パスピエ2
アオネコとチイナは、アンティークショップ・グラドゥス・アド・パルナッスムと書かれた看板を見上げていた。
「ここが、メルティ・イヤーを買った場所なんだね」
「うん」
チイナが頷いた。風が吹き始めて、彼女の茶色い髪を嬲ってふわりと靡かせる。
「入ろう」
スカートを押さえながら、アオネコはチイナを促した。チイナは意を決して、グラドゥス・アド・パルナッスムのドアノブに手をかけた。
ドアノブを捻り、扉をあける。カランと、ベルの音がした。
「こんにちは」
チイナが、挨拶をする。アオネコはきょろきょろ店内を見回している。アンティークショップ・グラドゥス・アド・パルナッスムは、以前と変わらぬ品揃えでチイナたちを迎えてくれた。
しかし、チイナは何か違和感を感じていた。少し雰囲気が違う気がする。以前よりも店内が明るいような感覚がして、レジを見ると、そこにいたのは不思議な老婆ではなく、気風のよさそうなおじさんだった。
「いらっしゃい!」
おじさんはチイナたちに笑いかける。チイナは、半ば呆然として頭を下げた。
アオネコが、つかつかとレジに歩み寄る。チイナも、慌てて後を追った。
「すみません、この店の商品についてお聞きしたいのですが」
アオネコがずばりと単刀直入に切り出す。おじさんは、不思議そうな顔をしてアオネコを見た。
「なんでしょう?」
おじさんがアオネコに聞き返す。アオネコは、メルティ・イヤーを出して、レジのテーブルに置いた。
「これに見覚えは?」
「んん……?ちょっと失礼」
おじさんは、机の引き出しに手を入れてルーペを取り出した。それを瞼に挟む。それから、メルティ・イヤーを手に取って見分しはじめた。
「うーん……」
おじさんが唸り声をあげる。アオネコが怪訝な表情でおじさんを見つめた。
「ううむ、これは精巧な作りだね。でも……」
ルーペを外して、おじさんがアオネコとチイナに目くばせした。
「うちの扱っている商品ではないね」
「え!?」
驚いて、チイナが声を上げる。
「だって、確かにここで買いました!」
「何かの間違いでは?僕はこの……イヤホン?イヤホンだねこれは。これを売った記憶はないし、そもそもこんなもの置いておくことはないよ。ここはアンティークショップだからね」
おじさんはアオネコにメルティ・イヤーを返してから、チイナに向き直った。
「これはブレイン・インタ―フェイス内臓のイヤホンだ。こんなハイテクノロジーのものは、うちにはお呼びでない。なんたって、ここは古い物の楽園だから」
「……どういうこと……?」
「チイナ、帰ろう」
アオネコが、チイナの腕をとって引っ張る。チイナは、そのまま引きずられて店の外へ出た。
店の外へ出た二人は、黙って歩き出した。
並んで、歩道をそぞろ歩く。二人の足取りは重く、会話は無かった。
歩きながらアオネコがゆっくりと口を開いた。
「……暗礁に乗り上げたね」
「……うん」
相槌をうちながら、チイナは考えた。あの老婆は、いったい誰だったんだろうか。
返す返すも不思議な体験だった。老婆の言葉。運命。それは何を意味していたのだろう。
メルティ・イヤーに飲まれて、沈んでいくのが運命なら、私たちは、どこへ行きつくのだろう。
「チイナ」
「何?」
「シたい」
細い指が、チイナの指に絡んで来る。チイナは、絡んで来たアオネコの指を受け入れるように絡め直した。アオネコの声は低く、不安の色が滲んでいた。アオネコも、アンティークショップでの収穫のなさには落胆しているようだった。二人は漠然とした不安を抱えながら、歩き続けていた。
チイナは、囁き声で返事をした。
「ん……」
アオネコの指が、チイナの指を強く握り返す。
「行こう」
「うん」
二人の目の前に、公園が見えてくる。チイナとアオネコは、滑り込むように公園へ入って行った。