レントより遅く1
熱い吐息を細く長く吐き出す。二人は、寄り添いあって微睡みの後のように薄目を開けた。快楽の渦はまたすぐ近くにあり、燠を持って燻っている。チイナはその燠に触れないようにつとめながら、なるべく平生に帰ろうとしていた。
だが燠は心の中で燃えたまま、チイナの体を未だに火照らせている。
(だめだ……)
チイナは頭を振った。また抗えない。しかも今度は、もう一度メルティ・イヤーを使ってしまいたい。
ふいに、アオネコの手がチイナに伸びて、顎をとらえる。
アオネコはチイナの顔をくるりと自分の方へ向かせると、その唇にキスをした。
「ん……!」
いささか乱暴で、ぶっきらぼうなキスだった。アオネコの唇から、真っ赤な舌がちろりと飛び出し、チイナの唇を割って中に侵入する。
「ふっ……ぁ……っ」
「っ……ん……」
アオネコの舌に誘い出されたチイナの舌が、絡む。
二人は舌を絡み合わせながら、唇を深く重ね合わせた。思うさまチイナの口腔内を弄って、アオネコが、唇を離す。
「っ……うー……」
苦し気にチイナが呻いた。アオネコが彼女の顎から手を離す。
「チイナ、落ち着いた……?」
「ふえ……」
チイナが気の抜けた声を出す。二度目のキスだけど、また不意打ちされて、気持ちがそちらに動いてしまった。メルティ・イヤーのことが、何処かへ行ってしまった。チイナの頬が真っ赤になる。アオネコが頭を掻いて、チイナに謝った。
「ごめん、キスしなきゃ、やってられなかった」
「うー……いつもだけど、不意打ち、卑怯……」
自分の頬に両手を当てて、チイナは文句をいった。そして、ふっと気が付いた。
(やってられない)
やってられないと、アオネコは言った。
(もしかして、アオネコも、メルティ・イヤーをまた使いたかった?)
それで、不安に駆られてキスをしたのかも知れなかった。チイナは、アオネコのバツが悪そうな顔を見つめる。
チイナの手がアオネコの手に伸びて、ぎゅっと握りしめる。
アオネコが、はっとしてチイナの手を握り返した。
「アオネコ、ありがと……」
「いや……何か、もっかいシたくて、堪らなくてさ。あとキスしたかったから……した」
「なにそれ」
ぷっと、チイナが噴き出す。何だ、単純な理由もあったのだ。
アオネコも、ぎこちなく微笑む。
チイナは思う。アオネコはチイナを好きと言った。きっと、チイナの【好き】とアオネコの【好き】は違う。チイナの好きは友情として。アオネコの好きは……愛情の方だ。
お互いの好きは微妙に違う。そこだけが、チイナとアオネコのズレだった。
でも。
「でも、ありがと、えへへ」
「うん?……ふふっ」
チイナとアオネコは、滑り台の下で二人寄り添いながら、微笑み合う。
しばらくして、チイナが中腰になり滑り台の下から這い出た。
アオネコも後に続く。チイナがくるりと振り向いた。カバンの中に手を入れて中を探る。
ややあって、カバンから四角いものが顔を覗かせた。
それは、小型の一眼レフだった。
「アオネコ!写真撮ろ!」
チイナがカメラを構える。アオネコが、髪をかきあげて言った。
「ん?久しぶりだね」
「えへへ!何か、気持ちが湧いてきてさ!ブランコ乗ってー!」
「はいはい」
アオネコはゆっくりとブランコに向かって行き、二本のチェーンを握りしめると、座板に足をかけた。
そろそろとアオネコがブランコを漕ぎ始める。チイナが、パシャりとカメラのシャッターを押した。
まるでメルティ・イヤーを使う以前に戻ったような気がして、二人は、日が暮れるまでそうして戯れていた。
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