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パスピエ1

   深い余韻にため息をつきながら、二人は目を開けた。

 繋いだ手を、離すことが出来ない。このまま繋がっていたい衝動が、まだ二人の中にくすぶっていた。胸が小刻みに上下し、短い息継ぎが繰り返される。



「……チイナ……」

「うん……アオネコ……」


 手を繋いだまま、二人は余韻に浸っていた。長く引きずるような快楽の尾が、じょじょに去っていく。


「これからどうしよう」


 チイナがアオネコに尋ねる。アオネコが、長いため息をついてチイナから手を離した。

 カバンからノートを出して膝の上に広げ、アオネコはシャープペンシルを筆箱から取り出して構えた。


「状況を整理しよう、まず、チイナはこれを何処で手に入れたの?」

「アオネコ古い物好きでしょ?だから気になってたアンティークショップで……行ってみたら、おススメされて……」


 チイナが膝を両腕で抱えた。「ありがと」とアオネコが照れ臭そうにお礼を言う。


「じゃあまず、アンティークショップに二人で行ってみよう。このイヤホンは明らかにヤバいもので、今のままじゃ私たちこの先きっとおかしくなる。だから対抗策を練らないと。あとは……」


 アオネコは、一瞬目線を泳がせて薔薇の園を見渡した。


「これに飲まれないために取り決めをしとかないと」

「取り決め?」


 オウム返しに、チイナは聞き返した。頷いて、アオネコがノートに1、2、3と書いた。


「まず始めに、チイナ、貴女はこの快楽から逃げられると思う?これを壊してしまえると思う?」


 チイナは首を振った。無理だ。ずっと音楽を聴いていたいほど、イヤホンから得られる快楽は強い。

 それに朝のあの苦しみは、耐えがたかった。イヤホンを壊せば、話は解決するかもしれない。

 だけど、あの禁断症状にも似た苦しみに耐えていける自信はない。


「逃げられないし、私には壊せないよ。もうこのイヤホンを使った以上、これと距離を取りつつ使って行くしかないと思う。ごめん……アオネコ……大変なことに巻き込んで……」

「あのね、言ったでしょ。好きだって。これは私にとって都合のいいことなの」


 アオネコが1の箇所に、「イヤホンと距離をとりつつ使い続ける」と書いた。それから、彼女はちょっと泣き出しそうな顔をしてチイナを見た。


「返事……」

「うん……あのね、そのことなんだけど……このイヤホンどうするか、決めてから、全部終わってからでいいかな?」

「……」

「アオネコに告白された時、すごくびっくりした。でも、私はアオネコが大切で……大切な友達だから……」


 チイナが自分の膝を見ながらぼそぼそと喋る。アオネコの食い入るような視線が、痛いくらいだ。


「私、真剣に考えたい。……ちょっと、返事は待って欲しい」

「……わかった……」


 アオネコが、しぶしぶ頷く。チイナはほっとして、ぼんやり笑った。それから、アオネコに言った。


「取り決めって、これの……メルティ・イヤーの使い方を考えるってことでしょ?」

「……そう。チイナの言ったように、私も、これを止められないと思う。止める自信、私にもない……」

「アンティークショップのおばあさんは、二人で使わなきゃ、メルティ・イヤーは意味ないって言ってた」

「それ、本当?チイナ」


 アオネコが急いでノートの2と3の箇所に「二人だけの秘密」「二人だけでイヤホンを使う」と書いた。


「なあに」

「ここで誓って欲しい。私以外とこのイヤホン……メルティ・イヤーを使わないって。このことは誰にも内緒にするって」

「それは……えと……」


 このことを親や先生に報告する気にはなれなかったが、好奇心は、確かにあった。アオネコ以外の人間とメルティ・イヤーを使うとどうなってしまうのか。

 アオネコが、メルティ・イヤーをチイナの耳から優しく外して、自分の手の中に納めた。


「じゃないと、私は……メルティ・イヤーを壊す」

「!」


 チイナは驚いてアオネコを見た。アオネコと視線がぶつかる。彼女はメルティ・イヤーを持ったまま、真剣な顔をしてチイナを見ていた。本気なんだと思った。本気で、メルティ・イヤーを壊す気なんだ。

 メルティ・イヤーを取り返そうとチイナの手が動く。アオネコは、さっとそれを避けた。

 チイナの手が空を掻く。チイナは、下唇を噛んだ。

 アオネコは、苦しみを物ともしない。自分が窮地に立たされようとも、目的のためにメルティ・イヤーを壊してしまえるだろう。自分が禁断症状に苦しむことになっても。


「返して……」

「ダメだよ、これは私が管理する。さあ、約束して」


 でもチイナは、もう苦しみたくない。


「わかった……」

「じゃあ、この薔薇たちに誓って。メルティ・イヤーのことは、誰にも内緒。私と、貴女だけの秘密にしますって」

「……メルティ・イヤーのことは、誰にも内緒にします。私と、貴女だけの秘密です」

「薔薇に誓って」

「薔薇に誓って」







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