12デート中の遭遇!?
三が日を過ぎたにも関わらず、ショッピングモールの客の数はかなり多かった。
人の多さに圧倒されたのか、純粋にそのままにしたかったのかは分からないけど、サラはここに着いても、僕の服の裾を摘まんだまま放そうとしなかった。
「さて、まずは二人へのプレゼントかな? 一階の奥、このまま真っ直ぐ進んだら雑貨屋とかが並んでるエリアだから、そこから見てみよう」
「うん。ちなみに市ノ瀬くんは、なにか見たいものとかないの?」
「僕は特にはないかな……強いて言うなら、まだセールをしてるかもしれないから服を見に行きたいくらいかな」
毎年服はこの時期のセールに合わせて買うのだけど、今年は色々あって買い物に来れていなかった。
「だったら、後から一緒に見に行こーよ。私もママから、服やアクセサリーを買っておいでってお小遣いもらっちゃったから」
「そうなんだね、それなら色々見て行こうか」
この大型ショッピングモールならきっと、サラの気に入るものも見つかるはずだ。
「それじゃあ、一階奥の雑貨屋に行ってから、二階へ服を見に行くでいいかな?」
「うん! いいの見つかるかな? 市ノ瀬くんのプレゼントも買いたいし」
「それなら、ちょっと目星というか気になるものがあるんだ」
「え? なになに?」
「それは、行ってみてのお楽しみ」
勿体ぶるように言うと、サラは「え~」と少し不満気な声を出す。
だけど、本当に不満な様子ではなく、面白そうに笑っていた。
その様子から、彼女もこのデートを楽しんでくれているんだと感じて、僕は嬉しくなった。
ショッピングモールの中をサラとはぐれないようにゆっくり話しながら進んでいく。
今のサラにとってここは初めて来た場所。見るもの全てが新鮮な場所だから、少し進んではお店に寄りを繰り返しながら、ウィンドウショッピングを存分に楽しんでいく。
「ねぇ見て! この子、すごくぶちゃかわだよ~」
立ち寄ったお店の棚に並んでいた犬のぬいぐるみを、サラは両手で持ってこちらに突き出してきた。
そのぬいぐるみは、ふわふわの灰色の体、ぽてりとした手足。そして何より目を引くのは、その表情だった。
まるでこの世のすべてに興味がないかのような半目。口元にはわずかな諦めがにじんでいる。
ブラック企業に勤めるサラリーマンの、疲れきった表情にも見えた。
「なんかこの顔見ると、切ない気持ちになるね」
「だよね~。なんでこんなに疲れきった顔をしてるんだろうね?」
「この子の産みの親はきっと、毎日残業ばかりで心が擦り切れてたんだろうね。その諦めが全部、この顔にのってしまったのかもしれないね」
「もう、なんでそんなひねくれたこと言うのかな~。……あ、なんか余計に疲れた顔に見えてきたよ」
サラはそのぬいぐるみを苦々しい表情で見つめながら呟いた。だけど、すぐに可笑しそうに笑い出す。
「きっと僕も将来家庭を支える為に死に物狂いで働いて、こんな表情なんだろうね。
満身創痍のまま家に帰る……今から憂鬱だよ」
僕は額に手を当て、首を振りながら呟く。演技がかった芝居が面白かったのか、サラは吹き出した。
「あはは、なにそれ嘘臭~い。こんな表情の旦那さんを迎えるのは嫌だよ~」
「え? 旦那さん」
僕はその言葉に不意打ちをくらった。今“旦那さん”と言ったよね?
まるで、自分が僕と結婚して奥さんになっているのを前提とした発言のように聞こえた。
「え? あ、あれ。ちょ、ちょっと待って今のなし!
