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ゴリウォーグのケークウォーク3

 アオネコは振り返らずに歩き続ける。握った手にはしっとりと汗が滲んでいた。

 鍵か掛かった特別教室の前を抜け図書館の横を通り、アオネコは一階のピロティまでチイナをいざなった。

 ピロティの反対側、庭の隅には、温室があった。温室は使われなくなって久しいのか、鉢植えの中の植物は伸び放題で、外から見るとまるで緑色の炎が燃えているようだ。


「来て……」


 アオネコがチイナの手を引っ張る。彼女の息は荒く、息を切らしているようだった。


「ねぇ、アオネコ……わっ」


 尋ねる間も無く、チイナは温室に押し込められた。アオネコの細い指が、温室の扉を閉める。

 温室の中は、薔薇で埋め尽くされていた。

 ムッとした、甘ったるい香りが鼻腔を突く。野生化した薔薇の花の香りが、温室を満たしつくしていた。

 薔薇の棘で制服を裂かれないように、チイナはそろそろと、進んでいく。

 温室のは以外に奥まっていて、しばらく行くと、行き止まりに開けた場所が見えて来た。


「すごい……」


 そこは蔓薔薇の密集する場所だった。天井まで蔓が伸びて、華薔薇の花はさかさまに生えて揺れている。

 薔薇にかげって薄暗いその場所に、チイナはゆっくりと足を踏み入れた。


「こんな場所、学校にあったんだ……」

「私が見つけたの」


 矢継ぎ早に言いながら、アオネコがチイナのカバンを漁ってイヤホンの入った巾着を取り出した。

 巾着の中から、イヤホンを取り出す。金色のそれは乏しい光の下で輝いていた。

 アオネコが、胸のリボンタイを片手で引き千切るように外した。リボンタイは、ボトリと音を立てて落下する。


「……っ早く……!」


 アオネコは何かとても焦った様子で、自分の胸元のボタンを一つ外した。


「息、苦しい……早く!アレ、シよ、チイナ」


 アオネコが汗の浮いた手でスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。

 スマートフォンを操作して、自分のサウンドボックスを表示する。そこからアオネコが選び出したのは、『ゴリウォーグのケークウォーク』だった。


「シよって、何……っきゃっ!」


 アオネコがチイナを押し倒す。はあはあと途切れ途切れの熱い息が、チイナの首筋にかかった。


「シたくないの……?」

「だから、何……あ……っ!」


 背中に、温室の土を感じる。苔むした柔らかな地面に、アオネコの手が突っぱねられた。


「私とイヤホンで曲聴きたくないの!?」

「アオネコ……」


 アオネコは必死の形相でチイナを見つめている。その目には涙が浮かんでいた。


「ごめん……ごめんチイナ……あたし、チイナにこんなこと……したくないのに……!朝からずっと、あのイヤホンのことが頭から離れなくて、つらくて、チイナと一緒になりたくて……っそれで……!」


 後はもう言葉にならなかった。アオネコが、苦悶の表情でチイナの肩口に額を擦り付ける。

 チイナは、恐る恐るその後頭部に片手で触れた。

 柔らかな細い髪を指先が滑っていく。青灰色の髪は、アオネコの地毛だった。

 20XX年になって、地球の土壌は人新生期に入った。それが、人間の胎児にも影響して、こんな髪色の赤ちゃんが生まれるようになったと、チイナは知っていた。教科書で読んだのだ。

 アオネコが、嗚咽を漏らす。


(ああ……)


 チイナは、アオネコの背中をそっとさすった。苦しかったのはチイナだけじゃない、アオネコもメルティ・イヤーを使った後遺症に苦しんでいる。

 アオネコの背を撫でながら、チイナは唇を噛んだ。

 このイヤホンが何なのか、どうしたら止められるのかはわからない。でも、今はこの焦燥感を取り除いて、アオネコを落ち着かせてあげたかった。


「……いいよ、シよ」


 チイナは、アオネコの耳元に囁いた。アオネコが弾かれたように顔をあげる。


「もう一回、シよ」


 泣き腫らした瞳の色を歓喜に変えて、アオネコはチイナをみつめた。チイナはアオネコの背から手を離して言った。


「私と、一つになって欲しい」


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