9話_続く日常と終わりへの目覚め
小杉先輩の殺害から2ヶ月後。
俺は偽札作りとは無縁の日々を送っていた。
まず土曜日の夜、盗難自転車に乗った途端タイヤがパンクしてしまっていたのだ。
盗難バイクで行こうとしもしたが、給油のし忘れでエンジンがつかずにその日は諦めた。
日曜日の夜に行こうともしたが、人を殺した実感が湧いてきて家から出れなかった。あと月曜の朝が辛すぎるので辞めた。
物事とは上手く行かない事の方が多い。
そんなこんなで迎えた週明けの月曜日。
連絡もなく出勤しない事で、上司の佐藤課長が小杉先輩に電話したが繋がらなかった。(当たり前だが)
佐藤課長は小杉先輩の実家へ会社へ無断欠勤している旨の連絡を入れて、サンライズマンションの404号室へ行ってインターフォンを押すも、もちろん出なかった。
大家さんに掛け合って鍵を開けてもらい、部屋の中にあったのは置手紙だったというわけだ。
その翌日、部署内で小杉先輩が行方不明になった事が周知され、置き手紙の写真まで朝礼で回ってきた時は冷や汗がしたが、警察は一般家出人という分類にしたようだ。
まぁ計画通りってやつだ。これで殺人がバレる可能性は低くなった。
それからというものが長かった。
この2ヶ月でかなり残業時間が増えた。
先月の残業時間が100時間を超えた時は流石にしんどかった。
シンプルに小杉先輩の分の仕事をこなして、休日も仕事してたらこうなっていたのだ。(休日は会社のPCを立ち上げずに仕事をしているので実質残業時間はもっとある)
そこからは精魂尽きるほど働いた日々で、毎日の帰宅が終電だった。
PLの山田さんに、かなり助けて頂いたおかげでなんとかプロジェクトを終わらせる事ができた。
メンバーが病んで突然行方不明になる事は時々あるようで、そういう意味で解釈してもらえたのは助かった。
無事終える事ができた時に、アサインされて2ヶ月少ししか経っておらずしかも繁忙期に先輩が突然居なくなった中でよく頑張ってくれたと褒めてもらえた時は嬉しかった。
質問する事に対する抵抗がなくなったことと、別に自分居なくてもよくね?という感覚から自分以外に人がいなくて、何もかもが自分の責任になるという当事者意識を持てたのが1番大きかったと思う。
そして今。
自分は土曜日の昼間に心療内科に来ていた。
納期までに終わらせないといけないプレッシャーにより、夜瞼を閉じても意識を失わない状態になっていた事を先生に話している。
「症状はいつからですか?」
「2.3週間前です。とにかく眠れなくて…」
「精神的に辛い事とかありましたか?」
「・・・はい、1ヶ月前くらいから仕事で納期に終われるプレッシャーで寝つきが悪くて…プロジェクトが終わったら眠れるだろうと思っていたのですが全然寝れないんです。」
本当の話をすると、小杉先輩を殺した事による罪悪感もあった。
だけどそんな事を説明したらどうなるか結果が見えている。
「食欲はありますか?」
「いえ、食べても戻してしまう時もあるので、丸一日何も食べない日もあります…」
「飲み物は何を飲まれてますか?」
「エナジードリンクと、コーヒーですね…」
「休日はどのように過ごされていますか?」.
「家から出ないでずっとベットで横になっています。」
「診断書書きましょうか?」
「いえ、大丈夫です。睡眠薬を頂きたいです。」
「わかりました。とりあえず1週間分出しますね。」
カフェインを昼以降取らないようにと念を押されて、薬を貰って家に帰り家に着いた時は夕方だった。
シャワー浴びて、ふと鏡を見る。
目の下のクマがかなり濃い、死んだような目をしている自分がいた。
自分の顔はこんなに痩せこけていたのか?
目の堀なのかわからないが、クマが目の周囲全体を覆うように見えてきた。
鏡に映った自分を見続けてどれくらいの時間が経ったか、寝不足のせいで頭がぼーっとしてる
鏡の中に・・・・・・知らない人が写っていた。
「お前、誰だ?」
ふと独り言を鏡に向かって呟く。
間違いなく自分の発した言葉だが、鏡の中に知らない人間がこっちを見て何か喋っていた。
何故鏡を見ているのは紛れもなく自分なのに、知らない人間が映っている理由がわからない。
ただ自分というものが、足元から崩れていくような感覚があった。
「何を喋っているんだ?」
この鏡を見ていると、映っている人間の顔がグチャグチャに崩壊してく。
得体の知れない恐怖から鏡を見るのを辞め、シャワールームから更衣室に出た。
タオルで体を拭いて着替えている途中、理由はわからないがこの部屋に自分以外の誰かがいるような感覚がした。
なんとなく家の中にいるのが嫌なのでコンビニに行くことにした。
コンビニで明日の朝食を買って帰路につく。
信号で青信号になるまで待っている時、横断歩道の反対側に黒いモヤのようなものが一瞬映った気がした。
トラックが通り過ぎた後には何もそこにはいなくなっていた。
「なんなんだあれは。」
幽霊や霊感などというものは無縁の人生だった。
見えもしないし、そういう影響を受けた事なんかもなかった。
なんなら心霊スポットへの肝試しなんかも中学生の頃友達とやったりはしたが、何も起こらなかった。
横断歩道の信号が青になり、隣の人が歩き出す中俺は立ちすくんでいた。
「・・・いや、そんなものいるわけがない。」
やはり相当疲れているのだ。
アメリカの高校生が11日間近くも寝ない実験をしたという。
実験の終わりには幻覚が見えていたらしい。
今の自分はまさにそれだ。
とっとと寝るのが正解だ。
家につき、鏡を見ないように歯を磨いて薬を飲みベッドに入った。
今日処方されたのは睡眠導入剤らしく、だんだん体の力が抜けていくような、力が入らなくなっていくような感覚がやってきた。
鏡に映った知らない自分の顔、コンビニの帰りに横断歩道の反対側にいた黒いモヤ、思い返すと中々怖いことが続いていた。
2か月前に殺害した小杉先輩の事が一瞬頭に浮かんだが、ほどなくして意識を失った。