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午前二時二十二分のメッセージ

午前二時二十二分のメッセージ

作者: 須堂さくら

午前二時二十二分、無音の部屋の中でカセットテープの録音ボタンを押す。他にもいくつもルールはあるのだけれど、そうすると、死者の声が一分間だけ吹き込まれるらしい。どうして二時二十二分なのかというと、死者の魂を連れてきてくれるのが猫だからだそうだ。にゃんにゃんにゃんと、猫の鳴き声がする時間。らしい。猫は九つの命を持っているから、天国の場所を知っていて、そこから死者を連れてきてくれる。ということなんだそうだ。寂しくて眠れない子供のためのおまじないなんだって。

僕はお母さんを亡くしたばっかりで、すがる気持ちでおまじないを試した。ベッドの中に潜り込んで、二時二十二分を待つ。録音ボタンを押して、二十三分に停止ボタンを押す。それからテープを巻き戻して、震える指で再生ボタンを押した。

にゃーん。小さな猫の声が入って、それから、

「こんばんは、」

叫びだしそうなのをこらえて両手で口を塞ぎ、小さな小さなお母さんの声を聞く。ぼろぼろと涙がこぼれて、枕に吸い込まれていった。


僕は毎日お母さんの声を聞いた。

にゃーん。と声が聞こえた後に「こんばんは、」と始まる声を、毎日毎日繰り返し聞いた。


お母さんを連れてきてくれるのは僕が知ってる猫だろうか。お母さんと一緒によく撫でたあの猫?時々見かけて仕方なさそうに撫でさせてくれるあの猫かも。僕が見つけて近寄ると、すぐにめんどくさそうに離れてしまうあの猫は、さすがにないかなぁ。

そんなことを考えながら、僕は毎日お母さんの声を、お母さんを連れてきてくれる猫の声を聞いた。


一ヶ月経つ頃、僕が寝不足なのを心配した友達が、僕に話しかけてきた。僕のお母さんが死んだのを知っているから、毎日泣いているのかと心配してくれたんだ。

そうじゃないんだよと僕は説明する。おまじないがあって、それで毎日お母さんの声が聞けるんだ。

友達は信じてくれなかった。そんなおまじない聞いたことないよと言った。誰から聞いたのと聞かれて、僕は答えられなかった。いつ誰に、教えてもらったおまじないか、覚えていなかったから。


全然信じてくれない友達を、証拠を聞かせてやるからと家に連れて帰った。テープレコーダーの前に二人で座って、

カチン

再生スイッチを押した瞬間、おまじないのルールを思い出して青くなった。

「何だよ、猫の鳴き声しか入ってないじゃんか」

死者の声を録音したテープは、他の誰にも絶対に聞かせてはならない。


僕は大馬鹿者だ。



毎日毎日泣きながら必死に謝って、録音ボタンを押し続けた。だけど聞き直した声は、いつもどうやっても猫の声しか聞こえなかった。二週間過ぎた頃からは、それすら聞こえなくなって、僕は無音のカセットを聞きながら、後悔の涙を流し続けることしか出来なかった。

そうして二ヶ月が過ぎた頃、祈る気持ちで録音ボタンを押した僕の耳に、猫の鳴き声が聞こえた。

『ごめんね』

お母さんの声の後ろに、猫の鳴き声が重なる。僕はどきどきして辺りをきょろきょろ見回す。何の姿も見えないけど、確かに声がする。

「僕が約束を破ったから、もう駄目なの?」

『それもあるけど、それだけじゃない。君が大人になりつつあるんだ。だから、子供のためのおまじないは使えない』

にゃーん、にゃーんと、猫の声が。

「お母さんじゃなくても、猫でもいいから!僕は大人なんかじゃないよ!だって君がいないと!」

『ごめんね』

にゃーん。

『愛してるよ』

にゃーん。

バツンと音がして録音ボタンが跳ね上がり、僕は肩を揺らす。テープの最後まで録音が終わってしまったんだ。

猫の声も、お母さんの声も消えていた。

慌ててテープを巻き戻して再生する。ガザガザ音の向こう側で、泣いている僕の声と、ニャアニャア鳴く猫の声が聞こえてくる。

僕は最後までその声を聞いた。再生ボタンがカチンと音を立てるまで、聞いた。


そうして、午前二時二十二分に録音ボタンを押し続ける生活は終わった。


それから僕は、お母さんに会いたくなると、テープの音を聞くようになった。ガザガザとした音の後ろで、猫がニャアニャア鳴く声を。テープレコーダーから聞こえる鳴き声を聞いていると、不思議とよく眠れた。

母親がいないことを受け入れられるようになったあとも、辛いことがあると、テープを聞くようになった。四十六分ぎっちり詰まった猫の鳴き声。最後にちょこっとだけ入ってる、僕が馬鹿をした証明。

何度も何度も繰り返して聞いて擦り切れたテープは、もう音を鳴らしてくれないけれど、お守りみたいに忍ばせた鞄から、今も優しい優しい猫の鳴き声が、聞こえる気がする。

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