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記憶喪失の恋人を、もう一度僕に恋させる  作者: 久遠遼
第一章:残念イケメンと記憶喪失の少女
22/39

22陰り

 新学期が始まって一週間。

 最初は緊張して上手く話せなかったけど、クラスの子、特に普段から話す子たちとは普通に会話できるようになって、少しほっとしていた。

 クラス以外の子や男子と話すのは、相変わらず苦手だけど……。


「学校での悠人って、どう?」


 体育の授業前、更衣室で着替えていると、詩織ちゃんが突然話を切り出してきた。


「どうって?」


 問いが大雑把で、思わず聞き返す。


「悠人の学校での様子。ほら、あの事があってからはじめて見るでしょ?」


 ああ、なるほど。

 記憶をなくしてから初めて見る、学校での市ノ瀬くんが、冬休み中に見た彼とどう違うかを聞きたいみたいだった。


「うーん、やっぱり市ノ瀬くんらしいなってくらいかな?」


「ふーん。たとえば?」


 首を傾げながら考え、ぽつりと呟く。


「市ノ瀬くんってだなーて感じだよ。学校が始まる前に思ってたイメージと変わらないかな」


「まあ、そうよね。基本的にはあんな感じだもの」


 私の言葉に詩織ちゃんは着替えを止めず、さらりと返す。


「だけどね、なんか変だなって思うの」


 続く私の一言に、今度は手を止めて、興味深そうに続き促しくる。


「へぇ、何が変なの?」


「うん、なんかね……。私や詩織ちゃん、翔真くんと話してるときはあったかいんだけど、他の人と話してるときはちょっと冷たい感じがするの」


 それは言葉にしづらい違和感だった。


「ひどいってこと?」


「ううん、そうじゃない。言葉も雰囲気も優しいよ。でも……なんていうか、作ってるっていうか、線を引いてるっていうか」


 他の人に冷たく接してるわけじゃない。むしろ社交的で、誰からも好かれている。

 だけど決定的に違う。心の置き方が違う。感情が向いていないような……そんな印象。


「特に女の子に対しては、明らかに違うかな? 話す距離感もそうだし、上手く言えないけど声色がなんだか違うの」


 自分のことを特別扱いしてくれている。そんな気がして、それが嬉しさのあまり言葉に出してしまった。その恥ずかしさから落ち着かずに、両手で自分の髪をクシャとする。


「そっか」


 それだけ言って、詩織ちゃんは再び着替えに戻った。

 でも、どこか嬉しそうに見える。やっぱり彼女は、市ノ瀬くんのそういう一面を知っているんだろうな。

 そう思った瞬間、胸の奥がちくりとした。


「それはそうと、雪すごいわね」


 彼女は窓の外に目を向け、話題を切り替えた。


「ほんと、だいぶ積もってるね~」


 予報どおり、昼から雪が本格的に降り始めていた。朝はちらつく程度だったのに、今は一面の雪景色。


「ママがね、パパが大学に泊まりになるかもって支度して持っていったの。大丈夫かな?」


「え、まじ? これ以上ひどくならないといいけど。私たちも帰り、気をつけなきゃね」


 そう言って体操服に着替え終わった詩織ちゃんが、ロッカーをパンと閉めた。


「さて、行こっか」


「うん」


 後を追おうとしたその時――


「ちょっと白瀬、そのまま行ったら怒られるわよ」


 呼び止めてきたのは藤堂美咲ちゃん。クラスでも目立つ子だ。最初は戸惑ったけど、数日もすれば普通に話せるようになっていた。


「え? なんで?」


 理由が分からず尋ねると、美咲ちゃんは自分の首元を指差す。


「ネックレス。体育は邪魔になるし、体操服だとチェーンが見えちゃうのよ。私もこっそり着けてきてるけど、外すようにしてるわ」


 はっとする。たしかに学校でアクセサリーは禁止だった。没収なんてされたら大変だ。


「あ、忘れてたありがとう」


 慌てて外し、ネックレスを少し見つめてから、着替えを入れている袋に大事にいれる。

 そのまま入れるのは気が引けたけど、専用の箱やアクセサリーを直すケースを準備していなかったから仕方がない。今度からちゃんと持ってくるようにしよう。


「それ、もしかして市ノ瀬くんとペア?」


「えっ……どうしてわかったの?」


 私の答えを聞いた美咲ちゃんの目が一瞬鋭くなった気がした。

 けれど、すぐに表情を緩め、呆れたように言う。


「そんな大事そうにして、にやけた顔してたら誰でも分かるわよ」


「~~っ」


 顔が一気に熱くなる。そんなに分かりやすかった……?

 もし周りにバレてたら、恥ずかしすぎる。


「う、うん……。ゆ、悠くんとペアなの」


 恥ずかしさで噛みそうになりながらも、なんとか“悠くん”と呼ぶことができた。

 市ノ瀬くんの言うとおりに、学校にいる間だけでも呼べている自分を、ちょっと褒めたい。


「サラ~? まだ? 早くいこー」


待ちきれなくなった詩織ちゃんが、更衣室のドアからひょこっと顔を出す。


「あ、ごめん! じゃあ美咲ちゃん、先に行くね」


 そう言って急いで追いかける。

 背後から何か聞こえた気がしたけど、私は“あーあ、ネックレスは二人の秘密だったのにな”なんて呑気に思っていた。


 順調だった学校生活と、市ノ瀬くんとの関係が、あんなことになるなんて知りもせずに。

明日も更新!

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