13二人の距離
同級生三人と不意に出会った後、サラが気になるお店に立ち寄りながらショッピングモールの中を進んでいき、目当ての雑貨屋エリアに到着した。
だけど、はじめに入ったお店でとても可愛らしい夫婦茶碗と箸のセットを見た瞬間。
――「これだよ! これに決めたよ!」――
とサラの一目惚れで早々に両親へのプレゼントが決まってしまった。
なので、今度は僕へのプレゼントをということだったので、雑貨エリアに入ってすぐのアクセサリーショップに入った。
「わ~かわいいね、男の子と女の子用どっちも売ってあるんだね」
サラは目を輝かせながら店内を見渡している。
店内はそれほど広くはないけれど、明るい照明にガラスのショーケースや木目の棚がきらきらと反射して、どこか特別な空気をまとっていた。
とはいえ高級感ばかりを押し出しているわけではなく、値段もお手頃。学生でも気軽に買えるようなデザインが中心だからか、店内には僕たちと同じくらいの年代の男女がちらほら見える。
棚には、シンプルで使いやすそうな革やシルバーのブレスレット、髪を留める小さなヘアクリップや指輪などがずらりと並んでいる。中には「ペア用」と書かれたタグがついたネックレスやキーリングもあり、カップルで訪れるにはぴったりのお店だった。
「見て見て! これなんかすごく可愛いよ」
サラはハートのチャームがついたブレスレットを手に取って、嬉しそうに僕へと振り返る。その表情は、宝物を見つけた子どものように輝いていた。
「ほんとだね、サラに似合いそうだ。貸してごらん買ってあげるよ」
「ダメだよ! 私が市ノ瀬くんにプレゼントするんだから!
それに簡単に何かを買ってあげるなんてダメ!」
サラがブレスレットを手に持ったまま背中を向けて、渡さないぞという意思表示する。
「君ならそう言うと思ったよ、5%くらい冗談だよ」
「それほとんど本気じゃん……」
サラは呆れた声で呟きつつ、ブレスレットを棚に戻した。
ふむ、後でこっそり買っていつかプレゼントしよう。
「ねぇ? ここに目当てのものがあるって言ってたけどどれ?」
棚に商品を戻した後、サラは振り返って尋ねてきた。
「そうそう、サラこっちにおいで」
手招きして、店の奥のレジへと向かっていく。
サラは首をちょこんと傾げながら僕の後をついてくる。
そのまま、レジの前まで来た僕は店員さんへ声をかける。
「すみません、アクセサリーのオーダーをお願いしていた市ノ瀬と申します。
商品の受け取りに来ました」
「はい、えーと。市ノ瀬さまですね。少々お待ちください」
店員さんはそう答えると、レジの奥へ行った。
「え? どういうこと?」
サラは状況が全く飲み込めておらず、頭の上に大量の? マークを浮かべていた。
「もう少し待ってね、すぐに分かるよ」
しばらくすると店員さんが小さな箱を持ってきた。
僕はそれを受け取ってから、うーんと唸っているサラを連れてお店を後にした。
そして、そのままの足で雑貨エリアを離れると、僕たちはモールの屋上にあるガーデンテラスへと足を運んだ。
夜にはイルミネーションで彩られる場所だけど、昼間でも木々や植え込みに残された電飾がきらめいていて、冬の空気の中どこか幻想的に見える。
人影もまばらで、ちょっとした秘密の場所みたいな雰囲気が漂っていた。
「ねぇ、市ノ瀬くん。どうしてこんなところに?」
サラが不思議そうに首を傾げる。
僕は手にしていた小箱を差し出して、静かに言葉を紡いだ。
「なんとなく、これを渡すのに人が多いところを避けたかったんだよ」
差し出された小箱をサラは戸惑いながらも開け、中を覗き込んで後に息をのんだ。
そこには、小さなプレートにイニシャルが刻まれたペアのネックレスが入っていた。シンプルなのに特別感があって、光を受けてさりげなく輝いている。
「……え? これ……もしかしてペアの……どうして?」
未だに状況を飲み込めず、驚きで目を丸くするサラ。
