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01

『物語のようには』のレナトのパパ視点です。

あらすじをご確認ください。よろしくお願いいたします。

m(_ _)m


誤字を訂正しました。

誤字報告、ありがとうございます。

m(_ _)m




 

 恋人が死んだ。


 普段は無表情なのに、蕾からパッと花開くように笑う愛おしい恋人が、死んだ。


 二つ年上の伯爵家の令嬢で、養子だから身分などあってないようなものだと言って、学園に在籍している間だけでも恋人になって欲しいと僕に告白してくれた。


 無表情なのに、不安と緊張からか涙目で見上げてくるその表情に、過去からの思慕が爆発して(たぎ)った。


 十六歳、しかも、貴族社会の(しがらみ)からずっと諦めていた初恋の女の子からの告白。

 一瞬で人間を人間たらしめている頭の大事なところ(理性)が焼き切れた。


 手を繋ぎ、指先に唇を落として、拒否されないのを良いことに、頬に額に唇に触れた。

 無表情なのに耳が赤い。潤んだ瞳。自分の名を呼ぶ掠れた声。


 全部自分のものにして隠してしまいたい。


 彼女は小さく小さく「……うん」と言って身を寄せてくれた。


 獣のように……獣そのものになって盛って、我に返って奈落に穴を掘った。

 大切な人との初めてをこんな空き教室でだなんて、なんてことをしてしまったのか。しかも婚約者でもない上位の伯爵令嬢に。この首だけでは取り返しがつかないかもしれない。


 彼女は僕を弾劾することも出来たのに、その無表情を崩して、照れ笑いしながら次に会う約束をしてくれた。


 奇跡かと思った。


 放課後、人気(ひとけ)のない空き教室で会い、身体を重ねては他愛のない話をして次の約束をする。それが二人の逢瀬だった。


 秘密にしていたワケではないが、学園でおおっぴらに交際を公表しなかったのは、人前で彼女と接する機会がほとんどなかったから。

 まず学年が違うと学舎の棟が違う。学年を超えた交流会もクラスの縦割りで行われ、クラスも違うと行動範囲がまるで被らずに、待ち合わせをしなければ、すれ違うことすら稀だった。


 会う時はいつも空き教室で、他に人はいない。

 昔、一度は身分の壁にぶち当たって己の無力を嘆いたが、この先、僕が彼女との未来を望むために、親しくしている友人たちに彼女との関係を話し、協力してもらっていた。


 現状のままでは、僕は彼女と共に生きることは出来ない。


 この国の貴族の結婚については暗黙のルールがある。結婚相手の家の爵位は自分の家と同じか、もしくは上下一つずつであることが求められるのだ。

 男爵家の僕は、子爵家か同じ男爵家、一代貴族の騎士爵、条件が合えば平民から結婚相手を探し、伯爵家の彼女は、子爵家から侯爵家までの男性から結婚相手を探すことになる。


 生まれた家の家格。ただそれだけで、僕たちは最初からお互いの結婚相手から外れるのだ。


 法ではないので守らなくても(とが)はないが、身分差の結婚により不幸が続いた時代があり、以降連綿と受け継がれてきた慣習である。

 ちなみに王家にはこの慣習はない。どの身分の男女であっても、国による適性試験に合格出来れば王子王女の配偶者として認められる。とんでもなく難関であることは言うまでもなく、何代か前の王妃が子爵令嬢だったが、歴史に名を残す鬼才だった。


 僕は男爵家の嫡男で、このままでいけばやがて家を継ぐ。基本的に僕の伴侶は嫁入りしてくれる女性だ。弟がいるが、幼馴染みのとある商会の跡取り娘と良い仲なので、そちらに婿入りすることになるだろう。今、弟が必死に外堀を埋めているところで、結婚後は平民になるが、慣習どおり身の程にあった祝福される結婚である。


 僕が彼女と初めて会ったのは、十年くらい前、僕が六歳の頃だ。


 男爵家と言っても町のとりまとめ役のような立ち位置でしかない僕の家は、父も母も色んな町に商談があると出かけてしまい、家令という名の近所のおじさんと侍女長という名の近所のおばさんが僕たち兄弟を育ててくれた。

 勉強や作法を学ぶ時間ももちろんあったけど、基本は放置。町に出ては日が暮れるまで町の子と遊ぶ日々を過ごしていた。


 住む町を越えた隣町まで、木の枝を拾っては、岩と木と友と戦いながら行動範囲を広げ、歳が少し上の仲間もいて、平野で仕留めた野ウサギや採取した野草を売った金を小遣いにして、皆で買い食いするのが日課だった。


