11デートの始まり
デート当日、僕はサラを家まで迎えに来て、玄関のインターフォンを鳴らした。
ショッピングモールはサラの家とは反対方向ではあるのだけど、以前からサラと出掛けるときは、必ず僕が家まで迎えに来るようにしていた。
「おはよう市ノ瀬くん」
インターフォンを鳴らししばらく待つと、サラが優しい笑顔を浮かべながら玄関のドアを開けた。
そのサラは、いつもと様子が違い、今まで一度も見たことがない姿だった。
「おはようサラ。髪いつもと違うね」
「うん、ママがデートに行くならって、なんか張り切ってしてくれたの」
普段はサイドを編み込んでリボンで留めているサラの髪は、今日は全体に柔らかなウェーブをかけ、トップからサイドを後ろでまとめたハーフアップにしていた。ねじるように束ねられた髪は立体感と華やかさを生み、下ろした毛先のカールが揺れるたびに柔らかな雰囲気をまとわせていた。
「凄く似合ってるよ」
「えへへ、ありがとう。前もこういう髪型みたことある?」
「いや、はじめて見たよ。凄く新鮮で目を奪われた」
「あんまりジロジロ見ないでね? 恥ずかしいから……」
両肩を抱いて身体を小さくまとめるように立つサラの服装は、華やかな髪型に合わせるように、どこか特別な雰囲気をまとっていた。
上は雪のように白いシンプルなニット。装飾は控えめなのに、肌に馴染む滑らかな質感が清楚な可愛らしさを引き立てている。裾から揺れるのはネイビーのフレアスカート。歩くたびに軽やかに広がるシルエットが、彼女の仕草に優雅さを添えている。
そして淡いベージュのコートに包まれたサラは、僕の知っている少女じゃなくて、大人の女性に見えた。足元は黒のタイツとショートブーツでまとめられ、すらりとした脚のラインを自然に際立たせている。
「いや、そんなこと言われても無理だよ。いままで見たことないからね。サラの大人びて綺麗な姿以外もう何も目に映らないよ」
「また……そういう事をさらっと言うんだから……女の子みんなにそうなの?」
サラの問い詰めるような目線に、微笑みながらクリスマスイブの日と同じ答えを返す。
「そんなことはないよ。サラにしか言わないよ」
「……ほんとかな」
それでもジトーとした視線を向けてくるサラ。
「疑うならよく見ておいてくれたらいいよ、僕が君以外の女の子に一ミリも興味がないということが分かるからさ」
「そこまでいうなら………わかったひとまず信じる。
誉めてくれてありがとう」
ほんのりと頬を赤くし、バッグを抱き締めてサラは呟いた。
「どういたしまして。まあ事実を言っただけだけどね」
僕の反応を見た後、今度はサラが僕の服装への感想を述べた。
「市ノ瀬くんも凄く似合ってるよ、いつもよりもなんかその……大人びて見える」
僕の服装はシンプルながら洗練された冬の装いを意識した。
濃紺のチェスターコートを羽織り、その下には薄いグレーのタートルネックのニットを着ている。余計な装飾はないのに、柔らかな生地が首元から大人びた印象を演出していた。
細身の黒のスラックスは脚のラインをすらりと見せ、足元にはシンプルなブラウンレザーのシューズ。全体の色合いを引き締めつつ、軽やかさを添えることで、派手さよりも落ち着きや清潔感を大事にしたその格好は、当たり前だけど我ながら様になっていると思った。
僕は感想を言った後に、照れた様子をごまかそうとしているサラを微笑ましくみつめた。
「ありがとう。君にそう言ってもらえて嬉しいよ。
さて、そろそろ行こうか?」
「うん、エスコートよろしくね」
まだ少し赤い頬のまま微笑む彼女の表情は、あどけなさが残る少女の顔とは違い、大人の色気を感じさせるものだった。
「わ、わかった。ついておいで」
不意だったため、いつも取り繕っている余裕の態度を演出することができず、声がうわずってしまった。
「ん? どうしたの?」
「別に、何でもないよ……」
そういって彼女に背を向けると、初詣の時と同じように彼女は僕のコートの裾をちょこんと掴んだ。
以前なら手をつないで隣を歩いていた。だけど今は僕が前で彼女が一歩後ろから着いてくる。
その事に少し寂しさを感じつつも、初々しい空気感が新鮮で胸が高鳴るのを感じさせていた。
記憶喪失になってから経験することとなった、彼女との新しい関係。
それは幼馴染みというフィルターを外した、市ノ瀬悠人と白瀬サラの付き合いはじめの恋人としての雰囲気のようにも感じた。
僕はそんな愛すべき恋人の方を振り返る。
「今日は楽しもうね」
「うん!」
その笑顔は以前と変わらない、天使のような満面の笑みだった。
まいったな、今日一日サラにとって理想の男を演じられる自信がないよ。
明日も更新!




