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04

 

「この度の施策は陛下に奏上し、議会でも少々の修正があったものの全会一致で順次国内全ての領に導入されることが採決された。陛下からは特にバランカ男爵領での試験的な導入について、よくここまでまとめたとのお言葉を賜っている。ついては、契約に基づく経費とは別に陛下からの報償が下賜されることとなった。これは目録である」


 宰相閣下がそう言うと、父さんが「はひぃ!」と返事をしてヨタヨタと前に出て、宰相閣下から目録を受け取った。

 地方の男爵家が王宮に呼ばれることなんて数年に一回あるかないかだから、父さんが慣れていなくても仕方ない。仕方ないけれど、右手と右足が一緒に出て、左手と左足を出そうとして絡まっている。転びそうで見ているこっちがヒヤヒヤする。……コレでよくあちこちで色んな商談をまとめているなと思う。


 ここは王宮の謁見の間のひとつ。謁見の間にもランクがあって、陛下用、王族用、宰相用、大臣用と色々だ。今日は宰相用の中でも一番小さなところにしてもらった。

 宰相閣下からは陛下から直々に報償を与えてくださることも可能だと言ってもらったけど、十六年の人生で培った語彙を駆使して丁寧に断った。ただでさえ地方の一男爵が目立っているのに、これ以上はよろしくない。

 高位貴族たちは目についた杭は本気で打ちに来る。杭には血も人格も無いから、容赦などなくひたすら笑顔でぶっ叩いてくるのだ。そして僕たちはそれに抵抗する術を持たない。

 寄親が取りなしてくれれば御の字だけど、下手をすれば派閥間の抗争に発展しかねない。目立たないことが自衛の第一だけど、今回はどうしも手柄が欲しかったんだ。


「うん、よく考えているけれどね? もう手遅れだから」


 宰相閣下が僕を見ながら実に良い笑顔で言って続けた。


「もうね、めちゃくちゃ目立ってるし、派閥を越えて君の獲得合戦が水面下で既に激しいから。君は子爵家に養子に入って意中の令嬢に求婚するつもりだろうけど、子爵家に入った瞬間に、寄親ですら断れないようなところに更に養子に出されるか結婚させられるだろう。それくらい、君は自分の存在の有用性を示した。爵位も派閥も年代も性別も越えて人脈があり、市井にも通じていて博識。人柄も純朴なのに清濁併せ呑む度量もある。既得権益を守りながら新規事業を軌道に乗せる手腕は魔法のようだったよ。君がいなくても仕事は回るだろうが、君がいる方が何倍も物事がスムーズに進むことが明らかになったのだから、皆が欲しがらないはずないだろう?」


 手遅れ……?

 え、手遅れ?

 えっ!?


「目の付け所や働きは十六歳にしては及第点を遥かに超えているが、手柄の立て方や大きさは見誤ったな。まあ、そこは未熟というか可愛気というか、これからの経験値でカバーしていけば良い。ということでね、本当は私の養子にと思ったんだが、長男と同じ歳なんでうるさい連中が騒ぎ出すのも面倒臭いから、君ね、フェンテ侯爵家に入りなさい」


「フェンテ、侯爵……」


 宮中の王党派の最大派閥の長。

 長男も次男も妻帯者で子どもも生まれている。足下は盤石。当主はまだまだ元気に君臨している。

 確かに、後継ぎ問題はないけど、ないけれど……!!


 男爵家の僕が、侯爵家に養子?

 そんな身分をぶっ飛ばした養子縁組の仕方、身分差の結婚以上に聞いたことがない。


 ここにきて為す術もなく大きな波に(さら)われているような(おそ)れを感じて、思わず縋るように父さんを見た。

 事業を成功させて子爵家に養子に入りたいと最初に伝えた時、たとえ籍は離れても親子であることに変わりはないと言ってくれた父さんを。


 カチン。

 コチン。


「こうこうはくしぃだん、こうこうはくしぃだん、ぼくはだん……」


 ダメだ。

 辛うじて息はしているけれど、僕以上に固まって現実逃避している。

 おい家長。味方どこ。


「は、年相応の顔だ。不安気で可愛いな」


 宰相閣下の後ろから笑い声がした。

 この謁見の間には、僕たち親子と(母さんは「そんな場所嫌だ」と自由自在に出せる熱を出して寝込んだ)、宰相閣下、それに立会人と文官たちがいる。


 笑い声は立会人からだ。

 渋みの増したフェロモンダダ漏れの男性。

 宰相閣下が陛下の代理を務める立ち会いをするなんて、間違いなく高位貴族だ。


 高位貴族……、え、フェンテ侯爵閣下?


