再会
気がつくと、アオネコは深い闇の中に独り、浮遊していた。
はて、自分は先ほど死んだはずだが、急にどうしてしまったのだろうか。
暗い闇は何処までも続き、アオネコは何かに縋るよすがもなく、重力のない空間を漂う。
どちらが天で、どちらが地かも定かではなく、生と死の境界がどこにあるのかもわからない。
ただ、体だけは軽く、老いた体の息苦しさも気怠るさもない。
闇は、深淵も見えない深さで広がり、何処までも続いている。
自分の存在以外は何も見えない。何も聞こえない。
だが、不思議と恐怖はなかった。
むしろ、どこか懐かしい温もりに包まれているような安心感まであった。
アオネコはくるくると空間を回転する。
(ここは、どこだろう?)
しばらく漂っていると、ふと、遠くに光の粒が漂っているのが見えた。
銀河の星々が、まるで白い花びらのように散りばめられている。
その中心に、ひとつの影が浮かんでいた。
影は、一糸纏わぬ少女の姿をしていた。亜麻色の髪が、宇宙の闇に溶けるように揺れる。琥珀色の瞳が、何かきょろきょろと辺りを探っている。
ややあって、少女はアオネコを見つけた。
優しい視線が、アオネコにそそがれて、目と目があった。
少女の唇が、かすかに言葉を紡ぐ。
「アオネコ……」
その声は、アオネコが一生忘れるはずのなかった、たったひとつの声だった。
「チイナ……?」
瞬間、何かが弾けるように、アオネコの中に過去の記憶が流れ込んだ。
笑い合った放課後。
雨に濡れながら走った帰り道。
メルティ・イヤーを分け合った夜。
そして——彼女が消えてしまった、あの瞬間。
それらすべてが、星の瞬きのように蘇り、鮮烈に思い出されて行く。
アオネコは少女に向かって、その名前を叫んだ。
「チイナ!」
影はチイナだった。アオネコは、彼女に手を伸ばした。
チイナもまた、ゆっくりとアオネコに手を伸ばす。
手と手が空を掻き、二人はじょじょにお互いの距離を縮める。
指先と指差が触れた瞬間だった。
パッと、空間に光が広がった。
「アオネコ!」
「チイナ!」
二人の周りに、きらめく銀河が出現する。
アオネコとチイナは、一つの光になっていた。光は、宇宙空間を漂いながらまたたいて輝く。
二人に、もはや肉体はなかった。チイナが、愛しげな瞳を潤ませて、アオネコに語りかける。
「ずっと見てたよ、貴女の中で」
「うん」
「私の願い、叶えてくれた」
「……っ……うん!」
「ありがとう、アオネコ、ありがとう」
「チイナ!……私頑張ったよ、チイナ!」
「頑張ったね、アオネコ。頑張ったよ」
アオネコの涙が、宇宙空間に散る。いつのまにか彼女は、少女の姿になっていた。
指と指が絡み合い、魂の輪郭は最早ない。
重力も時間も意味を失ったこの場所で、二人はどこへでも行ける。
どこまでも、どこまでも、飛んでいける。
一つになった光は、星の海を超え、銀河の渦を抜け、光と闇の狭間を駆け抜ける。
——もう、何も怖くない。
——もう、二度と離れない。
二人は、手を繋いだまま、果てしない宇宙の中を飛翔する。
「行こう!」
その姿は遠い星々の光に溶け、やがて、ひとつの流れとなって、宇宙の向こうに向かい、飛び去っていった。
✧••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✧
面白いと思ったら、☆評価・レビュー・フォローよろしくお願いします!