塔4
チイナは、メルティ・イヤーを使って、アオネコと一つになった。
アオネコの感情、記憶、温もり——それを直接感じられることは、何よりも幸福だった。
しかし、時間が経つにつれ、チイナは違和感を覚え始めた。
(私には、もう何もできない)
肉体を持たず、ただアオネコの意識の奥に囚われた状態のまま、世界に触れることも、風を感じることも、誰かに笑いかけることもできない。
「フェアリーに魂を移せば、お前たちは永遠に生き続けられる」
神楽耶博士の言葉は、チイナの弱い心を揺さぶった。
(永遠にアオネコと一緒にいられるなら……それでいいの?)
チイナは自問した。
もしフェアリーの中に入れば、肉体を持つことができる。
でも、それは本当に"生きている"ことなのか?
今まで神楽耶博士は、今まで何度も失敗したと言った。沢山の人間を犠牲に、融合した魂を手に入れたと。何度も犠牲を強いて来た"バイオロイド"に乗り移って、アオネコと一緒に「存在」することはできる。でも、果たしてそれが"本当の幸せ"なのだろうか?
チイナは、アオネコの記憶の中で、生きていた頃の自分を思い出した。
アオネコと一緒に笑い合った日々。
アオネコと他愛のないことで笑い合った放課後。
冷たい缶コーヒーを分け合った冬の夜。
雨に濡れながら走った帰り道。
誰かとすれ違い、誤解し、傷つき、それでも手を取り合った瞬間。
寒い日に手を繋いだぬくもり。
それは、アオネコの体にだけ存在する記憶だ。その、肉体の記憶なくしては、アオネコはアオネコとして存在できないだろう。
"生きる"とは、終わりがあるからこそ美しい。
フェアリーになれば、肉体は手に入るかもしれない。
でも、それはただの"永遠に続く状態"でしかない。
生きることの喜びも、死ぬことの悲しみも、何も感じないまま、ただ"存在し続ける"だけのもの。
(それが、本当に幸せなの?)
チイナは、ようやく答えを見つけた。
フェアリーになれば、確かにアオネコとずっと一緒にいられる。
もし、フェアリーになったら。チイナとアオネコの時間は"永遠"になるが、それは単なる"停滞"でしかない。
終わりがないということは、始まりもないということ。
生きることの意味は、時間が流れるからこそ生まれる。
限られた時間の中で、人は何かを求め、愛し、そして喪失を乗り越えながら生きていく。
もし、フェアリーになれば——アオネコは"未来"を失う。
チイナは最初から気が付いていた。だから手紙を残した。
自分はもう肉体を失った存在だ。
だからこそ、アオネコには、自分のように"魂だけの存在"になってほしくない。
アオネコには、風を感じてほしい。
アオネコには、太陽の光の温もりを知ってほしい。
アオネコには、涙を流してほしい。
アオネコには、恋をしてほしい。
アオネコには、家族を持ち、愛を知り、年老いてほしい。
アオネコには、人として"生"をまっとうしてほしい。
フェアリーになれば、そんな未来はすべて消えてしまう。
だから、チイナは決断した。
「アオネコ、お願い……生きて……」
それが、チイナの最後の願いだった。