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03

 

 十六歳で貴族の子は王都にある全寮制の学園に入学する。

 各領地が繁栄すれば、それは国力に直結する。様々な学問はもとより、徹底した王家崇拝を植え付けるためと、各家との繋がりを得るためだ。

 領主たちは各自で交流を持ってはいるが、派閥が違えば土地が近くとも疎遠となる。次代を継ぐ者は、先例を踏襲しながらも自分たちの代のために土台となる人脈を作り上げなければならない。

 変わらないものなどない。昨日の敵は今日の友になることも珍しくなく、その反対もまたしかり、だ。


 僕に必要なのは、男爵家を可も無く不可も無く存続させていき、もしも次、自分の欲したものに自分の力では手が届かないことがあれば、助けとなってくれる権力(人脈)だ。

 学園に入学して、僕は人脈の確保に努めた。僕は男爵家だから、この学園の一番下っ端で認識は間違っていない。便利屋上等。パシリ上等。


 情報は宝だ。

 家と家との繋がりだけではなく、人と人の繋がりと相性を見極めるためには、為人(ひととなり)を知ることが大切だ。そして、弱み……ごほん、困りごとがあれば、僕で解消出来るなら尽力し、僕の手に余るようであれば解決出来る人材に橋渡しをしてやる。僕自身の権力は無いに等しいから、人間関係の取り回しをしただけとも言うけど。

 そうして、僕は入学して二ヶ月ほどで、同学年の人間関係をほぼ把握した。噂通りの関係もあったけれど、噂とはかけ離れた関係も多く、いかに噂というものがいい加減かよく分かった。


 そんな時、学園の廊下でアンを見かけた。


 入学してすぐに最終学年の三年生であるアンヘリカ・ナトゥリの名は聞こえてきた。物静かで秀才、大人の色香をまとう学園男子の憧れの的だった。学園には何人か男子の憧れを集める女子がいるけれど、アンはどの学年にも信徒(ファン)がいた。


 二つ年上……婚約者はまだいない。

 アンが一年生の時に三年生にいたナトゥリ家嫡男のセルヴァ・ナトゥリが、様々な妹愛(シスコン)伝説を残しているため、婚約に至っていないという話だ。ちなみに彼にも婚約者はまだいないという。

 義兄に恋愛的な関係を無理強いされているんじゃないかと危惧したけど、純粋な妹愛だと百人中百人皆が口を揃えて言っていたので、そういうのではなさそうだけど、ちょっと謎。少なくとも虐げられてはいないようで、少しだけ安心した。


 僕は学園内でアンを見つけないようにしていた。三年生の棟には近づかないのはもちろん、登下校でも周囲を警戒した。

 姿を見かけてしまったら、きっともう引き返せない。そう思って避けていたのに無駄だった。そんなのただの悪足掻きだった。


 廊下の先のアンは歩く姿すら美しくて、あの日、ぐしゃぐしゃの汚い顔でニカッと笑った姿とは重ならない。淑女の微笑みをたたえたあの顔が涙で歪むのを想像して、更に陥落した。もう沼の底に到達した。


 今も、僕の手は届かない。

 けれども、今度は掴んでみせる。


 僕は自分で言うのもなんだけど、能力的に有用だ。トップに立つタイプではなく、トップたちを幅広く補佐する能力はこの国でも上位に入ると思う。

 この能力で伝手を作り、アンに求婚出来る身分を手に入れる。


 もう諦めるのはやめた。


 時間をかければ自分の力で男爵家を子爵に陞爵(しょうしゃく)できるかもしれないけれど、女性の結婚適齢期は十六歳から二十歳頃までで、学園在籍中に結婚する人も珍しくはない。既婚女性の出産は卒業後を推奨されているけど、年に数人は懐妊して退学する人や、休学をして出産後にゆっくり卒業する人もいる。

 そんな中、今現在、十八歳のアンに婚約者がいないのは奇跡的なことだ。悠長に構えている時間はない。


 狙いはうちの寄親である伯爵家の分家の子爵家だ。数年以内に長男が爵位を継ぐ準備中で、その弟として養子に入りたい。伯爵家のアンと婚姻する時に子爵家の息子という肩書きさえあればいいのだ。

 貴族の家では養子縁組がままあることだが、家督争いに発展しそうな養子縁組には手を出さない。その点、その家は既に後継が決まっており、揉めることはない。僕が繋げる伝手としたら最短で最適な家だ。

 長男が子爵になった後、僕は平民になるけれど、その前に婚約して結婚すればいい。学園を卒業したら王宮で文官になり、がむしゃらに働いてアンに苦労はさせない。アンも平民になるけれど、貴族が良いと言うなら、自分の力で手に入れてみせる。


 男爵家はどうするって?

 弟は婿に行く気満々だけど、嫁に来てもらえるように根回しすればいいし、父親があと二十年現役で頑張れば、僕とアンの子か弟の子か親戚の子か、誰かが継げる。

 僕はたとえ養子に出ても、アンの伯爵家はもちろん、養子先も男爵領もほどほどに発展させる気だから、男爵家を誰が継いでも僕の力は惜しまない。経済を回して領民の暮らしを守るのは長男に産まれた僕の大事な役割でもある。


 個人的な願いのために養子を申し込む子爵家に対して、僕を受け入れてもらうための功績が必要だ。僕を養子にする旨味(メリット)と、話に乗らなければ損をする焦り(デメリット)と。


 同じ学年に宰相の息子がいて、色々助けたその伝手で、宰相が今度奏上する市井向けの施策モデルケースを男爵領にしてもらった。公共事業を軸にした失業者対策だ。現地での折衝から予算管理、報告を行う宰相の部下を男爵家が協力し補佐する。これが認められれば、寄親の伯爵に自分を売り込み、子爵家に口を利いてもらうつもりだ。


 勝負は一ヶ月。寝る間もなく忙しくなるだろうけれど、どうか待っていて、アン。


 そう思っていたら、なんと、アンから来た。


『昔、ナトゥリ領の町で迷子にレモン水を買ってくれたのを覚えている? とてもとても美味しかった。覚えていたら、今日の放課後に』


 そう手紙をもらい、指定された特別教科の教室に行った。教員が常駐していない棟にある教室は、授業がないと人気(ひとけ)がまったく無い。


 まさかまさかと思いながら一人で行くと、「学園にいる間だけでも交際して欲しい」とアンから告白された。


 アンが僕を?

 僕の願望が一人歩きして夢を見ているのではなくて?


 触れても消えないアンは現実で。

 触れた瞬間に理性は飛んで。

 そんな僕にはにかんだ笑顔を向けるアン。


 好きだ。

 好きすぎて、言葉が詰まる。

 好きすぎて、何も言えない。


 ちゃんと、足下を固めて僕から告白したかった。

 学園にいる間だけではなく、ちゃんと、ずっと、未来のあるお付き合いを自分から申し込みたかった。


 一月(ひとつき)後には宰相閣下へ報告を行う。それが認められれば、きちんと求婚するから、どうか頷いてほしい。

 だから、先のない関係だと思っているだろうけど、もう少しだけ待っていて、アン。


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