3話_社会不適合の行きつく先
浅はかな考えのまま出した結論として、偽札を作成することにした。
一時的に大金を得る方法はいくらでも思いつく。
ATMを破壊するとか、夜中に券売式の店に入って荒らすとか。
でもそれでは、何度もリスクを犯す必要がある。
ではどうするか?
偽札ごと作成するのだ。
というわけで、自販機をぶっ壊して紙幣読み取り機ごとぶん取る。
そして、お札が認識するまでテストを繰り返す。
なぜこの行動を移すに至ったか?
それはシンプル。自動販売機に1000円札にセロハンテープを張り付けまくって、ジュースのボタンを押した直後にお札を引き抜けないかのテストをしたが、1000円札は認識されなかった。
恐らく偽札防止用のセキュリティシステムが発動して吐き出されたのだろう。
そういうわけで、次の休みに超ド田舎の更に人気のない場所に佇む自販機をぶっ壊しに行く事にした。
なんと充実した休みの計画だろうか。
その前に、今日と明日中に盗んでおかないといけない物がある。
足がつかない足となる道具だ。要するに盗難自転車。
今の俺の手持ち道具は以下になる。全てホームセンターで買ってきた。
【手持ち道具】
・ボルトクリッパー
・ニッパー
・ドライバー
・ピッキングツール
・手袋
・フルフェイスマスク
・マスク
・帽子
・水500ml
スマホと財布は置いてきた。犯罪者と個人情報を結びつける物を現場に持ち込まないのは基本だ。
時刻は深夜2時。場所は雛守市。自分の住んでいる産土市とは隣の市になる。
高そうでもなく、安そうでもないアパートの自転車置き場に来ている。
この建物には防犯カメラは存在していない。
そして近隣の建物に防犯カメラはあるが、敷地内に向いている。
このアパートまでは歩きで、なるべく裏道を通ってここまで来た。
それも、夏にも関わらずマスクと帽子、ブカブカな上着を装着している。
フルフェイスマスクで出歩くと流石に某イスラム団体の戦闘員そっくりで不審者過ぎる。
この蒸し暑さも不思議と不快ではなかった。
自分の人生を自分で動かしている気がして、前に進めている気がして。
自転車置き場から、高そうなロードバイクを見つけた。
学生が多い地域なので、もしかしたら男子大学生の物かもしれない。
布で覆われている太いチェーンロックが、自転車とポールに巻き付けられている。
一見太くて切断は難しそうだが、ボルトクリッパーでなら切断できる。
U字ロックであれば難しかったかもしれない。
GPS付きの発信機のような物も見当たらない。
周りを見渡す。
誰もいない、足音もない。
だけど、自分の心臓の鼓動だけはハッキリ聞こえる。
俺は今から犯罪を犯すんだ、自転車泥棒も立派な窃盗罪だ。
捕まれば10年以下の懲役又は、50万円以下の罰金。
テレビでも顔写真付きで実名報道され、きっと学生時代の同級生から軽蔑されるだろう。
職場は勿論クビ。
・・・・仕事でクビ切られるのは、むしろ嬉しいな。
まぁともかく、自分とは何の関係もない人の持ち物を窃盗する。
それがどういう意味か?
きっとこの自転車の持ち主は男子大学生で、このロードバイクを買うのに必死にバイトした。
それが翌朝自転車に乗ろうとした時に無くなっていたらどれだけショックを受けると思う、どれだけ悲しむと思う・・・?
流石に良心が痛む。
まだ引き返せる。俺はまだ不審な格好でうろついていただけ。
・・・・・でもさ。
このままだと俺の人生、ずっと袋小路だぞ?
愛想が悪くてプライドが高くて無能な社会不適合者がさ、社会でどうやって生きていくつもりだ?
笑い話も休み休み言えよ。
俺はまず100%この先誰からも愛されることもなく、誰からも尊重されない弱者男性なんだよ。
それならさ、社会って全部敵じゃん。
つまり全員小杉みたいなものだろ。
・・・・・・・「くそが」
まだ迷ってんなら今決めろよゴミクズが。
1 一生社畜として死んだように生きるか
2 自分の人生を取り戻すために他人を食い物にするか
さっさと ”自分の意志で” 選べよ。
この自転車の持ち物があの会社の小杉の持ち物だと考えたら、俺の良心は完全に消えた。
茂みに入り、バッグを開けて手袋をはめて、帽子を取ってフルフェイスマスクを被った。
最終確認のため周囲を見渡す。誰もいない。
ポケットの中から、ピッキングツールを取り出し、自転車後輪に備え付けの鍵穴に突っ込んだ。
カシャンと簡単に開いた。
そう、これは傘の開閉ボタンを取り出して少し加工したもの。
古いママチャリだと加工せずに突っ込んだだけで開く。まぁ開かなくても関係ない。
後はこの太いチェーンロックだ。
ボルトクリッパーを取り出して、挟み込む。
一気に力を込める。
このチェーンが、小杉と一瞬重なった。
バツンという音を立ててあっさり切断できた。
やった、やったぞ!!やってやった。
謎の高揚感と達成感がやって来た。かつてない興奮。
だがその感覚に酔う事もなく、即座にチェーンと、その破片をバックの中に詰め込んだ。
痕跡は一切ない。
また周囲を見渡して誰もいない事を確認。
自転車に乗って、即座にアパートを後にした。
犯行時間にして5分間。
そこからは来た時と同じ裏道を通って一心不乱にロードバイクを漕いだ。
行先は、山奥。
明かりは30mごとにある電柱の街頭のみ。
ここだけ切り取ったら、昭和と遜色はないほどの田舎だ。
舗装されている道もなくなり、獣道に入ったのでロードバイクは手で持って運ぶ。
進む事10分、蜘蛛の巣がさっきから顔に引っ掛かりまくるので、棒切れを振り回しながら進む。
辺りは完全に人っ気のない藪だ。
雑に持ってきたロードバイクを藪の中に隠す。
リュックの中から切断したチェーンロックを、取り出して自転車の周りに放り出した。
ペットボトルの水を全部飲み干し、ようやく一息つく。
やった・・・自転車を盗むという事だけでもこんなに緊張するなんてな。
後日、自転車のナンバーを消す作業が残っているが、まぁなんとかなるだろう。
その後すぐに同じ道を歩いて帰る。
この場所は家まで直線で3kmほどだ。
もうひと踏ん張りだな。
帰りは行きほど大変ではなかった。
何より盗難品を持っていないので、気が楽だった。
車とすれ違う事はあっても、警察とすれ違うことはなかった。
家に到着したのは午前3時30分。
汗だくで、ベトベト、その上あちこちが筋肉痛だった。
冷水でシャワーを浴びてベッドに倒れ込むと、意識がまどろむ。
俺は、自分の意志で自分の人生を前に進める事ができた。
今まで生きてきてこんなに達成感を感じたのは生まれて初めてかもしれない。