19ダメ?
まさか、こうなるとは……
ようやく落ち着き、学校に近付くにつれて浴びる多くの視線に対して、冷静に僕は思った。
手を繋いで歩く僕達に、男女両方から様々な眼差しが向けられる。
この事に関しては、予想外だった。
以前のサラは
――「変に注目浴びちゃうし、学校近くになったら手を繋ぐのは止めようか?」――
といって、学校近くになると手を繋ぐのを止めていた。
だけど、今日は手を離すことなく学校に向かっているため、注目にさらされているという状況だ。
当然それらの中には負の感情も混じっているが、僕にとってはむしろ心地よい。
公にサラと僕は付き合っているから、やましい気持ちで、今後近づいてくるなよとアピールできているようなものだから。
だけど、間違いなく学校につけば追求される。僕は問題ないけど、今のサラにそれをうまく流すことは難しいだろう。
後で詩織にフォローしてもらうように伝えておこう。
「なんか……初詣以上に注目されている気がするね」
サラがアハハと少し困って笑いながら呟く。
「仕方ないね。僕達はただでさえ学校でも注目されていたからね」
これだけ大胆に手を繋いで寄り添いながら歩いているから、注目されない方がおかしいというものだ。
「だけど、流石にそろそろ手を離そうか?」
「え?」
僕がそう言うと、サラは自分が捨てられてしまうのではないかというような眼差しを向けてくる。
その瞳は切なさと悲壮感が現れているようにも見えて、胸が張り裂けそうになる。
『なんなら、お姫様抱っこで登校するかい?』
と、つい言いたくなるというより、すぐにでも行動に移したくなる衝動を抑えて彼女に告げる。
「いいかいサラ。君が逆の立場で考えてごらん? 学校の敷地内や校内でも手を繋いでイチャついているカップルがいたらどう思う?」
「……仲がいいなと思う気持ちと、学校でまでいちゃつかなくてもいいのにって思うかも」
「でしょ? 微笑ましく思ってくれる人間もいれば、悪意をもつ人間や不快感を持つ人間だっていると思う」
この事に関しては、ホントに価値観が分かれるところだと思う。
実際のところ、学校っていう場所は勉強するところだし、友達と過ごす空間でもある。
だから、そういう場でいちゃつく姿は「青春だな」って受け止める人もいれば、「TPOを考えてほしい」って眉をひそめる人もいる。
教室や廊下で堂々と手を繋いで歩けば、噂好きなクラスメイトはすぐに面白がって話題にするだろうし、教師からすれば「節度を守れ」って注意対象になる。
「うらやましい」と「ちょっと引く」の両方の感情が交錯するに違いない。
つまり、学校でイチャつくということは、当人たちにとっては幸せの延長でも、周りにとっては「見せられるもの」になってしまう。
その線引きをどう考えるか、結局はそのカップル次第なんだろうけど、思春期の狭い世界では、それが大げさなくらい波紋を広げてしまう。
「そうだよね……わかった」
サラは渋々と繋いだ手を離す。
僕はそのあまりにも悲痛な表情を心を痛めながら見つめた。
耐えるんだ僕、ここは心を鬼にしてサラを突き放すんだ。
彼女に不必要な悪評が流れるのは阻止しなければならないのだ。
心の中で血の涙を流していると、サラがおずおずと僕の制服の裾を指先で摘まんだ。
「……これならいい?」
潤んだ瞳で上目遣いに懇願してくるサラのその儚げな愛おしさに、変な奇声をあげながらその場で悶えそうになるのを、サラから見えないように太ももを捻りあげて耐える。
サラからしたら手を繋げない妥協案としてなのだろうが、結局イチャつき方が変わったに過ぎない。
「サラ……手を繋いでなくてもこれは……」
今度は心の中で血反吐を吐くような想いでサラを突き放そうとするが、僕の言葉を彼女が遮った。
「どうしても……ダメ?」
胸の前できゅーと手を握り、小さくか細い声で呟かれた……
その破壊力に僕は言葉を失い立ち尽くす。
「市ノ瀬くん?」
サラの声ではっと意識が戻る。
どうやらあまりの儚げな可愛さに、立ったまま意識を失っていたようだ。
「しょうがないね……服を摘まんで歩くくらいならいいと思うよ」
その僕の一言に、サラの表情がパアッと明るくなる。
あれ、冬にヒマワリは咲くんだったけ? と、勘違いするほどまぶしく可憐な笑顔だった。
「うん! じゃあこのまま行こ!」
あんな表情されたら突き放すなんて無理だ。どうせ中途半端にしか突き放せないならいっそ手を繋いだままにしておけばよかったと後悔の気持ちと、サラの見たことない表情を引き出せたことへの満足感という複雑な心境になった。
だけど、振り返ってサラが嬉しそうにしてるのを見てそんなことはどうでもよくなった。
視線の量は、学校に近付くにつれて徐々に増えていった。
周りがヒソヒソと話している様子もあれば、
「……とうとうくっついてしまったのか……」
「あーん、もう残念」
「結局、美男美女で落ち着くんだよな……」
「いいな~羨ましい」
といった声も混じって聞こえてきた。
そこでふと疑問に思った。
今、彼女の中で僕の存在はどうなっているのだろうかと?
心は僕のことを覚えてくれてるのはほぼ間違いないように感じる。だけど、頭ではまだ関係の浅い人間。
それが今日になって明らかに近い距離を感じる。それこそ、記憶をなくす前のまだ恋人未満の時よりもだ。
しばらく考えてはみたけど、答えは出ず。少しだけ振り返ってサラの顔をみて、考えるのを止めた。
今はただ、服が少し引っ張られる感覚を通して、サラとの距離が縮まったことに純粋に幸せを感じていたいと思ったからだ。
望んだ形、結果とは違ったけど。こうしてサラと一緒に恋人として学校へと通える日々が始まった。
愛情を知らなかった僕に、愛情を向けてくれて、やさぐれた心を癒してくれた彼女。
その大切な恋人との一時に、余計な考えは無粋に思えた。
明日も更新!




