おそろいの鍵
「サンスベリア公爵家が令嬢ナタリア。私、クインテット王国第三王子たるエドガー・クインテットは貴女との長きに渡った婚約を破棄し、新たにアネモネ・クリス男爵令嬢と婚約を結ぶことをここに宣言する」
クインテット王国の貴族令嬢令息が通う王立学院の卒業を祝うパーティーで、王国第三王子であるエドガーは小さく震える少女を傍に置き、本来隣に立つべき婚約者のナタリアを指差した。
その場にいた卒業生たちは互いのこれまでの健闘を讃え希望ある未来を語っていたはずだが、此度の王子の態度に笑顔を隠しわからない程度に眉をひそめた。
そんな周囲の様子など全く気づかず、気づいたところで気にもしないエドガーはこれでなんの面白みもないナタリアと縁を切れると上がる口角を抑えられない。
「ナタリア。貴女は私の寵愛を受けるアネモネに嫉妬し、爵位が下であるというだけで彼女を罵り、彼女の教科書を破り、持ち物を捨て、あろうことか階段から突き落とすという暴挙。公爵令嬢だからといって許されるものではない!」
「一つとして身に覚えがございませんが」
「そんな…。私、この3年間ほんとにつらかったんです!」
エドガーにぶら下がっているピンクゴールドの髪の少女、クリス男爵家令嬢アネモネがここぞとばかり私可哀想アピール大売り出しだ。ちなみに男爵令嬢に発言の許可は出ていない。
「えっと、貴女がアネモネ様? と仰るのね?」
「とぼけるなっ! 会ったことがなくて階段からを突き落とすことができるかっ‼︎」
「ええ。ですからそのようなことはいたしておりません。そして浮気は3年前から…と」
「んぐっ…。う、浮気などではないっ! これは真実の愛なのだ」
「でしたらなぜ3年も放置してたんですの? 仮にも王子なのですからそちらから婚約解消の申し出をするのは特に問題ないはずでは?」
まあ、死ぬほど陛下と王妃に怒られるとは思うけどね。ナタリアは思ったが口には出さない。王家とサンスベリア公爵家を縁付けることは王家たっての悲願である。
かつて隣国との戦争において並々ならぬ功績を残した当時のサンスベリア公爵家当主と王は互いの子孫を結婚させ、親戚になろうと約束した。だがなかなか年齢的に釣り合いが取れず、今代になってようやくといったところ。ちなみに第一王子である王太子殿下はエドガーの13歳上、第二王子は10歳上である。
先祖の願いを果たすため王と王妃は頑張った。本日は外せない公務があってお二人はいらしていない。エドガーはそれをチャンスととらえたようだ。
「そ、それにお前は街の破落戸にアネモネを襲わせたではないか! よって貴様を平民に落とした上で国外追放とする!」
優秀な男は無駄に声を荒げない。そう思ったエドガーは最初こそ落ち着いた声で話していたが、幼い頃から常に比べられてきたそれこそ優秀な令嬢であるナタリアの鼻をあかせると思うと興奮が抑えられず声のボリュームも上がり出した。甘ちゃん王子は堪え性がない。
「断罪するには内容が弱すぎると気づいたからって後出しで新たな案件出さないでくださいませ。どのみちそのようなこともいたしておりません。
が、ともあれ、婚約破棄に関しましては承知いたしました。慰謝料などの仔細に関しては後ほど公爵家より通達いたします」
「犯罪者の分際で慰謝料などもらえると思うな! 家へ戻って逃亡されても困る。近衛、ナタリアを捕縛し、城の地下牢へ放り込んでおけ」
近衛が5人ほどナタリアへ近づいてくる。
「捕縛など許しません。サンスベリア公爵家の名に誓い、わたくしは決して逃亡など謀りませんわ」
ナタリアの言葉に気圧され、一瞬歩みを止めた近衛達であったが、うち一人がナタリアのそばへ歩み寄った。
「ではナタリア様。私にエスコートの栄誉を与えてはいただけませんか?」
近衛の精鋭と評判の高いケビン・コース副長が右腕を差し出した。