な、なんでそんなこと急に言っちゃったんだろう……わけわかんない!」
顔を真っ赤にしてあたふたと取り乱すサラを見て、僕は盛大に吹き出す。
「ぷ、あははは」
「もう! 笑わないでよ!」
ああ、なんて楽しいんだ。こんな幸せな二人の時間がずっと続けばいい。そう思っていた時だった。
「あれ? 市ノ瀬くんと白瀬?」
誰だ、僕とサラの幸せな時間を邪魔する奴は。声の方を振り向くと、そこには同じクラスの女子生徒三人がいた。
僕は舌打ちしたい気持ちを押し込み、咄嗟に爽やかな作り笑いを浮かべる。
「誰かと思ったら、藤堂さんたちか」
藤堂美咲は派手なピアスを揺らしながら笑っていた。強気だけど人懐っこいから男子に人気が高い。……僕からしたら正直関わりたくないタイプだけど。
その隣にいる水野彩花は、相変わらず流行りのブランドバッグを提げている。本人はのんびり屋だから余計に持ち物が浮いて見える。とろいせいで、持ち物だけが一人歩きしている感じだ。
もう一人は大森佳奈。元気で声が大きく、ちょっとお調子者。美咲の突っ走る性格にツッコミを入れることも多く、三人の中では一番庶民的というか、地味なくせに声だけは体育会系仕様の奴だ。
まあ、どちらにしても僕には関係ないクラスメイトA、B、Cみたいな存在だけど、サラの隣に立つ以上、そんな本音は絶対に顔には出せない。
しかし、クラスでも目立つ三人組と、よりによってこんな場所で出くわすとは……都合が悪い。
「二人で買い物? ホント仲がいいわね。本当にただの幼馴染みには見えないわね」
藤堂美咲が問いかけてくると、サラは僕の後ろに隠れて服を両手でキュッと掴む。
「あらら~白瀬ちゃん、なんか雰囲気いつもと違う気がするね?」
「え! なになに! もしかしてもしかするの?」
内心舌打ちした。
やっぱりサラの極度の人見知りはクラスメイトにも出てしまっているようだ。
記憶がない今、初対面の相手で、しかも無遠慮に踏み込んでくる奴らだ。
その、今までとは極端に違う態度に、様子が変なことは気付かれてしまったようだ。幸い勘違いではないのだけど……その都合のいい方向への勘繰りを利用させてもらおうと思った。
「実はそうなんだよ。クリスマスイブから付き合うことにしたんだ。
まだ、この関係に慣れてなくてね。サラも知り合いに見られて恥ずかしいんだと思うよ。だよね、サラ?」
「う、うん」
事実を伝えることで、サラの態度の違いを誤魔化そうとする。
「ふーん、そうなんだ……あたしたちはお邪魔みたいだし、二人とも行こっか」
藤堂美咲はつまらなさそうにそう言うと、まだ話したそうな二人を連れて、その場をあっさり後にした。
三人の背中が離れてから、サラが大きく息を吐いた。
「はぁ~ビックリした。ありがとう市ノ瀬くん」
「気にしなくていいよ。だけど本当に人見知りが戻ってしまってるね
今はなんとかなったけど、挨拶くらいは返せるように学校ではもう少し頑張ってね?」
「うん、わかった……頑張る。詩織ちゃんや翔真くんはよかったんだけどね?
それにしても……」
サラは僕の顔を見上げながら囁いた。
「落ち着いて私のフォローしてくれて、カッコよかったよ。頼もしくて凄く安心できた。さすが彼氏だね」
その表情は少しだけ照れた様子で、真っ直ぐ見つめるサファイアの瞳とサラからの“彼氏“という言葉に、思わず顔をそらしてしまった。
「そっか、ありがとう……」
それを見たサラは目を見開いたかと思うと、ニヤーと笑ってここぞとばかりにからかってくる。
「あれ? あれれ? もしかして照れてる? 市ノ瀬くんも可愛いところあるんだね~」
「照れてないよ……」
「ねぇ~こっちに顔向けてよ~。私だけ照れた顔見せるのは不公平だよ~」
不覚だ。もっとスマートでカッコいい僕を見てほしいのに……こんな情けない姿を見せてしまうとは。
だけど、そのままで終わらすわけにはいかないと反撃に転じる。
「サラ、ちなみに学校では市ノ瀬くんは禁止だよ。いきなり呼び名が変わったら周りが変に思うだろうから、悠くんって呼ぶんだよ?」
僕の急な反撃に今度はサラが動揺し、うつむく。
「へ? む、無理……」
そんな彼女にさらなる追撃をかけるべく、顔の近くで囁く。
「ほら、悠くんって呼んで」
「ひゃう!」
耳元で囁かれて、サラが変な声をあげて飛び退く。
あまりにも間の抜けた声に僕は目を丸くした後に吹き出す。
「ふっ、あははは」
「もう! そういうのダメなのに! ダメなのに!」
サラは顔を真っ赤にして、両手をブンブン振って抗議してくる。
その後、笑いすぎて機嫌が斜めな彼女をなだめるのにしばらく時間がかかってしまった。
※※※
悠人やサラから離れたところで、先を歩く美咲に二人は声をかけた。
「ねぇー美咲ちゃん、急にどうしたの~?」
「なになに~? 彼氏羨ましくなっちゃったの?」
「そんなわけないでしょ!」
美咲は振り返らずに、そのまま不機嫌そうに答える。
「そうなの? それにしても、これでうちの学年の人気ツートップの男子が両方とも彼女持ちだね~。
あの二人、いつかはくっつくと思ったけど」
「そうだよね! それに白瀬ちゃんのことが気になってる男子たちも泣いちゃうだろうね~」
悠人とサラは学校内外でかなり有名人だ。二人ともルックスも性格もよく、男子人気、女子人気それぞれ学校トップ。
そんな二人のビッグカップル誕生は大ニュースだ。
「ふーん、あっそう。明日新学期が始まったら、すぐ噂になるでしょうね」
「美咲ちゃん、ホントになんにもないのなら、なんでそんな態度なの?」
佳奈の疑問に、美咲はさらに不機嫌さを増しながら答えた。
「だって思わない? 彼女になった途端、あんなしおらしいあざとい態度」
そして最後に、鋭くとげのある声で呟いた。
「ああいう、男に媚びるような態度気に入らないのよ」
明日も更新!




