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記憶喪失の恋人を、もう一度僕に恋させる  作者: 久遠遼
第一章:残念イケメンと記憶喪失の少女
26/39

26怒り

 校門を出てしばらく歩きながら色んなことを考えていた。

 学校と家の中間地点に差し掛かった時、翔真が口を開く。


「にしても、学校に残って何の用事があるんだろうな。詩織も一緒になって。

 挙動不審というかなんていうか、隠し事してんのバレバレなんだけどよ」


 翔真の隠し事という言葉、本当にその通りだ。僕や翔真が聞いてもはぐらかして、極めつけは二人で帰っておけと。

 まるで、僕を遠ざけるかのように……


「まさか……告白……」


 僕は思い付いた言葉を呟いた。

 思い付きの言葉だ。だけど一度呟いたそれは徐々に現実味を帯びていくように感じた。


「いやーお前とサラが正式に付き合ったんだぞ? それはないだろ?」


 翔真は手をひらひらしてそれを否定するが、僕はそうは思わなかった。


「いや! サラほど可愛い女の子だ! 僕レベルの彼氏がいたとしても、ものにしたいと思ってもおかしくない!」


 それなら二人のあの反応もうなずける。詩織のことだ。サラへの愛情が強い僕なら、告白してきた相手に何をするか分からないと思ったのかもしれない。

 そんなことをするわけがない。ただその告白の場にいて、その男が僕よりもサラに相応しいかどうか見極めてやるだけだ。

 サラが僕よりも、その相手が自分に相応しい、幸せにしてくれると思い、受け入れるならそれはそれで仕方がない。

 だけどそれを彼氏である僕の目の前で貫き通せるほどの自信と、真っ直ぐな想いがないような相手ではダメだ。


「学校に戻る……」


「おい、まじかよ」


 翔真の反応を聞く前に、僕は足を学校へと向ける。

 学校へと逆戻りしている僕を、不思議な顔で見てくる下校途中の生徒を気にすることなく学校への道を戻っていく。

 校門を抜け校舎へと入ると、まず目に入ったのは神妙な面持ちで立っているサラだった。

 まさかこんなところで告白しているのか! と予想外だったため思わず靴箱の裏に隠れる。


 しばらく話をうかがっていると、告白だと思った僕の予想とは違うようだった。どうやら、サラは僕が渡したネックレスを失くしてしまったらしい。  

 その事への後ろめたさと申し訳なさから、言い出せずにいたようだった。

 僕はほっと胸を撫で下ろす。告白どころか、もっと深刻な問題を抱えている可能性も考えたけど、そうじゃなかった。

 ネックレスはもちろん大切なものではあるけど、正直あんなものはいくらでも買い直せばいい。僕にとって重要なのは、サラがどんな風にネックレスをとらえて受け取ってくれたか、身に付けていてくれるかなのだ。なくなってしまったことに対する悲壮感などは一切なく、今彼女が心を痛めてくれていることが何よりも幸せだった。


