12話_もう1人の自分の正体
巫女さんについて行き、社務所へ入る。
建物の中は、やはりというか地域のコミュニティセンターと同じような和風建築。
玄関を上がって居間に入ると、畳の上に折りたたみテーブルが1台置いてある簡素な空間が広がっていた。
「椅子もなく恐縮ですが、こちらで少々お待ちください。」
とりあえず、正座で待つ。
3分ほど経って巫女がお盆に急須と湯飲みを持ってやってきた。
「あらあら、足を崩して楽にして頂いて大丈夫ですよ?」
「あ、いえ大丈夫ですので。それで、本題なんですが・・・」
「まぁまぁ、そう焦らないでください。少し一息つきましょう?」
急須を回して湯飲みに入れ、こちらに出してきた。
「粗茶ですが、お召し上がりください。お熱いのでお気をつけて。」
「あ、ありがとうございます。」
ズズズッとお茶を飲む。
少し熱いけど美味しい。落ち着く味だ。
「美味しいです。」
ニコッとした笑顔を向けられる。
その笑顔に少し安心感を覚える。
「それでは、一息ついたところでこれまでの出来事をお話しして頂けませんか?」
これまでの不可解な出来事を事詳細に話した。
寝不足により黒いモヤが見えるようになったこと、同じテーブルに座っているのに声をかけるまで店員から存在が認識されなかったこと、この神社に来ている時間に駅で課長が自分によく似た人間を見たこと、さっき自分と同じ顔を持った人間に襲われた事。
「お話して頂きありがとうございます。」
「今までのお話から察するに、貴方は今自分の生霊に襲われていますね。」
「生霊・・・ですか?」
いまいちピンとこない。
「世間で言うところの、ドッペルゲンガーという存在ですね。」
「聞いたことはありますね、もう一人の自分とかなんとか。」
「はい、その認識で間違いないです。ドッペルゲンガーの人物は周囲の人間と会話をせず、本人に関係のある場所に出現します。そのドッペルゲンガーは時間が経つにつれて、肉体から霊魂が完全に分離・実体化してやがて本人に襲い掛かります。」
「な、なんだかまだ現実を受け入れられない、です」
「貴方の経験はドッペルゲンガーが近づいている時に現れる症状が合致します。そして、自分の存在を奪われていく進行度合いにも段階があるんです。」
そう言って巫女さんは紙にマジックでドッペルゲンガーの症状の進行度合いを書き出してくれた。
1 姿形の不確かな黒いモヤが見える事が増える
2 自身の存在感が周囲から薄れていく
3 自分そっくりの存在が出歩く
4 影が奪わて鏡に自分の姿が映らなくなる。
5 意思を持って殺しにくる
確かに自分の経験した事がそのまんまだ。
だけど、やっぱり受け入れられない。
「そんなもの、存在するんですか?そんなのオカルト創作の世界の話じゃないですか?もしくは脳に病気を抱えた人とか。」
「その場合ももちろんあります。脳に腫瘍を持っている人は自己像幻視の現象に苛まれたりしますし、また統合失調症のケースもありますね。ですが、今回は第三者が確認している。」
「ただ、よく似た人と見間違えたというケースももちろんあります。」
「そう、ですよね。」
「ですが私が気になったのはそれだけではないです。」
「同じテーブルに座っていても、声をかけるまで店員さんに存在を認識されなかった件についてです。」
「そっちですか?」
「ええ、ドッペルゲンガーはやがて本体を憑り殺すのですが、パターンが2つあります。」
「1つめは本人をそのまま殺してしまうパターン。2つめはそのドッペルゲンガーが本人の肉体を乗っ取ってそのまま本体として生きるパターンです。今回のパターンは後者とみて間違い無いかと思います。」
「乗っ取るパターンのパターンは、周囲から空気のように扱われるんですか?」
「はい、本人の存在感とでも言うんでしょうかね。存在感を奪って自分が本体であるかのようにその人の社会に紛れ込むんです。」
「なんですか、それ。それじゃあ、その本人はどうなってしまうんですか?」
「存在感を奪って知識と力を得たドッペルゲンガーは、本体の意識を鏡の世界に引きずり込んで肉体を乗っ取ります。その世界は鏡に映った時のみこちらの世界と繋がり、本人は肉体的に死ぬまで鏡の世界で永遠に生き続けると言われています。」
「鏡の世界で永遠に生き続ける・・・?」
聞いただけで身の毛がよだつ。
