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記憶喪失の恋人を、もう一度僕に恋させる  作者: 久遠遼
第一章:残念イケメンと記憶喪失の少女
15/39

15もう誤魔化せない

 市ノ瀬くんが、途中少しだけ咳をした私を気にかけてくれて、飲み物を飲むついでに休憩しようと、私たちはフードコートに来ていた。


 さすがに昼食時ほどではないけれど、フードコートはまだまだ賑やかだった。

 トレーのぶつかる音や、子どものはしゃぐ声が絶え間なく耳に届き、中央の席はどこも埋まっている。

 それでも端の方へ目を向ければ、ざわめきが少し遠くに感じられる落ち着いたスペースがぽつんと空いていた。


「ねぇ、あそこに座りましょうよ」


 詩織ちゃんはフードコートの端っこ、周りに人が少なく比較的落ち着けそうな場所を指差した。


「おいおい遠くねーか」


「いや、人が少ない方がいいよ。周りに人が多いのも嫌だし」


「サラもあそこでいい?」


 皆がそれぞれの反応を見せたあと、詩織ちゃんが私に問いかけてきた。


「うん、いいよ!」


 私の了承を聞いた後、詩織ちゃんが先頭をきって席へ向かい、最初に席へ座る。


「じゃあ、あんたたち二人は飲み物となんか食べ物……ポテトがいいわ、よろしくね」


 詩織ちゃんは、市ノ瀬くんと翔真くんを指差して言った。


「俺らが使いっぱしりかよ」


「いいじゃない、かわいい彼女からの頼みなんだからよろしくね~」


 ん? 今彼女って言った?


「え? 翔真くんと詩織ちゃん付き合ってるの?」


「あ、そうか。サラは覚えてなかったね。二人は去年の夏から付き合ってるんだよ」


 市ノ瀬くんがうっかりしていたというように、二人の関係性について教えてくれた。


「あ~俺らも伝え損ねてたな」


 翔真くんも苦笑い混じりに答える。


「幼馴染み同士で付き合ってるってなんだかいいね」


「あんたたちもそうでしょ一応」


 私の言葉に、詩織ちゃんが笑いながらそう答えた。


「あ、そうだった」


 私もつられて、二人して笑いあった。

 詩織ちゃんとは、そんなに話せてなかったけど、やっぱり自然と会話ができる。

 市ノ瀬くんと会話しているときの胸が熱くてソワソワする感じとはまた違う心地よさを感じた。


「それじゃあ僕たちは行ってくるね」


 そう言って市ノ瀬くんと翔真くんの二人はフードコートのお店に向かっていった。

 その背中を見つめながら、ハッと気づく。


「あ、私なんの飲み物がいいか伝えてなかった」


 そう思ってスマホでメッセージを送ろうとするのを、詩織ちゃんが制止してきた。


「わざわざ言わなくても大丈夫よ、悠人が今日サラが飲みたいものを買ってきてくれるわよ」


「言わなくても分かるの?」


 詩織ちゃんは呆れと感心が混じったように呟いた。


「そ、サラの好きなものは把握してるし、その日のサラの雰囲気や気分で今ほしいものが分かるんだってさ」


「ホントに? なんかエスパーみたい」


 驚いて声をあげると。


「ていうかそこまでくると、もう怖いレベルなんだけど……サラは今それ聞いてどう?」


 詩織ちゃんは急に真剣な表情になって聞いてきた。

 私は困惑して、少しだけ目が泳ぐ。考えても質問の意図がよく分からず、聞き返してしまった。


「それはどういうこと?」


 詩織ちゃんは指をほっぺにあてて、うーんと唸りつつ答えたくれた。


「普通さ、まだよく知らない男の子が、自分のことを何でも知ってたら怖くない?

 前のサラなら当たり前のように、”さすが悠くん!”って喜んでたけど。今の話聞いてどうかなって」


 彼女の質問の意図がようやくわかった。

 確かに彼女のいうことはもっともだった、だけど――


「怖くも、嫌な気持ちもしなかったよ……ただ愛されていているんだなって素直に感じたよ?」


 そう言いながら私は、ネックレスを触る。

 そして、やっぱり胸が暖かくなって自然と笑みがでてくる。


「そっか、やっぱり記憶がなくても悠人が特別なのは変わらないのかもね。ん? てかそれ受けとったんだ!」


 詩織ちゃんは笑顔で私のネックレスを指差してくる。


「これのこと知ってたの?」


「うん、昨日の夜、翔真に連絡があったみたいでね。デートに行くことと、それを渡すことを話していたのよ」


 そして、面白そうに笑いながら続けた。


「あいつ、翔真にすごい泣きついてたのよ。

 受け取ってもらえなかったらどうしよう、正直怖いってさ」


「え? そうなの?」


 詩織ちゃんの言葉に私は驚く。

 あの時、寂しそうな表情はしていた。けれどそこまでの不安を抱えていたなんて思わなかった。


「そうそう、普段自信満々で飄々してるんだけどね、かわいいとこあるわよね。あ、これ内緒ね?」


 詩織ちゃんはいたずらっぽく言った。

 私は離れた場所にいる、翔真くんと笑いながら話す市ノ瀬くんの横顔を見つめた。


 私にも向けてくれていた笑顔の下で、彼は私の知らない不安を抱えていたんだ。

 考えれば当たり前だ。幼馴染みで恋人、好きな相手に忘れられるという恐怖。

 それなのに、彼はそんな様子を見せることなく私に寄り添ってくれていたのだ。


 ふいに彼がこちらを振り返ってきて、思わず顔を背けてしまう。

 彼がこちらを見た瞬間、私の胸が今までで一番強く跳ねた気がした。

 おそらく顔も今までで一番赤くなってると思う。


「サ、サラ大丈夫? 顔凄く赤いけど!?」


 詩織ちゃんが心配そうに声をかけてきてくれた。


「だ、大丈夫だよ」


 心配そうに私の顔を覗き込んだ詩織ちゃんは、にやーと笑った。 

 

「悠人の意外なギャップにときめいちゃった?」


 その言葉に私は一瞬返す言葉に迷った。遠くから「ご注文のお客様~!」と店員さんの声が響き、トレーを運ぶ人の足音までもが私の耳に届いてくる。


 少し間が空いてから、小さく呟く。


「やっぱり……分かっちゃう?」


「うん、そんな顔してたらね」


 今私は隠せないほど赤面しているのだろう。知り合って時間がたってない? 以前の彼を覚えてないから、彼のことをよく知らない?

 もうそんな頭で考える理屈は関係なかった。彼の普段見える外側、その内にあるどこにでもいる普通の男の子のような一面。そして、表に出すことのない人間らしい弱さ。

 そういったところが気になるのはもちろんだけど、やっぱり理屈じゃない。

 以前の私と同じように、今の私も市ノ瀬くんに恋をしはじめていた。

 

明日も更新!

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