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記憶喪失の恋人を、もう一度僕に恋させる  作者: 久遠遼
第一章:残念イケメンと記憶喪失の少女
17/39

17恋ばな

 お風呂上がりに髪を乾かしたあと、今日のことを思い返していた。

 とても楽しかった。途中で詩織ちゃんと翔真くんに出会って、二人がカップルだと知ったのは驚きだったけれど、そのままダブルデートのようになって。

 二人とこんなに長く話すのは初めてだったけれど、まったく苦ではなく、むしろとても心地のよい時間だった。


 夕方、暗くなる前に市ノ瀬くんは私を家まで送り届けてくれて、明日一緒に学校に行くから迎えに来てくれる約束をした。

 本当はもう少しだけ、市ノ瀬くんと話をしていたかったけれど、気を遣ってくれたのだろう。彼はそのまますぐに帰ってしまい、私はその背中を名残惜しく見送ったのだった。


 そんな物思いにふけっていた時、スマホが鳴った。

 思わず身体を”きゅう”と縮こまらせる。

「もしかして」と思い表示を見れば、そこには詩織ちゃんの名前。


 一瞬だけ期待してしまったけれど、落胆はなかった。彼女とも話したい気持ちがあったから、軽やかな動きで通話ボタンを押した。


『もしもーし、聞こえる? 今、大丈夫?』


「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」


 私がそう聞くと、電話の向こうで詩織ちゃんがうーんと唸り、話を切り出した。


『あのね、ちゃんと確認しておきたいことがあって』


「うん、なにを確認したいの?」


『悠人のこと、結局どう思ってるのかなって』


 その名前を聞いた瞬間、私は今日彼から受け取ったネックレスに自然と手を伸ばし、軽く触れた。

 鼓動が速まるのを感じる。もう答えは出ていた。詩織ちゃんになら話してもいいと思えて、正直な気持ちを伝えた。


「好きだよ。男の子として」

 

 なんだがソワソワして、指先で髪をくるくるとしながら、その言葉を告げると、電話越しに詩織ちゃんが嬉しそうにしているのが伝わってきた。


『ホントに! へぇ~よかった! じゃあ悠人にそれ早く言ってあげなよ』


 詩織ちゃんの言葉に私はうなずけなかった。


「それを伝えるのはまだかな。市ノ瀬くんのことをまだ知らない部分が多いから」


『え! 好きなのに? もったいなくない?』


「そんなことないよ。それに市ノ瀬くんはすぐに答えを出すことを望んでいない気がするの。

 だから、もっと彼の色んな内面を見て、感じ取って、知ったうえではじめて“好き”って伝えたい」


 確かに私の気持ちは彼を好きだと告げている。だけど、急に現れた男の子にときめいて、気になって、少し話して一緒に過ごしただけ。それは一目惚れに近いものだと思う。

 だからこそ、彼をよく知り、理解してから受け入れたいと思ったし、きっと彼もそれを望んでいる。


 私の言葉を聞いた詩織ちゃんは、しばらく黙っていたけど、しばらくして嬉しそうな笑い声が電話越しに響いた。


『あはは、ホント、サラも悠人も回りくどいわね』


「もう! なんで笑うの! 私は真剣なのに……」


 スマホを持ったのとは反対の手を握りしめてから小さく振りながら、抗議を口にすると、”ごめんごめん”と言ったあと今度は真剣な声が返ってきた。


『ねえ、サラ。そこまで悠人のこと知りたいと思うならさ、逆に記憶を取り戻したいって思わない? 記憶を取り戻せば、悠人のことも全部分かるよ?』


 その言葉に強く戸惑い、反射的に胸の前で服を握る。

 私は今のまま新しい生活を送ることばかり考えていた。

 でも、市ノ瀬くんのことを知りたいなら、記憶を取り戻すのが一番だ。それなのに、その考えにすら辿り着かなかった。

 いや、もしかしたら記憶を取り戻す前の自分と今の自分を、無意識に別人のように考えているのかもしれない。


 私が言葉に詰まっていると、詩織ちゃんが探るように問いかけてきた。


『私はね、サラには記憶を取り戻してほしいと思うよ』


 それは初めて会ったときにも感じていた。詩織ちゃんと翔真くんは、市ノ瀬くんが“記憶を取り戻さなくてもいい“と決めたことに反対するような雰囲気を漂わせていた。


『でも、サラが今幸せならそれでもいいと思う。だからもし記憶を取り戻したいって思えば、いくらでも協力するからね』


「うん、わかった……ありがとう」


 優しいな。自分の気持ちよりも、私の気持ちに寄り添ってくれることが嬉しくて、胸が温かくなる。


『あー湿っぽい話はなしなし! ねえ、悠人とこの休みの間どんなこと話したりしたの?』


 詩織ちゃんは声を明るくして、話題を変えてきた。


「私のことより、詩織ちゃんと翔真くんの話を聞かせてよ~」


『え~、いいよ、私のことは』


 そんな風にわいわい話しているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。


『やば! もうこんな時間! 明日学校だからもう寝るね! サラも寝坊しないように。また明日、おやすみ!』


「うん、おやすみ」


 おやすみの挨拶をして電話を切る。


 私はスマホを机にそっと置き、カーテンを開けて窓から夜空を見上げた。


 澄んだ空気の中、月明かりと星の光が優しく瞬いている。


 私はどうしたいのだろうか。

 詩織ちゃんの言葉を聞いても、記憶を取り戻したいとは思わない。市ノ瀬くんのことを知る一番の近道だと分かっているのに、それでもしたくない自分がいる。


 胸に手をあててみる。

 記憶を失って、市ノ瀬くんたちと出会ってからずっと、思考と気持ちはズレていた。

 でも今は、確かに一致している。

 なぜこのことに関してだけは一致しているのか分からない。

 だけど、これだけははっきり分かる。


「好きだよ、市ノ瀬くん」

明日も更新!

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コメント連投失礼します。 端的に伝えさせていただきます。 最後のセリフで盛大にガッツポーズしました。 こちらからは以上です。 続き楽しみにしております。
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