「ええ、そのドッペルゲンガーが鏡に映っている時だけ、その本人はこちらの世界を覗き見る事が可能になると私は伝え聞いております。」
「そんな・・・周りの人は違和感とか感じないんですか?」
「もう1人の自分が出現している事を周囲に相談している人であれば、もしかしたら気付いてもらえるかもしれません。入れ替わった後は、そういった相談事がピタッと途絶えるので。」
でも俺は社会不適合者で、味方は0人でそんな相談を周りの人に一切していない。
「そうでない場合は?」
「基本的に周囲の人が、中身が変わっている事に気付く事はないです。貴方は今まで友達や家族でもない人の中身が誰かに成り代わっているなんて事を疑った事がありましたか?」
「いえ、一度もありません。」
「そういう事です。それに気づいたところでどうしようもありません。元に戻す手段なんて私は聞いたことがありません。」
沈黙が流れる。
「・・・そもそも、なんでそんなものが急に現れるんですか?」
「そうですね・・・原因は色々ありますが、基本的に霊障に遭われる方は、霊感が強い方や自分なんかこの世の居なくてもいいと思う自己肯定感の低い方に発現しやすいですね。」
「それだけでなりますか?」
「いえ、それだけではなりません。霊感が強い方はどういった状態でも霊的な存在から狙われやすいですがそうでない普通の人の場合、精神が酷く疲弊している状態で生活の中で呪術のような物を発動してしまっていた時なんかですね。」
「うーん、全く心当たりがないです・・・。」
「ドッペルゲンガーにおいては、自分の存在感について焦点があります。最近鏡を見た時に、何か普段とは異なる事をしたりしましたか?」
「普段と異なる事、ですか。・・・大きな仕事が終わっても不眠が続いたとき、鏡に映った自分をぼーっと眺めていました。そしたら鏡に映った自分の顔が崩れて、別人のように見えてきて段々自分の顔が分からなくなってしまった事がありました。」
「・・・その時に鏡に映った自分に話しかけりたしましたか?」
「ええ、確か。お前は誰だって話しかけました。」
「・・・そうですか。それはいけませんね。それは霊魂分離の術という、呪術なんですよ。」
「な、なんですかそれは?」
「魂影式神という、己の霊魂を媒体とした式神を生み出し操るため使われる術です。失敗すると貴方のような状態になってしまいます。」
「その呪術とやらの発動条件緩くないですか?案外やってる人がいそうな気がしますし、誰でもできるじゃないですか。」
「貴方の言う通りです。案外やってしまっている人はいます。しかし、霊力を持っていない一般人が実施しても精神的に錯乱するだけです。ドッペルゲンガーが外を出歩くなんて事は起きません。」
「っていう事はつまり…」
「貴方に霊力が宿っているという事ですね。」
「俺は、今の今まで幽霊なんか見えなかったし、そういう心霊現象なんか一度も経験したことなかったんです。急にそんな霊力なんてもの発現するものなんでしょうか…」
「後天的に霊力に目覚めるタイミングというのも様々ですが、よくあるパターンは交通事故で九死に一生を得るような経験ですね。」
「だからこの間会った時そのことを聞いてきたんですね。」
「ええ、そうです。でも貴方は違うのでしょう?」
その目は、早く吐いちまえよと促しているように感じ取れた。
「"動物"を殺した場合なんかも、発現するってことですね。」
「"人"を殺した場合ですね。あなたの場合ですと。」
この巫女さんには何が見えているのか。
なんで俺が人を殺した事がわかるのか。
呼吸が荒くなる。
「なんで、どうして、人に限るんですか?」
急に巫女が顔を伏せ、肩を震わせている。
「だって、貴方の後ろにいるんですもの。」
心臓の鼓動が激しくなり背筋が凍る。
「だ・・・誰が・・・?」
顔をゆっくりと上げ、虚空を眺めている瞳に光はなかった。
「貴方に殺されたと話す、小杉晶って名乗っている男性が。」
後ろを振り向く。
そこには、間違いなく殺した小杉先輩が、首を絞められて苦しそうにしている表情でこちらを殺すような目で見降ろしていた。
「うわああああああああああああああああああああああ!!!!」
心臓が飛び出すほどの衝撃、腰を抜かしそうになった。
すぐさま立ち上がり、構える。
「なんで・・・」
