表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶喪失の恋人を、もう一度僕に恋させる  作者: 久遠遼
第一章:残念イケメンと記憶喪失の少女
25/39

25本当に大切なこと

「ねえ、本当によかったのサラ?」


 市ノ瀬君たちが校門から出ていくのを教室の窓から見送った後、詩織ちゃんが声をかけてきた。

 

「うん、ごめんね詩織ちゃん、つき合わせちゃって」


「いいのよ、サラが困っているならいくらでも協力するからね」


 詩織ちゃんは少しも嫌な顔をせず、笑顔で答えてくれる。

 記憶をなくす前の私のおかけだけど、幼馴染みと、本当にいい関係を築けていることに胸が熱くなる。


「ありがとう、じゃあもう一度更衣室から探していくね」

 

 異変に気付いたのは体育の後だった。

 ちゃんと着替えを入れている袋の中に、いれたはずのネックレスがなくなっていたのだ。


 何度も袋の中とロッカーの中を確認するけど見当たらず、様子がおかしいことに気づいてくれた詩織ちゃんにそのことを話した。

 そして今、市ノ瀬君たちにはそのことを秘密にして、詩織ちゃんに探すのを手伝ってもらっているのだ。


 急いでいたとはいえ、大切なネックレスを袋に入れたことを悔やむ。アクセサリーケースを持ってきてなかった自分に腹が立つ。

 だけど今そんなことを言っても仕方がない。


 クラスの女の子に聞いて回ったけど、誰も持っていなかった。みんな嫌な顔をせずに自分の着替えだったり、袋だったりを確かめてくれた。美咲ちゃんたちなんて自分のことみたいに、辛そうな顔をして探してくれた。これも記憶をなくす前の私が、皆と仲良くできていたからなのかなって、少しだけ救われた。


 だけど、結局ネックレスをなくしてしまったという事実は、私の胸に茨が巻き付いたかのような痛みを与えてくる。

 ほどこうとしても痛みを伴い、そのままにしても痛みが増すばかりだ。


 更衣室をくまなく探した後、玄関前を探していた時、詩織ちゃんが声をかけてきた。

 

「ねえサラ、悠人に協力してもらってもいいんじゃないの? 悠人機転が利くし案外早く見つかるかもよ? やっぱりなくしたことは言いづらい?」


 詩織ちゃんの言葉は確かにそうだと思う。彼なら、私の為に嫌な顔をせずに一生懸命になって探してくれると思う。だけどーー


「それはダメ、私は彼の気持ちを台無しにしてしまっているから市ノ瀬君には頼れない」


「どういうこと?」


 詩織ちゃんは眉間にしわを寄せて、首をかしげる。


「市ノ瀬君は、あのネックレスを渡すときに私に拒絶されるかもしれないって怖がってたんだよね?」


 私の確認に詩織ちゃんは黙って頷く。


「だけど、勇気をだしてネックレスを渡してくれた……それを私はなくしちゃったの」


 私だったらできていただろうか。記憶をなくした恋人との繋がりを確かめたい、形に見えるものにしたいと思っても、その大切な恋人から拒絶される恐怖に立ち向かえるだろうか?

 いや私には無理だ。もし拒絶されたら二度と立ち上がれない。


 そんな恐怖に打ち勝ち、手に入れた繋がり、絆の形。それがなくなったのだ。

 その事実を聞いても彼はきっと笑顔を絶やさないだろう。だけど、その笑みが私を気遣ってくれてのものだと、私はもう知ってしまっている。彼との関係をやり直し始めて短いけどわかる。市ノ瀬君はそれほどまでに私を大切に想っていてくれているのだ。


 そんな優しい彼を傷つけてしまいそうになっていること。いや、何も言わずに一緒に帰ることを拒んだ時点で彼を傷つけてしまっている事実に、私はこらえていた感情があふれ出してきてしまった。


「見つからなかったらどうしよう……」


「サラ。大丈夫、大丈夫だから」


 詩織ちゃんの手が肩に触れた瞬間、抑えていた感情が堰を切ったようにあふれ出す。涙は止まらず、言葉も出ない。


 詩織ちゃんは肩や背中をさすってくれる。その優しさにより涙が止まらなくなる。

 ごめん、ごめんね市ノ瀬くん。勇気を出して踏み出してくれたあなたの想いを、私との関係を大切にしたいというあなたの願いを、私は台無しにしてしまった。

 ネックレスをなくしたことよりも、彼の気持ちを大切にしてあげれなかったことがとても辛い。


「サラ、ありがとう。そこまで僕のことを想ってくれて」


 詩織ちゃんの手が離れた瞬間、代わりに別の温もりがそっと背に触れる。驚いて顔を上げると、市ノ瀬くんが立っていた。 


「どうして……」


 驚きのあまりそれ以上言葉は出なかった。翔真くんと一緒に帰ったはずでは? 教室の窓から帰っていくのを確認したはずなのに。


「サラが泣いている気がしたから、戻ってきたよ」


 いつもと変わらない穏やかな声と表情で彼は語りかけてくる。


「ごめんね。最初は君が僕のことを想って、内緒にしていてくれてたから、そのまま立ち去ろうかとも思った。

 だけど、泣いているのを見たらそれができなくて」


 市ノ瀬くんは申し訳なさそうな表情をする。それを見て胸が締め付けられる。

 やめて、そんな顔をしないで。悪いのは私なのに。


「ごめんなさい……市ノ瀬くんからの想い……大切な……」


 これ以上市ノ瀬くんを困らせないように必死に堪えて言葉を出そうとするけど、声がでない。


「話、聞いてたよ。大丈夫だから」


 優しく寄り添うに声をかけてくれる。そして、彼はより優しげに続ける。


「あのネックレスが大切な証なのは確かだけど、君がそれをなくしたことに心を痛めてくれてれたこと。

 それが何よりもサラと僕との繋がりを証明してくれる。その事が僕は嬉しいんだ」


 その言葉を聞いたらもうダメだった。私は彼の胸に顔をうずめて、我慢してせき止めていた感情を彼にあずけた。


「ごめんね。市ノ瀬くんの勇気を、想いを台無しにて、ごめんね」


 彼は優しく抱き締めて頭を撫でてくれた。

 そのまましばらく泣き続けた。

 ようやく落ち着いて顔をあげると、彼の瞳に私の泣き顔が移っていた。その澄んだ瞳は、この世のどんなものよりも鮮明に私を映し出している気がした。

 私は……彼の頬に手を添え、しばらくその瞳を見つめた後、手を添えているのとは反対の頬に口づけをした。


明日も更新!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
関連リンク

更新情報や作中イラストはこちら(Xアカウント)

ブクマ・ポイント評価お願いしまします!

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