「パピーと呼ぶがいい」


 ……何このノリ。


 宰相閣下が「まだ話は終わってないから引っ込んでいてくださいよ」とすごく嫌そうな顔で言った。


 仲良しか。


「まあ、こちらがハビエル・フェンテ侯爵だ。君が「うん」と言った瞬間、君の養父になる。初見から色々思うところがあるかもしれないが、君がこの話を受けなければ、君の次の道は王女殿下との結婚だ」


 ……は? 王女?


「君は、もう国を超えての争奪戦になっているのだ。有能な者を盗られるわけにはいかない。君は顔が広いだろう? 皆、君がまるでおとぎ話のような成功の道を歩んでいくのを見て、日頃の自分の不満を昇華させ、君の成功の一助を担ったと誇りにすら思っている節がある。人タラシもここまで来ると恐ろしいな。この先、子爵の養子になりました、伯爵家の令嬢と結婚しました、伯爵家と子爵家、それに生家の男爵家を発展させました、ではもう済まないほど、君は皆から偶像(アイドル)化されている」


 僕は宰相の話が飲み込めなかった。

 だって、僕はただの男爵家の息子でしかないのに、王女殿下と結婚? なんでそんな話になっちゃうんだよ!?


 フェンテ侯爵閣下が「まあ、そんなに追い詰めるなよ」と進み出て、僕の肩を叩いた。


 ハッとした。


 のまれていた。

 僕は宰相閣下の話が全てだと、何も間違いなど無いと、今、思っていた。


「目的を見失うな」


 フェンテ侯爵閣下がそれだけ言ってまた宰相閣下の後ろに下がった。

 宰相閣下が本当に嫌そうな顔をしている。こんなに感情を出すのは珍しいんじゃないだろうか。


 今、フェンテ侯爵閣下が間に入ってくれなければ、王女殿下との結婚なんてとんでもない話だと、僕はフェンテ侯爵家の養子に飛び付いていただろう。

 養子に入ってしまえば、家長の意向が最優先だ。ましてや侯爵家だ。侯爵家の結婚は侯爵家だけではなく、国の動向にも左右される。それは、僕個人の希望でアンに求婚が出来ない可能性を示す。


 危なかった。

 今、ものすごく危なかった。宰相閣下を盲信して僕の人生を売り渡すところだった。

 人タラシはどっちだよ。


「賢い子、いいね」


 キッと宰相閣下に睨まれたフェンテ侯爵閣下は目線を上に向けて口笛でも吹きそうな顔でやり過ごしていた。


 僕は、父さんに「僕が話してもいい?」と目で聞いてみた。

 めちゃくちゃうるうるした目で頷かれた。父親のそんな潤んだ目、見たくなかった。母さんしか喜ばないヤツ。


「僕は、す……(恥ずかしいな)……好きな人に求婚出来る立場を手に入れて結婚し、将来文官になって妻子を養い、つ、妻の生家と子爵領、そして男爵領をほどほどに豊かにすることを目標にしています。僕の能力が文官として国の役に立つのであれば、しっかり使ってもらうことは嫌ではありません。その『国』の中にきちんとこの三領が入っているのであれば、の話です。僕は伯爵家の令嬢に求婚し、結婚したい。これが叶えられるのであれば、僕は、このお話を受けます」


 交渉の基本は真に譲れないところを隠しながら、それを含めて少しでも有利に落としどころを持って行くことだろうけど、宰相閣下にそんな駆け引きなんて命取りになりそうだ。譲れないところ以外は僕が譲る。だから、僕ごと譲れないところを守って欲しい。


 宰相閣下は、ほんの少し僕をじっと見つめて、「よろしい」と頷いた。


「では、バランカ男爵もいるので、この場で手続きを。君は今日からフェンテ侯爵家の三男だ」


「我が息子として慈しみます。よろしく、息子よ」


 フェンテ侯爵閣下は父さんにそう言って握手して、僕にも手を差し出してくれた。

 ……なんか、「慈しみます」に「楽しみます」という副音声が聞こえた……怖い。


「あ、あの事業、次はうちの領でやるから。君が責任者ね。期待しているよ、三男坊くん」


 あ、あー……。やられた。

 握られた手は温かく、僕のこれからの人生が僕一人の責任ではないことが伝わってきた。


「出来る限り、力の限り」


 そう言うだけで精一杯だった。


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