「殺された人が貴方の名前も顔も知っている場合、死者の恨みの矛先がより明確になり心身に影響がでます。」
「貴方は気づいていなかったかもしれませんが、日常の生活の中で微弱ながら霊的な攻撃をされていたのです。その体の防衛反応によって霊力に目覚めたんでしょう。」
そんなの全く気付かなかったが今思えば、寝つきが悪かった理由としては妥当かもしれない。
「この神社は霊道となっていて、霊視ができない人でもたまに見える事がある。今の貴方ならハッキリと見えていますよね。」
「じゃあ、貴方は前に俺が来た時にはもう小杉先輩が見えていたってのか。」
「はい。ですから、忠告しましたよね。とにかく深入りせず心身共に健康的な生活を送り、自分の存在を強く保ってくださいと。あれは私なりの、もうここへは来ないでくださいというメッセージだったんです・・・」
そうならそうと直接的に言ってほしい。
「貴方はまたここにやってきてしまった。そして、この神社の中でならその方の霊力も増して生者へより大きな影響を及ぼす事ができる。」
「この呼人神社の名前の由来は、太古の昔、神隠しに遭った人を呼ぶ儀式が行われ、異界への門をこじ開けたという伝説から来ております。」
「これも何かの運命でしょう・・・。」
巫女さんがずっと背後で何やら喋っているが今はそれどころではない。
小杉先輩が首を絞めようと襲いかかってきた。
さっきのさっきまで恐怖で気絶しそうだったが、もう怖くて震えているだけではどうにもならない。
小杉先輩は殺された恨みを晴らそうと俺を殺そうとしてくる。
そして、自分のドッペルゲンガーも自分を殺そうとしてきやがる。
片方だけでも十分だ。
元は俺が、小杉先輩を殺さなければ霊力なんてものに目覚める事もなかった。
だけど、大本を辿れば小杉先輩が俺にパワハラしてきたという事だ。
もうどっちが逆恨みなのかもうよくわからなくなってきた。
ただ、今俺はこいつをまた殺さなければならないという事は事実だ。
「ッッ上等だあああああああ!!!!何回でもぶっ殺してやるよぉ!!!!!!!」
頭のリミッターが外れ、逆上して小杉先輩に襲い掛かった。
小杉先輩はさっきまで殺してやるという恨みの眼差しから、面食らった表情に変わった。
掌底を顔面に打ち込むと、痛みからなのか小杉先輩が顔を抑えてうずくまった。
その一瞬の隙を見逃さず、小杉先輩の顔を掴んで壁に叩きつける。
なぜ幽霊に触れる事ができるとか、痛覚を感じているとかそんな事はどうでもいい。
そのまま髪の毛を掴んで腰の位置に固定して、顔面に膝蹴りをぶちかます。
鼻血が畳に滴り、衝撃で障子が揺れた。
髪の毛を掴んでいる以上、頭を上げる事はできない。
しかし小杉先輩は血でまみれた手こっちの顔を掴み殺そうとしてきたが届かず、俺の両腕を激しく引っ搔いてきた。
自分の腕の皮が割けて血が噴き出る。
その光景が目に入った瞬間、キィーンという耳鳴りと共に視界が狭まり、目の前の小杉先輩しか見えなくなっていた。
腕を伸ばして距離をとり、急に腕を曲げて詰めて膝蹴りをかます。
両膝合わせて30発ほど打ち込んだところで動かなくなった。
髪の毛を放すとグシャっと倒れ込んで畳に血だまりを作っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
呼吸が乱れて酸欠になり、手足がしびれてきた。
だけどまだだ、止めを刺すまではまだ安心できない。
こいつは死んでも襲い掛かってきた正真正銘の化物、脊髄を破壊するまで安心できない。
首の骨を折ろうと倒れた頭に手をかけた瞬間、横から腕を掴まれた。
何か人の声のようなものが、耳に入ってきた。
巫女さんが自分を静止している事にようやく気付いた。
「もう動きませんよ。」
小杉先輩の霊の姿が徐々に薄くなって、やがては完全に消えて畳には血だまりだけが残っていた。
それと同時に自分の意識が朦朧としてきた。
「触れられるとはいえ、まさか素手で除霊してしまうとは驚きでした。」
「ですが、安心してください。」
手足の力が抜けて、いく。
これは、酸欠によるものじゃない。
「まさか、さっきのお茶に薬を…」
「本当の地獄はこれからですよ。」
そんな言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。