「見つからなかったらどうしよう……」


 そんな僕の気持ちとは裏腹に、サラは堪えきれなかったのだろう。涙を流しはじめた。

 感激に浸ってサラのところに真っ先に駆けつけるのが一瞬遅れた自分に憤りを感じながら、彼女の側に行く。


 詩織が驚いた表情をしていたけど、アイコンタクトをしてうなずいた後、詩織に変わってサラの肩と背中に手を添える。

 そして、彼女に声をかけると、詩織以上に驚いた顔をして、ネックレスをなくしたことへの謝罪を口にした後、僕の胸へと顔を埋めた。


 外は雪が降っており、屋内とはいえ玄関前のここも当然かなりの寒さだ。

 だけど、僕の胸はとても暖かく、それが全身に広がっていったかのように身体は熱を帯びて、寒さなどひとつも感じなかった。

 やがて、サラは顔を上げた。僕の頬に手を添えて、潤んだ瞳で静かに僕を見つめてきた。

 彼女が涙を流したことを喜ぶわけじゃない。けれど、その表情は、手のひらにふわりと舞い降りた雪の結晶のようだった。


 すぐに溶けてしまうような儚さを纏いながらも、そこには言葉にならないほどの美しさがあった。

 目を逸らすことができなかった。むしろ、時間さえ止まったかのように、僕の心はその瞬間に囚われたままだった。

 あまりに静かで、あまりに透明で、ただただ、見惚れていた。


 まるで、世界のすべてがその一瞬のために存在していたかのように。


 見とれたまま僕は固まったままでいると、彼女は背伸びをして僕の頬にキスをしてきた。

 あまりにも予想していなかったその出来事に、その時間は一瞬にも、長いようにも感じた。

 ゆっくりとサラは顔をはなした後、潤んだ瞳で僕を見つめてくる。


 今までに感じたことのない胸の痛みを感じた。不快感ではない、何かが胸の真ん中から競り上がってくるのを感じる。

 だけど、それは不思議なことに僕から冷静な思考を奪って、言葉を発することができない。

 そのままお互いしばらく見つめあっていると、サラは段々といつもの表情に戻り、今度は目を見開いて顔を真っ赤に染め上げた。


「へ、へ? あ、あの。い、今。わ、わ、私な、何を!?」


 自分でも訳がわからなくなってるサラに詩織が気まずそうに声をかける。


「あのね、え~と。サラが悠人のほっぺにチューをしたかな?」

 

 幼馴染みのそんなシーンを見たのだ。さすがの詩織も少し顔を赤くして、目をそらしながら今起きたことを告げる。

 そして、いつの間にか追い付いていた翔真も、苦笑いを浮かべながらこちらを見ていたことに気づいたサラの羞恥心は頂点へと達する。


「あ、うう。わぁーーー! あの、違うくて、いや、違わないんだけど! そうじゃなくて!!」


 サラは両手で顔を抑えてフルフルと身体ごと顔を振る。


「あ、いやその……ありがとう」


 僕もまとまらない思考のままなんとか呟くけど、気の効く台詞など出なかった。


「あのさ……」

 

 なんともいたたまれなくも、幸せな空間が出来上がってしまたが、その空間に割り込む声があった。


「え、美咲ちゃん?」


 声の方を向くと、そこには藤堂美咲が気まづそうに立っていた。


「あの、これ……」


 そういって彼女はハンカチを差し出してきた。その上には、シルバーのネックレス――サラのネックレスがあった。


「……これ、私の。美咲ちゃんが見つけてくれたの?」


 サラの問いかけに対して、藤堂美咲は目を合わせることなく答えた。


「う、うん。更衣室のドア近くに落ちてたわよ」


「え、そんなとこに……」


「ドアの影に隠れてわからなかったのかな?」


 サラと詩織が、告げられた意外な場所に驚いた声をあげる。


「そうじゃない……それ、渡したから私行くね」


 藤堂美咲はさっさとその場を立ち去ろうとする。


「美咲ちゃん!!」


 サラの問いかけに対して、彼女はビクッと反応して何かに恐れているように答える。


「……なに?」


「ありがとう……本当にありがとう」


 サラは再び涙をうっすらと浮かべながらお礼を告げた。


「うん……いいのよ。それじゃあ」


 それに対して素っ気ない態度で返して、今度こそその場を後にした。


「よかったわねサラ」


「うん……」


 詩織の声かけにサラは心から嬉しそうに声を漏らす。

 それとは対照的に、僕の心はここ数年で一番といっていいほど荒れていた。


「……翔真……二人を連れて先に帰っておいてくれ」


「はぁ? 急にどう……ッ」


 翔真の言葉を聞く前に僕は藤堂美咲の後を追う。悪いね翔真、さすがのお前でも驚くだろうね。いつもへらへらしている僕がこんな表情をしてればね。

明日も更新!

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