「君が記憶喪失になる前のクリスマスイブのデートのときに一緒に選んで、オーダーしたんだ。仕上がりが年明けになるって言われて……今日、ようやく受け取りに来たんだよ」
「え、これを私たち二人で?」
サラは唇を小さく震わせ、箱の中のネックレスを見つめる。
僕は片方を取り出し、彼女の方へそっと差し出す。
そして、胸の奥にある寂しさと不安に耐えながら笑顔を浮かべ告げる。
「今の君は僕のことをまだ好きじゃないから、こんなペアのネックレスなんて重たいのは分かってる。
だけど、これは僕とサラのためのもの。二人で決めた、大事な証なんだよ」
サラは僕の顔をしっかりと見つめていた。次の僕の言葉を待つように真剣に。
「だから、少しずるをさせてほしい。
君がこのペアのネックレスを身に付けてくれること、そのことを僕の誕生日プレゼントにしてほしい」
サラは少し頬を赤くしてから、うつむき気味に呟いた。
「……そんな表情でそんなことを言うのずるいよ……。実際、今の私からしたら知り合ったばかりなんだよ? そんな男の子とペアのネックレスだなんて、ホント重たいね」
――そうだ。
ペアのネックレスは、ただのお揃いの小物じゃない。
日常で身につけ続けるアクセサリーだからこそ、持ち主同士の関係性を周囲にも自分にも刻み込むようなものだ。
「この人と特別な関係にある」という証を、自ら選んで首に下げるということ。
恋愛感情のない相手に渡せるような軽い代物じゃないし、ましてや僕とは「知り合ったばかりの男の子」と思っている今のサラからすれば、断るのが当然だ。
もし立場が逆なら、僕だってきっと同じように戸惑ったかもしれない。
「そうだよね……ごめんね」
僕は謝ってから、差し出したネックレスを小箱に戻そうとした時、その手をサラが握った。
僕が顔をあげると、うつむいていたはずのサラは真っ直ぐこっちを見つめていた。
「だけどね……嫌な気持ちではないの。頭では重たいしつけることに抵抗あるんだけど、心が、私の胸が市ノ瀬くんとこのペアのネックレスをつけることを望んでいるの……」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。やっぱりそうだ。記憶は消えても、彼女の心は僕を忘れていない。
サラは一度目を閉じたあと、笑顔で答えた。
「だから……一緒につけよ? このペアのネックレス
私たち仮契約でも恋人だしね!」
その表情は嫌がっている様子はなく、心からネックレスをつけることを望んでいるように見えた。
「ありがとう、嬉しいよ」
僕も笑顔を向けながら、心の中で思った。
サラとの絆は記憶を超えて、確かに存在するのだと。
断られることも考えて怖かった、だけどサラは受け入れてくれた。そのことがとても嬉しかった。
僕とサラはお互いの首元にネックレスをかけ合った。断られる恐怖からの解放と喜びの興奮から、サラにネックレスをかけるときに僅かに手が震えてしまった。
小さなチャームが胸の上で揺れるたびに、目に見えない絆が確かに結ばれているのを実感する。サラは何度も指先でそっと触れては、嬉しそうに微笑んでいた。
「……なんか、不思議な気持ち。つけてるだけで、あったかい」
「僕もだよ。きっと、これからは見るたびに思い出すんだろうね」
二人で小さく笑い合ったあと、まだ頬を赤らめたサラの手を引いて、再びショッピングモールの中へ戻る。
さっきまでの秘密の時間が嘘みたいに、館内は明るい音楽と人々のざわめきで満ちていて、日常の空気に一気に引き戻される。
「さて……次は服を見に行こうか」
「うん! さっき言ってたセール、まだやってるかな~?」
サラはきらきらした瞳を向けてくる。
首元のネックレスがちらりと光り、さっきまでの照れくささと甘さを胸の奥に残したまま、僕たちは二階のファッションフロアへと足を向けた。
ここに来る前まで僕の一歩後ろから、服を摘まんでついてきていた彼女は、この時から再び僕と手を繋ぎ隣を歩きだした。
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