デルフィの舞姫たち2
「……っ!」
アオネコは、アンティークショップをじっと見つめた。
そして、踵を返して走り出した。
ビルの階段を降り走り続けて、通りを曲がり、路地を抜け、アンティークショップに辿り着く。
はあはあと息を切らして、アオネコは電柱に手を突いた。
アンティークショップには『close』と書かれた看板が下がっている。
つま先立ちになって、店内を覗き込む。暗い店内に、黒い喪服を着た女性が立っていた。
女性が、ゆっくりとこちらを振り向く。
目が合った。
美しい人だと思った。唇に引いた真っ赤なルージュが、闇の中で光っている。
彼女は、真っ赤な唇を釣り上げ、アオネコに向かって微笑んだ。
(気づかれた……)
アオネコが首を引っ込める。何故か、見つかってはいけない気がした。女性がつかつかとアオネコの方へやってくる気配がして、店のドアがカランと鈴の音をたてて開いた。
「待ってたよ」
女性が、アオネコに向かって優しく言う。アオネコは、首をかしげて女性を見上げた。
「でも、悪いけどもう閉業なんだ。ちょうどここの店主が亡くなったばかりでね」
「え……それは……ご愁傷様です」
「はは……っ」
女性は乾いた笑い声を立てると、少し屈みこんでアオネコの顔を覗き込んだ。
「アオネコって、礼儀ただしいね。チイナにはあんなに強引だったのに」
「!?」
アオネコは、弾かれたように女性の顔を見た。チイナしか呼ばないそのあだ名を、どうしてこの女性が知っているのだろう。
「私は神楽耶。ついて来て」
神楽耶と名乗った女性は、玄関から出てアオネコを手招きする。その手には、車のキーが握られていた。
店の裏手に、神楽耶の姿が消えていく。アオネコは、慌てて神楽耶を追いかけた。
「ちょ、ちょっと待ってください!何で私とチイナの名前……」
「いやあ、アオネコはそろそろここに来ると思っていたよ。叔父さんが亡くなった直後で良かった」
「叔父さん!?あの、貴女……」
「私はここの店主の姪だよ。よろしくね」
店の裏手には、一台の車が止めてあった。神楽耶が、指先でそのドアノブ部分に触れた。ピピッと電子音がして、キーロックが解除される。
「乗りなよ」
神楽耶が助手席に回り、ドアを開けて言った。アオネコが一歩後ずさる。
一緒に行ってはいけない!頭の何処かで、誰かが叫んでいる。逃げて!尻込みするアオネコを見て、神楽耶は、三日月のように細く唇を歪めて笑った。
「チイナに逢いたくないの?」
「……!」
逢いたい。逢いたいに決まっている。突然、チイナの香りがふわりと鼻に香った。
チイナに触れた感触、チイナの肌の温かさが、突然せり上がるように思い出される。
「……」
アオネコは、うつむいて地面を見た。敷き詰められた砂利が、音を立てる。
「チイナに、逢わせてくれるの」
「ああ、いいとも」
ばっと顔を上げて、アオネコが神楽耶を見た。神楽耶の目がぎらりと輝く。
「行きます。連れて行って」