 そんなある日、隣町の更に隣町への仕事を請け負った仲間がいて、いつもつるんでいる面子(メンツ)でついて行くことにした。隣町は日帰りで行けるが、その先はかなり距離が開き、さすがに幾日かの泊まりがけとなる。

 家令に尋ねたら「護衛(仲間のひとり)の言うことをきちんと聞くように」とあっさり許可が出て、お小遣いをくれた。いいんだ、と思ったけど、反対されても行くだけだし、ありがたかった。


 難なく隣町を通過して目的の町にたどり着き、仲間で買い食いも終わり、それぞれの仕事や買い物をしに一旦解散して、一人で歩き出した。

 護衛? 十歳上のあいつは付き合い始めた彼女のお土産を探しに行くって真っ先に消えたけど? うちの町も隣町もそしてこの町も、女性や子どもでも一人歩き出来るくらい治安が良いのだ。昼間は。


 勝手知ったる町とは違うことが新鮮で楽しかった。少し離れただけで、同じ国なのに異文化の香りすらした。

 気の向くままにフラフラと歩き、ふと、来た道とは違う道を行ってみようとして、小さな女の子が路地の入り組んだ先に佇んでいるのを見つけた。全身で道に迷ったと表現していた。

 格好は平民のようでいて、髪は手入れされていて爪も汚れていない。それはいいところのお嬢様の証であるのを僕は知っていた。僕? めっちゃ爪に土入ってるけど、何か? 洗っても洗ってもすぐ入るんだよ。


 無表情で一人で立っている姿は異様だったけど、声をかけて手を引いた瞬間に、えぐえぐと泣き出した。迷子になった不安から固まっていたようだが、突然の号泣にこっちが驚いたわ。泣きながらの言葉はワケが分からなかったけれど、根気よく聞くと「おかあさんのところにかえる」と言っていた。


 何か察した。

 平民は貴族のお家騒動が大好物で、町に出れば「あそこの当主は愛人に子を産ませた」だの「腹違いの兄弟の他に、年下の叔父叔母がごろごろ現れた」だの、平民は貴族の言動をよく見ている。

僕の家は男爵家だけど……以下略、皆から色々聞こえてきて、耳年増ってヤツだ。もう少し結婚とかに夢見たかったなぁとは思うけど、現実は現実だ。


 はたして、えぐえぐ泣く女の子の言葉を更につなぎ合わせると、貴族の家に引き取られたけれど、母親に会いたくて一人で町に来て、見知った景色がどこにもなくて立ち尽くしていたことが分かった。


 平民が貴族の家に引き取られることは、珍しいけれどなくはない。でもそれって、引き取られる子がめちゃくちゃ優秀で金の卵を産むなんとやらか、当主一家の誰かの婚外子か、なんだよな。


 こうやって脱走しているってことは、この子が望んだり納得したりして自分の能力を頼りに母親の元から貴族の家に行ったのではなさそうだ。ということは、貴族の父親と平民の母親との間に生まれ、何らかの事情で引き取られたんじゃないかな。……娘が生まれなかった家は、嫁がせる駒として婚外子を手元に置いて令嬢教育する例もある。気分がめちゃくちゃ悪いけど、家と家との結び付きに結婚は有効だもんな。


 女の子の手を引いて大通りに出て、見覚えのある店はあるか聞くと、女の子は首を横に振った。結構町の中心部なんだけど、来たことがないんだろうか。

 女の子は途方に暮れていた。僕も途方に暮れた。初めての町だから僕にも土地勘はない。でも、この町じゃないとすれば、北の方にあるという町にその『おかあさん』はいるのかもしれない。この町の次に大きな町だって仲間が言ってたけど、女の子が徒歩で行ける距離じゃない。


 ん? 待てよ? 貴族に引き取られて歩いて来たってことは……ここのご領主様の家ってこと? 格好からして移動の途中で抜け出したのではなくて、簡素な服をあらかじめ準備して出てきた(なり)だ。この町にはこの地を治めるナトゥリ伯爵の屋敷がある。


 えー、ナトゥリ伯爵夫妻って、超仲良しで有名なのに、伯爵の婚外子かぁ。表面上や噂は当てにはならないけれど、なんか、僕、人間不信になりそう。


 女の子の背は僕よりも頭一つ大きくて、少し年上っぽい。でも、泣いて顔がぐしゃぐしゃでえぐえぐ言っているから、年上って感じがしない。


 ……なんか、かわいいな。


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