28本性
藤堂美咲を追うと、彼女は僕たちの教室へと入っていった。
教室のドアの影から中の様子に耳を傾けると、話し声が聞こえてきた。
「美咲ちゃん、ちゃんと返せた?」
「白瀬どうだった?」
声からして、大森佳奈と水野彩花も一緒のようだ。
「うん……返せたけど……白瀬泣いてた……」
「あらら~それはそうよ。ただでさえ記憶喪失で不安なんだから」
「だよね~。そんな時に大切な彼氏とのペアのネックレスがなくなればね~」
「わ、わかってるわよ! だから言ったじゃない。知ってたらあんなことしなかったって!」
話の感じとして二人は無関係だったけど巻き込まれたようだった。
さっきの様子と、体育の時に見せた複雑そうにサラを見ていた表情。もしかしたらと思ったら予想通り、藤堂美咲がネックレスを隠してサラを傷つけた犯人だった。
「お前がネックレスを隠したんだな?」
もう様子を伺う必要もない。サラを傷つけたのがこいつだと言うなら他のことはどうでもよかった。
急に僕が現れたことで三人とも最初は純粋に驚いていたけど、次第に顔色から血の気が引くように真っ青になる。
「……市ノ瀬くんどうして」
僕はいつもの作った声色ではなく、冷めた声で返す。
「どうして? 自分が一番よくわかってるんじゃないか?
僕がサラを傷つけた人間を見過ごすはずないだろ」
僕のいつもと明らかに違う態度と声に、三人とも後ずさる。
「……悪いと思ってるわよ」
「お前が今何を思っているなんて関係ない。サラが泣いた、お前のせいでだ。そのことに変わりはない」
藤堂美咲はぐっと身体に力が入り口をきつく結ぶ。
「あ、あのね。市ノ瀬くん。美咲ちゃんは白瀬ちゃんが記憶喪失なのを知らなかったの」
「そ、そうそう。私たちは偶然知ってビックリしたんだけど、それまで白瀬の態度が変わった理由が分からなくって」
大森佳奈と水野彩花が庇おうとするが要領を得ない。それに対しても余計に腹が立ち、より冷たい声を発する。
「だから? 何が言いたいわけ?」
それにビクッと二人が反応してそのまま黙ってしまう。
変わりに藤堂美咲が答える。
「……気にくわなかったのよ。彼氏ができた瞬間に可愛い子ぶるのが……だけど記憶喪失だったってことを知って。自分の考えが……」
「だから、関係ないって言ってるのが分からないのか?」
大体の経緯がわかった。涼太が言っていた、サラのことをよく思っていない連中と同じ考えを藤堂美咲は持っていた。
記憶喪失による人見知り。それを彼氏ができたことによって可愛い子ぶるようになったと。
それが気に食わなくて、ネックレスを隠す嫌がらせをしたが、どこかで記憶喪失のことを知って、申し訳なく思ってサラに返したということだろう。
だとしても、どちらにしろ関係ない。こいつがこの世で一番罪深いことをしたのに変わりはないのだから。
「……さっきは言い出せなかっただけで、白瀬にもちゃんと謝るつもりよ」
藤堂美咲の言葉に嘘はないように思えるが、僕はあきれ果て、ため息をつく。
「だから、そんなのもの関係ないって言っているだろう」
藤堂美咲は身体を抱くように腕を組む力を入れた。
「だったらなに? 暴力でも振るうつもり?」
それにはふっと笑って返す。いつもの爽やかな笑みではなく、相手を見下すような笑みになっていることだろう。
「いや、お前には何もしない。ただ忠告しにきただけだよ」
「忠告?」
言葉の意味が分からないのだろう。眉を潜めながら問い返した。
「お前妹がいたな? もうすぐこの学校を受験するとも話していたな?」
「だったらなに?」
藤堂美咲の顔がさっきとは別の強ばり方をする。僕の言葉から不穏な気配を察したのだろう。
「無事に何事もなく受験を終えることが出来ればいいな」
「どういうことよ!」
「この事が妹の耳に入れば、受験に集中もできなくなるかもしれない」
そんなつもりは毛頭ない。だがサラを傷つけた罰だ。これくらい脅しておいて、二度とするなと言うだけのつもりだった。
だけど――
「美菜は関係ないじゃない! 卑怯よ、あの子は一生懸命この学校に入ろうとしてるのに!」
その言葉は、これでも怒りに耐えていた僕の限界を壊す物だった。
関係ない? 一生懸命? それはサラも一緒だったはずだ。
一生懸命学校に慣れようと、楽しい生活にしようとしていたのに、サラとは関係のないお前がそれに水を差したんだ。
深呼吸をしようとした。けれど、怒りは胸を焼き尽くして止まらなかった。
僕は机に乱暴に手を叩きつけるようにつき、藤堂美咲を僕と机で挟むようにして、彼女の顔を上から見下ろす。
「醜い女だ……ヘドが出る。自分の都合で人の大切な存在を傷つけるお前が、妹を大切に想い身を案じる資格はない」
藤堂美咲はその目に涙を浮かべながらも、妹を想い必死に耐えているようだった。
だけど、関係ない。お前が今感じている胸の痛み以上のものをサラは受けたんだ。
「嫉妬と醜悪だけでできあがった哀れな人形だ――」
パン!
最後まで言いきる前に僕の言葉を遮るように、頬を叩かれた。
頬を叩いたのは目の前の藤堂美咲ではなかった。
叩かれた方を向くとそこにはサラがいた。
その表情は怒りでも悲しみでもなく、なぜ自分がそれをしたのか本人でも分からないような驚きの表情だった。
まるで、僕の口から出ようとした“本当に取り返しのつかない言葉”を止めるように。
明日も更新!
 




