塔2
「誰って、チイナだよ。アオネコ。貴女のチイナ」
アオネコが首を振ってあとじさった。何かがおかしい。何か、頭にひっかかっていることがある。それが何か思いだせないが、大切なことだったように思う。
ひっかかりは違和感になって、アオネコを包んだ。目の前のチイナが、途端に玩具のように見えてくる。
白い陶器のような肌。ふわふわの睫毛、長い銀色の、髪。
(あれ?)
チイナは銀髪だっただろうか。いや、違う。チイナは亜麻色の髪をした女の子だったはずた。
アオネコは、またあとずさった。ガタリと机に腰がぶつかって音を立てる。
ピアノの音がうるさい。いつの間にか、大声を上げて呼んでいるように、旋律は大きくなっていた。
低音が深く沈み込むように分散和音奏でる。もう片方の旋律は、静かに、たが力強くその周りを漂っていた。揺らめきながら、曲は進んでいく。
「アオネコ、私を見て。私と一つになって」
「待って」
ピアノの音が止まった。
アオネコは窓の外を見た。ここからは、時計塔は見えない。
行かなくてはならないと思った。
チイナがアオネコに向かってゆっくりと手を伸ばす。アオネコは、咄嗟に飛びのいて、手を振り払った。
「アオネコ……!」
チイナが追いすがる。アオネコは、机と椅子の列を掻き分けて走り出した。
教室のドアまで走り寄り、それを開け放って、外へ出る。
誰もいない。みんな本当に滅んでしまったのだ。
ここにいるのはチイナとアオネコだけ。
それなのに、この胸に込み上げてくる不安はなんだろう。私は、何か大切なことを忘れている。
頭がくらくらする。アオネコは、よろめきながら時計塔へ向かって走り出した。
「アオネコ!待って!」
チイナが後から追って来る。必死にアオネコを呼ぶチイナをよそに、アオネコは時計塔へひた走って行った。
廊下を曲がり、階段を飛ばして上がり、渡り廊下を通過する。ピアノの音が、アオネコを先導するようにまた流れ始めた。
和音が、厚みを増し、曲の響きがより深くなる。高音域で美しく装飾された旋律が、壮大に鳴り響く。
時計塔へのドアはもう目の前だ。アオネコは、ドアを開いて、狭い階段を駆け上がっていった。
息が切れて、額に汗が浮く。それでもアオネコは止まらなかった。
階段は、角度が急で、いまにも転げ落ちそうだ。
両手をついて、時計塔の内部に上がりこむ。
「はあ、はっはっ」
髪が乱れて、頬に貼り付く。切れ切れの息を整えて、アオネコは前方を見据えた。
時計塔の中央、自動ピアノの前に、チイナが座っていた。