5話_ようこそ月曜日
「あのさ、お前何回言ったらわかるんだよ!」
まぁまぁな怒号が2人きりの会議室内に響き渡る。
事のきっかけは月曜日朝出社して共有フォルダを確認した際、資料が変更されていたのでその修正の意図を小杉先輩に質問しに行ったところから始まる。
「すみません、この要件って接続先が変わったって事で自分の認識合いますか?」
「は?あのさ、前にも言ったよね。」
丁度9:00からの案件定例が始まる10分前。
本日の定例ではうちのチームでは発表することなく、他チームの進捗を聞いていればいいだけなので、ピリピリしている時間でもない。
なんでこんなに怒っているのだろうか。
「えっとごめんなさい。」
とりあえず主語を言ってほしい。
「ちゃんとチャットグループでの周知事項見ろって言ったよな?」
「目は通したつもりだったのですが、どこのグループで周知出てました?」
「管理グループで今朝8:30分にうちのチームのPLの山田さんが全体周知出してただろ、お前さ何見てたの?」
「すみません、自分そのチャットグループ入っていないかもしれません。」
実はこのプロジェクトに参加したのは1週間前だ。
諸々のPJチームには追加させてもらっていたが、自分はコアメンバーではないため管理グループには入れてもらっていない。
お客様情報保護のため様々な手続きが必要らしく、PLである山田さんが申請が面倒だから追加してもらっていないという事だ。
「え?それってどういう意図の言い訳?入っていないから何?」
小杉先輩の貧乏ゆすりが激化している。
「自分ってコアメンバーじゃないので、入れて頂く事って難しいですよね?」
「さぁな?申請フォームから自分で申請しろよ。」
「申請って個人でできるんですね、すみません、申請フォームってどこにありますか?」
「え?本気で言ってる?お前何年目だよ?」
「2年目です。」
「なら自分で探せよ。それくらい。」
「承知しました。」
いつもの日常がやってきた。土日の間、都合の悪い事から目を背けてきただけ。
これは犯した罪の罰でもなんでもない。むしろ悪いことをしたら、現実へ反映されるなら是非とも試してみたい事がある。
「ほんと使えねーな。この能無し・・・」
ボソッと小杉が呟く。
このやり取りの瞬間、心の底から人へ怒りを持つことができる。
もし一人で生きていたらこんな感情を抱くことすらなかった。
そう、俺は怒りと感謝に燃えていた。
怒りというのは、手足を動かす原動力になる。
俺はまた、人としての道を踏み外す強力なガソリンを得ることができたのだ。
精神的に辛いのは事実だ。だけど、ここで退職代行とか使って逃げる気はない。
自分より強い立場の人間に怒鳴られたからって職場から逃げるのは違う。
これは、意地の張り合いなのだ。
まぁ気まずい空気の中、問題なく会議は終了した。
会議室から自席に戻り、申請フォームを探し出して、チャットグループへ申請を終える事ができた。
気づけば時刻は11時50分。
「お前さ、午前中何やってたの?」
向かいの席の小杉先輩がモニターを眺めながら話かけてきた。
「あ、自分ですか?」
「そうだよ。お前以外に誰がいんだよ。」
まぁこの島ではあと2人いるけど。
「申請フォームから管理グループへの申請通してました。課長承認と、お客様から判子を頂ければ1営業日後に反映されるみたいです。」
「あっそ、後さ、明後日10:00にお客様への進捗会議あるから、それまでに変更箇所の説明用パワポ作っておいて。明日は祝日だから今日中にな。」
「・・・すみません、どういう設計意図で変更になったとか、箇条書き等ででも書かれているものありますか?」
「は?ないよそんなん」
「自分がこのグループチャットに参加できるの明日以降なので、PLが送った変更のチャット文章をコピペでも自分に送って頂けないでしょうか?」
「・・・・」
個人間チャットでコピペが送られてきた。
あー結構派手に変わってんな。
そこからは昼休憩を取らずに、チャットの意図を読み取り自分なりにExcelに変更前と後の差分を整理していった。
「小杉さん、今5分ほどお時間よろしいでしょうか?」
「あ?ああ」
これはOKのサイン
「差分を一旦まとめたんですが、これで認識会いますか?」
ざっと目を通して一言
「まぁいいんじゃね?」
