22陰り
新学期が始まって一週間。
最初は緊張して上手く話せなかったけど、クラスの子、特に普段から話す子たちとは普通に会話できるようになって、少しほっとしていた。
クラス以外の子や男子と話すのは、相変わらず苦手だけど……。
「学校での悠人って、どう?」
体育の授業前、更衣室で着替えていると、詩織ちゃんが突然話を切り出してきた。
「どうって?」
問いが大雑把で、思わず聞き返す。
「悠人の学校での様子。ほら、あの事があってからはじめて見るでしょ?」
ああ、なるほど。
記憶をなくしてから初めて見る、学校での市ノ瀬くんが、冬休み中に見た彼とどう違うかを聞きたいみたいだった。
「うーん、やっぱり市ノ瀬くんらしいなってくらいかな?」
「ふーん。たとえば?」
首を傾げながら考え、ぽつりと呟く。
「市ノ瀬くんってだなーて感じだよ。学校が始まる前に思ってたイメージと変わらないかな」
「まあ、そうよね。基本的にはあんな感じだもの」
私の言葉に詩織ちゃんは着替えを止めず、さらりと返す。
「だけどね、なんか変だなって思うの」
続く私の一言に、今度は手を止めて、興味深そうに続き促しくる。
「へぇ、何が変なの?」
「うん、なんかね……。私や詩織ちゃん、翔真くんと話してるときはあったかいんだけど、他の人と話してるときはちょっと冷たい感じがするの」
それは言葉にしづらい違和感だった。
「ひどいってこと?」
「ううん、そうじゃない。言葉も雰囲気も優しいよ。でも……なんていうか、作ってるっていうか、線を引いてるっていうか」
他の人に冷たく接してるわけじゃない。むしろ社交的で、誰からも好かれている。
だけど決定的に違う。心の置き方が違う。感情が向いていないような……そんな印象。
「特に女の子に対しては、明らかに違うかな? 話す距離感もそうだし、上手く言えないけど声色がなんだか違うの」
自分のことを特別扱いしてくれている。そんな気がして、それが嬉しさのあまり言葉に出してしまった。その恥ずかしさから落ち着かずに、両手で自分の髪をクシャとする。
「そっか」
それだけ言って、詩織ちゃんは再び着替えに戻った。
でも、どこか嬉しそうに見える。やっぱり彼女は、市ノ瀬くんのそういう一面を知っているんだろうな。
そう思った瞬間、胸の奥がちくりとした。
「それはそうと、雪すごいわね」
彼女は窓の外に目を向け、話題を切り替えた。
「ほんと、だいぶ積もってるね~」
予報どおり、昼から雪が本格的に降り始めていた。朝はちらつく程度だったのに、今は一面の雪景色。
「ママがね、パパが大学に泊まりになるかもって支度して持っていったの。大丈夫かな?」
「え、まじ? これ以上ひどくならないといいけど。私たちも帰り、気をつけなきゃね」
そう言って体操服に着替え終わった詩織ちゃんが、ロッカーをパンと閉めた。
「さて、行こっか」
「うん」
後を追おうとしたその時――
「ちょっと白瀬、そのまま行ったら怒られるわよ」
呼び止めてきたのは藤堂美咲ちゃん。クラスでも目立つ子だ。最初は戸惑ったけど、数日もすれば普通に話せるようになっていた。
「え? なんで?」
理由が分からず尋ねると、美咲ちゃんは自分の首元を指差す。
「ネックレス。体育は邪魔になるし、体操服だとチェーンが見えちゃうのよ。私もこっそり着けてきてるけど、外すようにしてるわ」
はっとする。たしかに学校でアクセサリーは禁止だった。没収なんてされたら大変だ。
「あ、忘れてたありがとう」
慌てて外し、ネックレスを少し見つめてから、着替えを入れている袋に大事にいれる。
そのまま入れるのは気が引けたけど、専用の箱やアクセサリーを直すケースを準備していなかったから仕方がない。今度からちゃんと持ってくるようにしよう。
「それ、もしかして市ノ瀬くんとペア?」
「えっ……どうしてわかったの?」
私の答えを聞いた美咲ちゃんの目が一瞬鋭くなった気がした。
けれど、すぐに表情を緩め、呆れたように言う。
「そんな大事そうにして、にやけた顔してたら誰でも分かるわよ」
「~~っ」
顔が一気に熱くなる。そんなに分かりやすかった……?
もし周りにバレてたら、恥ずかしすぎる。
「う、うん……。ゆ、悠くんとペアなの」
恥ずかしさで噛みそうになりながらも、なんとか“悠くん”と呼ぶことができた。
市ノ瀬くんの言うとおりに、学校にいる間だけでも呼べている自分を、ちょっと褒めたい。
「サラ~? まだ? 早くいこー」
待ちきれなくなった詩織ちゃんが、更衣室のドアからひょこっと顔を出す。
「あ、ごめん! じゃあ美咲ちゃん、先に行くね」
そう言って急いで追いかける。
背後から何か聞こえた気がしたけど、私は“あーあ、ネックレスは二人の秘密だったのにな”なんて呑気に思っていた。
順調だった学校生活と、市ノ瀬くんとの関係が、あんなことになるなんて知りもせずに。
明日も更新!