「よろしくてよ、コース副長」
ケビンによるエスコート、前後に二人ずつの近衛を供に、ナタリアは優雅に会場を後にした。
ナタリアの退場後、会場は微妙な空気に包まれていたが、それに気づくようなエドガーではなくちゃっかり笑顔の戻ったアネモネとダンスを楽しみ、料理を味わった。
パーティーを終え、エドガーは近衛と共にナタリアが収監されている地下牢へ向かう。国王、王妃たる両親が戻ってくる前にナタリアを国外追放してしまわなければならない。バカ正直に両親に婚約破棄とナタリアの処罰を訴えてそれが通るとはエドガーも思っていなかった。
地下牢へ通じる階段を降りていくと途中行き先が二股に分かれている。
「こちらです」
近衛の先導に従い、左側の階段を降りると眼前の扉を開ける。
扉を開けると右側に部屋を真っ二つに仕切るように鉄格子がはまっている。
鉄格子の向こう、牢屋の中には簡素な机と椅子。そしてベッド。隅の方に衝立があり、その向こうはおそらくバスルーム。不思議なことに鉄格子のこちら側の設えも全く同じものであった。椅子に座っていた牢番は立ち上がりエドガーに一礼するとエドガーと共に来た近衛と扉を開けて部屋を出た。
「いいザマだな。ナタリア」
ナタリアは凛とした姿勢を崩さず、簡素な椅子に腰掛けていた。
「このようなこと、許されるとお思いですか?」
「黙れっ!」
このような目に遭っても落ち着いた様子を崩さないナタリアにエドガーは苛立ちを隠せない。エドガーは真鍮製の鍵をちらつかせ、得意げに言葉を放った。
「出して欲しければ、土下座して乞い願うんだな。そうしたら考えてやらんこともない。」
「あら、偶然。お揃いですわね」
ナタリアは悔しがるどころか笑みを浮かべてエドガーの持つ鍵と似たような形状の鍵を手にし、エドガーに見せた。
「な、なぜお前が牢の鍵を持っているのだ⁈ い、いや鍵を持っていたところで鍵穴に差し込むことはできない!」
ナタリアとエドガーを分けている鉄格子には反対側へ行くための扉がある。扉もやはり鉄格子で出来ているのだが、格子の間隔は狭く腕を通して反対側から鍵を鍵穴に差し込むことなど不可能だ。
「ふふ。失礼しました。お揃いなどと申し上げましたが、厳密には同じ鍵ではないんですのよ。私の持つ鍵はこちら側の鍵穴に使うのです」
「なっ…なぜそちら側に鍵穴があるのだ⁉︎ 脱獄する気か⁉︎」
エドガーからは見えないがナタリアが鍵穴に鍵を差し込む動作をする。
「まさか。わたくしは扉を開けるためにこの鍵を持っているのではありません」
ナタリアは鍵穴に刺した鍵を回して言った。
「 ——この鍵は扉を閉めるためにあるのです」
カチャリ…
静かな音だったがその音はやけにエドガーの耳に響いた。
エドガーは反射的に自分の鍵を鍵穴に入れて回す。これで解錠され扉は開くはず、だった。だがエドガーが押しても引いても鉄格子の扉はビクともしなかった。
「これは、どういうことだっ⁈ なぜそちら側にも鍵があるのだっ⁈」
「先先代の国王陛下が酔狂で作らせた牢なのですわ。どちら側を牢にしても問題なく、出入口の扉を含め全て施錠すれば両方を牢にすることも出来る、まあお遊びで作ったものでしたけど有効活用させていただきました」
エドガーが大声で怒鳴りつけても、ナタリアは薄く微笑んだままピクリとも動揺を示さずむしろ愉しげに返答する。さらにはナタリアの背後の扉から数人が入ってくる気配がする。
「待て。なぜ出入口が施錠されていないのだ。それでは牢屋として機能しないので…は…っ‼︎」
エドガーは気がついた。自分とナタリアを隔てている鉄格子の扉はナタリアによって施錠されている。さらにナタリアの方には複数の人間が入ってきていて、対する自分はこの空間にひとりきり……。