とりあえず承認をもらったので、パワポ作成に取り掛かる。
パワポ資料は4割ほどしかできていないが定時を迎えてしまった。
だが、ここからが本番。6割ほどできたら小杉先輩に見てもらい修正すれば22:00には帰れる。
しかし、その楽観的な予想は大きく裏切られる事になった。
まさか小杉先輩に定時退社を決められるとは思わなかった。
他の人は忙しそうだし。何より自分達の担当している部分の詳細を知らない(当たり前)
一旦PLの山田さんに見せた方がいいな。
山田さんに見せる前に、小杉さんのレビュー通してからにしろって言われてるんだが、仕方ない。
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業務時間外に、突然のチャット失礼いたします。
先週、本案件のネットワークチームにアサインされました〇〇です。
明後日の朝10:00~お客様への進捗会議の際に、本日朝変更になりました通信要件のご説明資料を作成しておりまして、直前になり大変恐縮なのですが山田様に資料のチェックをお願いしたくチャットさせて頂きました。
スケジュラーで確認いたしましたところ、会議が入っていない18:00~19:00の間にWEB会議のお時間を設けさせて頂きたいのですが、ご都合の方いかがでしょうか?
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あ、返信帰ってきた。OKみたい。
19:00丁度になり、山田さんと軽い挨拶をした後資料の説明をした。
山田さんはひとしきり説明を聞いた後、パワポの番号を見せてくれと言い修正点を指摘してくれた。
ひとしきり修正ポイントをもらい、修正に取り掛かる。
とりあえずは、大きく自分の認識がズレていないようなので安心した。
それにしても、この大量のパワポを一度見ただけで修正箇所を指摘できるとか頭の出来が違い過ぎる。
修正箇所を全て修正した後、時刻は気づけば23:10
終電には間に合う。
とりあえず、一抹の不安は取り除かれた状態で帰宅できるのはありがたい。
最寄り駅に到着し、アパートへ帰る途中今日怒鳴られた事を思い出した。
理不尽に怒られることは、まぁまぁある。
俺も悪いかもしれないし、小杉先輩も背景を無視してあそこまで怒鳴り散らかす意味もなかった。
だけど、あの出来事で自分の中の糸が完全に切れてしまったのだ。
もう偽札作って会社脱出なんて、ちんたらとやってる場合ではなく元凶を叩く。
以前から準備していた殺害計画を実行する事に踏ん切りがついた。
誰が悪いとかはこの際はどうでもいい。
小杉を殺せれば、未来への不安は消えるのか知りたかった。
そうなれば今後の人生において自分の中のノウハウに、殺すというコマンドを選択することができる。
それすなわち、社会に生きる身においては最強の装備に他ならない。
昔観たアニメで、ある年齢になると神様からギフトを賜りそのギフトで敵対する存在に無双するといった内容の物があった。その展開を見た時、たまらない違和感を感じていた。
それは単に運が良っただけであって、その人の実力でもなんでもない。
無料で貰える宝くじに当たったくらい再現性のない話だ。
俺はそんな豪運なんて持ち合わせていないし、理解してくれる仲間もいない。
完全に自分1人きりの力で、欲しいものは手段を問わずつかみ取るしかない。
そして今、俺の胸には燃えるようなエネルギーに満ちている。
やらない後悔より、やる後悔か。
失敗しても気にするな、どうせ明日は休みだし。
24:00に帰宅後、シャワーを浴びて歯を磨きPCを立ち上げる。
googlemapでこの間自転車を盗みに行った隣の市とは別の市でアパートを検索する。
ひとしきりストリートビューを見て、ある建物に目が留まった。
建物の駐車場に、後ろにミカン箱ほどの荷物を載せられる荷台があるバイクを見つけた。
郵便配達の方がよく使っているタイプのバイクだ。
そのバイクがある場所を同じ地域内でもう2件ほどピックアップした。
棚からラズベリーパイを取り出し、LANケーブルを自宅のL2スイッチに接続してから電源をつける。
デスクトップPCでTeratermを起動して以前ラズベリーパイに設定したIPアドレスを入力してsshで接続する。
まだまだ夜は長い。