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06


 前触れとほぼ同時に到着した僕たちを出迎えてくれたのは、ナトゥリ伯爵と嫡男のセルヴァ殿で、アンはいなかった。まあ、求婚しに来た男にいきなり会わせないだろう。


 それにしても、前触れとほぼ同時……義父ならではの力業だろうな。他の家がしたら、縁談どころか会ってもくれないだろうし、下手したら絶縁ものだ。失礼をしているのはこちらだけれど、二人の目に光はなく、辛うじて口端が上がっているが、「何しに来た」と顔に書いてあった。


「出迎えてくださり感謝いたします、ナトゥリ伯爵……ぶふっ!!」


 義父が挨拶をして吹き出した。

 なんで? 今笑うところ全くなかったよ?!


「失礼……顔に出過ぎだもんで。相変わらず元気そうで嬉しいよ。お互い忙しくしていたから久しぶりだな」


 そう言って義父がナトゥリ伯爵と握手をして抱擁した。


「……ハビエル先輩も相変わらずですね。歓迎はしませんがお迎えはいたします。こちらへ」


 そう言って、伯爵とケラケラ笑う義父は歩いて行ってしまった。

 え、と思って突っ立っていた僕をセルヴァ殿が促してくれなかったら、きっとそのまま立っていた。


 え、知り合いなの?

 めちゃくちゃ親しそうじゃん。どういうこと?


 応接室に案内されて改めて義父が僕を紹介してくれたけど、ナトゥリ伯爵もセルヴァ殿も目の光を消した無表情のまま僕を凝視した。


「……学園に、通って……?」


「はい。ナトゥリ伯爵令嬢の二学年下に在籍しております。生家はバランカ男爵家です。……伯爵令嬢に求婚出来る立場ではありませんでしたが、国の施策に関わった功績が認められ、フェンテ家に迎えていただきました。宰相閣下の仲立ちにより僕の希望で縁談を申し込ませていただきました。僕は、ナトゥリ伯爵令嬢を生涯の伴侶に望みます。ご本人と直接お話ししたいのですが、可能でしょうか」


 言いたいことは簡潔に。そして誠実に。

 僕に何かが足りないのであれば時間がかかっても乗り越えてみせる。

 一番の困難だった身分差はもう乗り越えたのだから、何を言われても解決してみせる。

 だから早くアンに会わせて欲しい。


「男爵家から侯爵家に……。君は、アンヘリカと学園で接点があったのかね?」


 ナトゥリ伯爵が虚無の目で僕を見た。

 な、なんでずっとそんな顔……。


 まさか。

 僕たちが身分がありながら付き合っているのを知っている? 知っていて反対しているのか?


 背筋に汗が一筋流れたと思ったら、滝のように流れ出した。

 やばい。

 婚前の貴族令嬢に手を出した不届き者の僕が何を言っても不誠実でしかないじゃないか。


 義父に目を向けると、ニコニコと場違いな笑顔を向けられた。

 自分で何とかしろと言いたいのだろう。


 どうしよう。どうすればアンと結婚出来る?

 物覚えが良くても、政策を上手く回しても、僕は好きな人にきちんと気持ちすら告げていないし、順序を踏まずに未来のない身でアンに手を出した。どう言うつもりだと詰られても何も言い訳は出来ない。


 けれども、僕の全てで当たるしかない。

 僕はもうアンを諦めないと決めたのだから。


「ナトゥリ伯爵令嬢と、お付き合いをさせていただ」


 最後まで言えなかった。


 顔に衝撃を受けてソファから床に転がった後、何かに押さえつけられて更に何度も顔に腹に足に衝撃を受けた。


 義父が「それくらいにしてくれないか。撲殺は見逃せないよ」と暢気(のんき)に止めてくれたことで、衝撃はなくなった。


 上体を起こすと、フーフーと荒い息をしながら光のない目をしたナトゥリ伯爵とセルヴァ殿が目に入り、二人に殴られたと理解した。


「ナトゥリ伯爵が馬乗りで顔に五発、セルヴァが腹に三発と足に蹴りを二発」


 義父があっけらかんとそう言うと、ナトゥリ伯爵がドガッとソファに座って乱れた髪をかき上げて言い放った。


「……八つ裂きにしてやりたいくらいだっ!!」


「俺は更にそれを裂く」


 セルヴァ殿まで同じ姿勢で言った。


()る気満々だねぇ。まあ、うちの子の話を聞いてやってよ。僕も宰相もお付き合いをしていると聞いていたからね」


「あり得ない。それまで男爵家の者だったのだろうが!!」


 ナトゥリ伯爵が言い捨てると、義父が笑顔のまま「エーランド」と(たしな)めた。ナトゥリ伯爵が「ぐ」と短く喉を鳴らして、息を吐いた。


「男爵令息が伯爵令嬢に交際を迫ったと? だとしても断れば良いだけだろう? 格下からのアプローチひとつ(かわ)せない伯爵令嬢なのかい? 君の娘は」


 唸るナトゥリ伯爵に代わってセルヴァ殿が答えた。


「アンは淑女としてどこに出しても恥ずかしくない女性です!!」


「ならば、お付き合いしたのは彼女の意思でもあるだろう。さて、本人に面会を求めるよ。そうすれば『あり得ない』かどうかすぐに分かるし、ボコボコにされた彼氏を見て、令嬢はどんな反応をするのかな」


 楽しそうに義父が言うと、二人が一斉に僕を見て青ざめた。

 同時に、僕の意識も自分の身体に向いてしまい、感じていなかった痛みが急激に襲ってきた。


 鼻、折れてるんじゃないだろうか。


 身体中が痛みに悲鳴を上げているけれど、義父が取りなしてくれたままでは格好がつかない。

 僕は床に足を揃えて座り直し、手をついて頭を下げた。


「大切な令嬢に対し、順序を飛び越えたことをお詫び申し上げます。しかしながら、僕の気持ちは十年前から変わらず、アンも……ナトゥリ伯爵令嬢も同じ気持ちでいてくれました。身分の壁に声をかけることも出来なかった僕とは違い、声をかけてくれたことに舞い上がって理性で抑えられなかったのは僕の未熟さ故です。お叱りは僕がすべて受け止めます。幸い、周囲の協力もあり、フェンテ家にご縁を繋いでいただき、身分差は埋められました。将来の職もほぼ確定しております。僕の精一杯で令嬢を慈しみ、一生側で愛し抜きます。どうか、令嬢に求婚させてください。お願いします」


 額を床につけ、僕は懇願した。

 義父よ……「ひゅーひゅー」って、やめてくれ。僕は今、正念場なんだから!!


 ……。


 ……。


 ……。


 長い長い沈黙の後、「ひとまず治療を。そして今日のところはお引き取りいただきたい。頭を整理したい」とナトゥリ伯爵が言い、アンに会わせてもらえずに、僕たちはそれに従った。


 帰りの馬車の中で、義父からの「これは長丁場になるだろうな」という言葉の意味を、ただ単純に『お嬢さんを僕にください』が長引くのだと受け取った僕は、やっぱり未熟だったんだと思う。







「……は?」


 声になっていなかったと思う。

 朝一で呼び出され、義父から言われた言葉が理解出来ずに耳を滑っていった。


「ナトゥリ伯爵から親書が来たよ。アンヘリカ嬢は体調を崩して領地にて療養していたが、容態が急変して……亡くなったそうだよ」


 ナトゥリ家を訪問したのはたった一週間前のことだ。まだ殴られた傷も腫れもひいていないというのに。


 アンが体調不良?

 領地で療養?







 死んだ?


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