21結局バカップル
僕たち4人は昼御飯を食べようと食堂へ来ていた。
詩織はお弁当、翔真は学食の日変わり。僕とサラは――
「はい、サラこれ」
実は朝のうちに作っておいたお弁当を、サラは戸惑いながら受け取る。
「え? 私のお弁当を市ノ瀬くんが? てっきりどこかで買うか、翔真くんみたいに学食なのかと思ってた……」
「カレンさん何も言ってなかったの? 以前からサラのお弁当は僕が作って渡してるんだよ。
食費はもらってるから気にしなくていいよ」
それでも戸惑っているサラに、詩織が声をかけ翔真も続く。
「大丈夫よ、サラ。悠人料理得意だから」
「そうだぜ、こいつ大抵なんでもできるから。安心して食べられるぜ」
二人の言葉を聞くとサラはなぜか膨れて呟く。
「なんでもできる完璧超人って感じ? なんか負けた気がする……」
僕は首をかしげる。
「どうしてそんなこと思うの?」
「この間……お昼準備してみようとしたら、チャーハンが黒いお焦げだけになったの……」
サラがしょんぼりした様子で呟く。
「あちゃ~、やっちゃったか」
「昔からサラは料理とか全然だからな~」
“うう~“と唸ってしゅんとなってるサラに優しく声をかける。
「誰にでも得意と不得意があるものだよ。さぁ、早く食べよう。昼休みがなくなってしまうよ」
僕に勧められて、しゅんとしたままお弁当を開けた瞬間、サラの表情がキラキラ輝きだした。
ふわりと広がったのは、彩り豊かな幸せの香りだった。
真っ赤なミニトマトに、黄色い卵焼きとほうれん草とベーコンのソテー。小さな仕切りの中には、照りのあるから揚げが宝石みたいに並んでいる。ご飯には小さな星形のふりかけが散りばめられていて、まるで小宇宙を詰め込んだみたいだった。
「……わぁ……」
サラの蒼い瞳が一層輝き、さっきまでのしゅんとした影は跡形もない。
頬をほんのり赤くしながら、彼女は箸を伸ばし、小さなから揚げを口に運ぶ。かじった瞬間に、カリッとした衣の音と共に、口の端から笑みがこぼれた。
「すごく美味しい……!」
胸いっぱいの嬉しさに満ちたその笑顔は、僕の作ったお弁当よりずっと眩しくて。
やっぱり、彼女には笑っていてほしいと、心から思った。
「喜んでもらえて何よりだよ、それにしても……」
サラの機嫌がよくなったところで話を切り出す。
「やけに女子が大人しかったね、もっと根掘り葉掘り聞かれるかと思ったんだけど」
「まあ、既に噂になって”市ノ瀬ロス”、“白瀬ロス”なんてのが起きてるみたいだぜ」
翔真は笑って言うが、僕が予想したよりも大事になっているらしい。
僕とサラが付き合い出したことはすぐに学校中に知れ渡った。
あれだけ周りの目がある中、いつもと違う雰囲気で登校すれば当たり前なのは当たり前ではあるけど、その結果何人かの生徒が、早退するという現象が起きたのはあまりにも予想外ではあった。
僕の言葉を聞いて、詩織がこれでもかというほどの、どや顔を決めて答える。
「ふふーん、それはね、サラは今恥ずかしくてまともに答えられないから、そっとしておいてあげてって私がお願いして回ったからね」
「あん? そうだったのか?」
「さすが、助かるよ」
僕と翔真が感心すると、より得意気に気分よく続けた。
「まあね~ホント感謝してよね~」
本当に便りになる幼馴染みだ、マフィン以外にも何か美味しいものを作ってあげようと思いつつ、隣のサラに声をかける。
「とはいっても長くは続かないだろうから、環境になれていこうね?」
「へ? なに?」
サラはお弁当に夢中のあまり、全く話を聞いていなかったようで“ぽかーん“としていた。
お弁当も既にほとんど平らげてしまっていることに、クスッと笑う。
そして、自然に頭をポンポンとしてから、言葉をかける。
「美味しかったかい? これから毎日作ってあげるからね」
だけど、サラは口をパクパクさせながらこちらをみて固まっている。
やがてバッと頭を両手で押さえかと思うと、そのまま頭からプシューと湯気が出るかと思うほど、顔を真っ赤にしてしまった。
「なななな、なに!」
何か伝えたいようだけど、上手く言葉がでないようでそのまま顔を伏せてしまった。
僕が戸惑っていると、詩織が呆れた声を出す。
「こんなとこでいちゃつくな~それに急にそんなことしたらサラがオーバーヒートしちゃうわよ」
自分がしたことを思い出すが、頭をポンポンと二回ほどしたぐらいだ。
確かに、頭をポンポンされるとドキッとするとは教科書にはあったけど、朝も手を繋いだりしてきたのにこれくらいで?
「でも、朝とかも普通に手を繋いだりしてたしこんなことで?」
僕がそう言うと、サラはガバッと顔をあげて抗議する。
「心の準備がいるの! 不意打ちダメ! 絶対!」
なんかの勧告ポスターのようなワードをならべ必死に訴えてきた。
なるほど、そういうものなのか。現実の恋愛は多少教科書とは違う部分もあるのか、難しいな。
とはいえ、サラに嫌われてしまうのも困るのでちゃんと許可をとるようにしよう。
「なら、声をかけてからならいいのかい?」
「へ? う、うんまあ」
僕の返しが意外だったのかよく分かってないのか、サラは曖昧な返事をした。
僕はサラの方を見つめつつ告げる。
「君の頭をポンポンしてもいい?」
サラは顔をより真っ赤にして目を泳がせながら、口を開いたり閉じたりを繰り返した後、うなずいてそのままうつむいてしまった。
僕はそれを了承と受け取り、頭をポンポンとする。
その時、シャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。
僕はそのままサラの髪の毛をすくように頭を撫でる。指先をすり抜けるように、さらさらとした金髪が揺れる。
サイドで編み込まれた髪から、光を受けてきらめく細い束がこぼれ落ちるたび、まるで柔らかな光の糸を撫でているみたいだった。
「……ん」
サラは小さく目を細め、くすぐったそうに肩をすくめる。その仕草さえも、髪に触れるたびにこちらの胸を甘く締めつける。
撫でるたびに指先に伝わるのは、絹糸のようななめらかさと、シャンプーの清らかな香り。あまりに心地よくて、僕は思わず手を止められずにいた。
「ゆ、悠人そろそろやめなさい! サラが倒れちゃうから!」
詩織の声にハッとして手を止めて、サラの頭から離すと。
サラはプルプルしていた。しまった、こんなつもりではなかったのだけど、あまりにも心地よくて夢中になってしまった。
「ご、ごめんつい夢中になってしまって。嫌だった?」
不安になり声をかける。
「い、嫌じゃないけど……恥ずかしくて死にそうになるので手加減してください………」
嫌がられていなことにほっとする。
だけど、サラは恥ずかしさが限界突破したという様子できゅうと縮こまってしまった。
「なあ、完全にバカップルだぞお前たち?」
翔真の声を聞き、周囲に意識が向くようになると、ヒソヒソと話し声が周りから聞こえてくるのが分かった。
朝の通学の時にサラをたしなめた自分がこれでは目も当てられない。
こんなことをすればバカップルと周りから思われても仕方がなかった。
これが好きな相手を恋人にするということなのか、それとも今の彼女が僕を狂わせているのかは分からないけど、しっかり自重しなければと自分に言い聞かせた。
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