バッとエドガーは振り返ると、先ほど自分が入ってきた出入口の扉に飛び付いた。
無情にもこちらの扉も施錠されていた。
「おいっ! ここを開けろ! いるんだろ近衛っ! 牢番っ‼︎」
大声をあげ、扉を叩くエドガー。その耳に聞こえるはずのない声が届く。
「 ——無駄じゃよ」
「ち、父上…?」
そこにいるのは公務で外しているはずの国王とナタリアの父、サンスベリア公爵。背後には先ほどまでこちら側にいた近衛と牢番が控えていた。
「な、なん…で…?」
「お前がどこぞの男爵令嬢と不貞を働いているというのは3年前からすでに報告を受けている。卒業パーティーにおいてお前が事を起こしそうだとサンスベリア公爵令嬢に言われてな。我と公爵が公務で外していると偽って卒業パーティーを陰から見ておった。
陰日向なくお前を支えた公爵令嬢、王家の悲願を達成したいという我の思い、それを叶えるべく危険な高齢出産に挑んだ王妃…それらの気持ちを踏み躙る、実に、実にくだらない三文芝居だった。
お前は王命を軽んじ、王たる我の意思に逆らった。そのような者が王族にいるはずがない。エドガー・クインテット、その出生まで遡り、存在を抹消する」
「そんな…っ! 母上は⁈ 母上はこんなこと許すはずがない!」
「王妃は仔細を聞いて我とサンスベリア公爵に不出来なモノを産んでしまった事を謝罪した後、倒れた」
「王妃殿下の心痛、いかばかりかと思います。わたくしから申し上げるのも僭越ですが、どうぞ、どうぞ労ってあげてくださいませ」
「ああ、ありがとう。サンスベリア公爵令嬢。王妃もそなたが娘になる日を本当に楽しみにしておったのだが……」
王がエドガーに向ける目は冷たい。エドガーはこのままでは不味いと思い、何か話して時間を稼がねば、と口を開く。
「アネモネは…アネモネ・クリス男爵令嬢はどうしているのですか?」
王はめんどくさそうに口を開く。
「エドガーという王子はこの国にはいなかったのだ。当然エドガーに懸想するアネモネ・クリスという男爵令嬢もクリス男爵家もこの国には存在しない、ということになる」
エドガーは戦慄した。父である国王が男爵家という貴族家をいとも呆気なくなかったことにし、それについてさしたる感慨をも覚えていないことに。
「サンスベリア公爵令嬢から話を聞いた時はまさかと思ったが…。公爵家に婿として入ることが決まっていたから王族としての教育を減らしていたのが失敗だったのか?」
「公爵家の教育であろうと例え男爵家の教育であろうと機能していればこのようなバカな真似は致しませんよ、陛下」
青筋を立てたサンスベリア公爵は憎々しげに言い放った。彼は国王より一回りほど年下であったが国王に対する言動は気安い。
国王と公爵は踵を返し、出口へ向かう。
「できれば我の代で先祖の願いを叶えたかったんだがなぁ」
「だいたい先祖の戯言を真に受けすぎなんですよ貴方。あの人達だって子孫を不幸にしてまで親戚になりたいわけじゃなかったでしょうに。…ナタリア、帰るぞ」
公爵の呼びかけに応えたナタリアがエドガーに向き直り美しいカーテシーと共に言う。
「それではごきげんよう。…名もなきお方」
国王、公爵、ナタリアが近衛と共に退出した。ナタリアはパーティーの時と同じくコース副長にエスコートされていた。残っているのは鉄格子のこちら側のエドガーと反対側の牢番のみ。先ほどエドガーが使った出入口の扉の外に大量の土砂が流れてくる音を聞いた時、彼は、父親である国王の本気とサンスベリア公爵の怒気に改めて気付かされた。
絶望に打ちひしがれ、膝をつくエドガーの前で、先ほどまでナタリアが座っていた椅子に腰掛けていた牢番は退屈そうにくあぁ…とひとつ欠伸をした。
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「我々はモブである。名前は出てない。」