ゴリウォーグのケークウォーク1
「またって……アオネコ、このイヤホンおかしいよ!あの……変な……感じ、私……!」
チイナが言葉を詰まらせる。頬を赤らめたまま薄ら笑いを浮かべて、アオネコはチイナを見下ろして言った。
「変じゃない、気持ちイイ、でしょ?」
「な……!」
アオネコは唇をさらに釣り上げた。三日月のような唇の間から白い歯がちらりと見える。
「このイヤホン、凄く気持ち良かった。これが何かわからないし、私たちが見たものもなんだったかわからない。でも一つ言えることは……気持ちよかったってこと。チイナもそうだったでしょ?認めなよ」
「そ、それは……」
「言えないの?どうして?感じたこと、そのまま言えばいいだけだよ。言ってみてよ」
音も無くアオネコがしゃがむ。彼女の瞳がチイナを覗きこんだ。明るい琥珀色の瞳が、チイナを映しこみ閉じ込めていた。
「キ……」
チイナがごくりと唾を飲み込む。鼓動が早鐘を打ってうるさいくらいだ。
「キモチ、良かった……」
ふるえる声で、チイナは吐息とともに言い切った。恥ずかしさに目を伏せる。アオネコが、屈みこんでチイナの腕を掴んだ。
青灰色の髪がさらりとチイナの頬に触れる。
アオネコの唇が近づいて、チイナの唇に重ねられた。唇と唇がふれあい、すり合わされる。ぐっと唇を押し付けられて、チイナの唇が柔らかく歪んだ。しばらくの後、チュッと音を立てて、唇が離れる。
「!」
アオネコが、身を起こしてペロリと舌で唇を舐めた。
目を丸くして、チイナが瞬きする。キスされてしまった。
「ア、アオネコ!?」
「チイナ……」
アオネコがチイナを熱っぽい目で見つめる。
「私、チイナが好き。ずっとこうしたかった」
驚いて、チイナはアオネコを見た。好き?好きってなんだろう。
好き。好き。好きという言葉がぐるぐると頭の中を回る。それと一緒に、脳内にドビュッシーのゴリウォーグのケークウォークが流れ始めた。ピアノの軽快なリズムが、サーカスの道化師のように跳ねる。スタッカートが刻まれて、転がっていく。LOVEと書かれた甲板を持って道化師が宙がえりする。道化師は笑いながら、チイナの脳内を走り回っていた。混乱したまま、チイナはアオネコが学生カバンを手に取るのを見つめていた。
アオネコが部屋のドアの所までさっさと歩み去っていく。
「返事、いつでもいいから」
じゃ、と手を振って、彼女はチイナの部屋を出て行った。