姿はなかった。


「終わった?」


 詩織ちゃんが一言だけ声をかけてきた。


「うん、お待たせ」


「そっか、それじゃあ帰ろうぜ」


 翔真くんがそれだけ言った後、他には何も言わずに私たち三人は学校を後にする。


 帰り道、会話はなかった。

 二人とも何が起きたのか聞いてこなかった。

 いや、おそらく聞かなくても分かったのだろう。私より先に会った市ノ瀬くんの様子から、なにがあったのかを。


「ここで大丈夫だよ」


 私たちの家の近く、公園の前に来たところで私は二人に告げる。


「本当にここで大丈夫?」


 詩織ちゃんが心配そうに声をかけてくる。


「うん、家もう近いから」


「そっか……」


 力なく答えた私の言葉に、二人はそれ以上なにも言わなかった。


「じゃあ、また明日な」


「うん」


 二人と別れて家へと歩きだす。

 先程までは視界全てを覆う程の雪が降っていたけど、今は優しく空から降り注ぐ。

 掌を広げて、雪の結晶を一つ受け止める。手袋をしているからだろう。その結晶はすぐには溶けず、しばらくはその美しさを保っていた。

 やがてゆっくりと溶け出し、手袋へと染みていき、完全にその痕跡を失った。

 それが、市ノ瀬くんからみた私との関係のように感じた。


 彼は、想いを伝えてくれた。私はそれを受け入れて、私たちは本物の恋人になった。

 心を通わせ、寄り添い合う日々は夢のように幸せになるはずだった。

 でも、それは儚く消えてしまった。


 本物の恋人になるまでの過程と、なった時の思い出はもうない。それでも私は記憶を失っても、まだ彼の隣にいる。


 形はないのにそこにある曖昧な状況、それが今目の前にあった雪の結晶が表しているように思えた。


 やがて、家につきドアを開けようとした時、スマホが鳴った。

 スマホの画面にはママの名前が表示されていた。


「どうしたの? ママ?」


 電話に出ると、明るいママの声が聞こえてきた。


 『よかった、出てくれて。メッセージ送ったけど、見てないから心配したわよ』


「あ、ごめん。ちょっと色々あって」


 ネックレスのことに気を取られてメッセージを確認していなかった。

 心配かけちゃったな、次から気を付けないと。


『そうなの? でも無事なら安心したわ。メッセージで送ったけど、今日は悠人くんの家に泊まってね』


「え?」


 予想外の言葉に思考が停止する。


『ああ、着替えとか必要な物は大丈夫よ。悠人くんの家にはあなたの部屋もあるし、必要なものも普段から置いてあるから安心して』


 なぜ、私の部屋が市ノ瀬くんの家にあるのかとか、色々聞きたいことはあったけど問題はそこじゃなかった。


「いや……そうじゃなくて――」


『電車がこの雪で泊まっちゃって帰れそうにないから、このまま大学に私も泊まるわ。

 悠人くんにも伝えてあるから、それじゃあね』


 それだけ言うとママは電話を切ってしまった。

 スマホをしまって、玄関のドアを開けようとするけど、案の定鍵がしまっていてドアは開かなかった。


 私ははぁーと息を吐いて玄関のドアに背中を預ける。

 あんなことがあった後だ。私の方から、市ノ瀬くんの所に今から泊めてなんてお願いするような図々しい行動はとれない。


 それにしても今日は色々なことがありすぎた。

 ネックレスを失くして、泣いてたら市ノ瀬君が抱き締めてくれて、その後頬っぺにキスしちゃって凄く舞い上がってたころに、市ノ瀬くんのあんな様子をみてビンタしてしまって。

 お風呂にはいってホカホカの体に、氷水を頭から盛大にぶっかけられたような落差だった。

  

 足元を見つつ、玄関前に積もった雪を意味もなく足で遊びながら、そんなことを考えていると、再びスマホが鳴った。

 今度は宛名を確認することなく電話にでる。


『無事に家に着いたかい?』


 優しく、寄り添う声。電話の相手は予想通りの相手だった。


「うん、ついたよ」


『ちゃんと家の中に入れたかい?』


「うん、入れたよ」


 呼吸をするように嘘をつく。

 なんだが落ち着かなくて、足を使って雪で遊ぶのは止めない。


『嘘をつくなんて、サラは悪い子だね』


 その言葉を聞いた瞬間、足遊びを止めて、ふっと口元を緩ませてから、ゆっくりと顔を上げる。


「そうだよ、悪い子だよ。事情を聞く前に恋人の頬をビンタするような……ね?」


 門柱を挟んだすぐ向こうに、まだ制服姿の市ノ瀬くんが、耳にスマホを当てて、今までと変わらず優しい笑みを浮かべて私を見ていた。

 少しだけ声を大きくしたら普通に会話できる距離。それなのに彼はそのまま言葉を続ける。


 『なら、その恋人にお詫びをしないといけないと思うよ』


 私もスマホを耳に当てたまま続ける。


「どんなお詫びが必要なの?」


 雪の降る寒空の下。彼と私の空間だけ雪を溶かしてしまうのではないかと思ってしまうほど、暖かな声で告げてきた。


『その恋人の寂しく傷ついた心を癒すために、一晩共に過ごすというのはどうだろう? もちろんご両親の許可を取ってからね?』


 私は耳からスマホを離して、通話を切る。

 それと同時に彼もスマホをしまった。


 玄関のドアから離れ、門柱まで進む。門柱の扉を開けて彼のすぐ側により、自然と彼の手を取る。

 市ノ瀬くんはそれを受け入れ、私の手を握り返してきた。


「そのアドバイス。そのまま実行してもいいかな?」


「もちろんだよ。それこそが一番のお詫びになるし、なんならお釣りがくるぐらいだよ」


 その言葉に身体の芯から暖かくなって、それが顔、表情にも現れるのが分かった。


 ああ、やっぱり貴方の愛はとてつもなく重い。

 だけど、とても愛おしい。


 あーあ、今日はとてつもなく破天荒な一日だよ。 

 

明日も更新!

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